第三話 俺の×と君の傘
冷たい風と灰色の曇天。眠い目を擦る俺と廊下を歩く
俺___
そして、数年ぶりにその機会を得て謝罪するも、当の本人はなんとも思っていない様子だ。この件は呆気なく片付いてしまった。幼馴染との再会に告白めいた言葉___昨日の過大な情報量は俺を混乱に引き込み、寝不足をもたらした。そんなところに
「めっちゃ眠そうだね」
「さっきの古典はいい睡眠時間になったな」
「さいてー」
「いやクラスの半分くらい寝てたし愛菜も寝てただろ」
「バレてましたか」
県内有数の進学校だって、公立高校なら先生の質など知れたもの。いい先生もいれば、睡眠時間を提供するような先生もいる。でもまあ、現代国語や古典は誰の授業でも寝そうだな。
「まああれは寝るのが正解まであるからな」
「それは言い過ぎでしょ」
「過言じゃないだろ」
先生が教室に入ってくる。帰りのホームルームのため、ササッと自席に戻る愛菜。外は五限の終わりくらいから急に雨が降ってきた。折り畳み傘はリュックに常備しているので問題は無い。
「えーと、修学旅行係はこの後大教室Aに行くように。
「はい」
まさかこんな早くから係活動があるとは思っていなかった。終わった頃には雨が止んでいればいいのだが。
五限が終わった時よりも雨が強まっている。そして
「酷い雨だね」
「それな。折り畳みなかったら死んでた」
「僕は忘れちゃったよ」
「どんまい」
「あ、僕別の人と帰る約束してて」
「なんだ彼女か」
「まあそんな感じ」
「それでわざと傘忘れたってわけか」
「そんなんじゃないよ」
「お前ならあり得る」
「ひどいなあ」
いや、朔の場合本当にある。抜け目がないこいつが天気予報を見てないわけがない。
「じゃあ、また明日ね」
「じゃあな」
俺は下駄箱に向かう。そこには偶然か必然か、瑠惟佳の姿があった。瑠惟佳が俺のほうを見て言う。
「あ、はーくん。ちょうどいいとこに来たね。私傘持ってなくて、はーくんは傘持ってないかなって思って」
そう言って瑠惟佳は掴み
小学六年生の記憶だ。あの日は一日中雨だった。梅雨の時期で、じめじめした生暖かい空気が肺の中に重くのしかかる。そんな時、俺は一つの嫌がらせを思いついた。___ただ傘を盗むだけ。そんな単純なものだった。嫌がらせを始めた小学五年生の途中から、瑠惟佳は一人で帰ることが多かったので、誰にも傘に入れてもらえないだろう、と思っていた。そして、俺は昇降口に置いてあった瑠惟佳の傘を盗んだ。
帰ってから、盗んだ傘をどうするか考える。その結果、瑠惟佳の家の玄関に置いておくことにした。そうと決めて向かうと、びしょ濡れになりながら重い足取りで帰る彼女がいた。彼女は今にも泣きそうな顔___いや、雨のせいでそう見えたのかもしれない。俺は一瞬、申し訳ない気持ちになって謝ろうと考えた。しかし、そんな考えはすぐに消えた。ずぶ濡れになった身体と裏腹に、儚い笑顔を浮かべてしっとりした目つきでこちらを見てくる。俺はその笑顔を見た途端、全身が震え上がるような感覚に襲われ、傘を置いてその場から走って逃げ出した。あの笑顔の理由を俺はまだ知らない。
その時の笑顔と今の瑠惟佳の笑顔が重なった。昔とは少し違うような気もする。それに、瑠惟佳は仕返しのために転校してきたのか、そんな考えが頭に浮かんでくる。
だけど、そんなことはどうでもよかった。俺は瑠惟佳に折り畳み傘を渡した。
「使っていいの?他に傘持ってるの?それとも一緒に入る?」
「…俺は大丈夫だよ」
そう言って駅まで走った。駅まで走れば三分もかからないが、髪の毛が束を成すくらい濡れてしまった。
あの頃の瑠惟佳はどんな気持ちでびしょ濡れになりながら帰り、どんな気持ちで笑っていたのか。同じように雨に打たれただけでは、何もわからなかった。それに、こんなことをしても赦されるわけではないと知っている。もしかしたら本当に瑠惟佳は許してくれているのかもしれないが、俺はまだまだ多くの贖罪をしなければならない。そのためなら___何をしたって構わない。
濡れたまま電車に乗り、家まで帰った。駅から家までも雨に濡れた。
「ただいま」
濡れた靴下を脱ぎ、二階に上がってタオルを取りに行く。すごく寒かったが、そんなことは自分の中では問題にならなかった。身体を拭いて部屋着に着替え、浴室の乾燥機で乾かしていた洗濯物を畳む。そこに、
「お兄ちゃんおかえり。ってか、濡れて帰ってきたの?折り畳みいつも持ってるよね?」
「友達に貸したんだよ」
「それで風邪ひいたら馬鹿みたい」
「いや、馬鹿は風邪ひかないっていうだろ?」
「はいはいそーですね」
二人で洗濯物を片し終えて、インターホンが鳴り来客を伝える。宅配便かと思ったが、カメラには瑠惟佳が映っていた。急いで玄関に向かった。
ガチャ。
「あ、出た出た。傘を返しに来ましたー」
「ありがとう…。明日でもよかったのに」
「はーくんに会いたかったからいいでしょ?」
「まあ、いいけど」
「私もう帰らなきゃいけないから。あまり長居できなくてごめんね?」
「昨日は俺の都合で帰ってもらっちゃったからいいよ」
「これでお相子ってことだね。じゃ、また明日ね、はーくん」
「また明日」
そのまま瑠惟佳は雨の中に消えていった。瑠惟佳の行動は理解できないことが多すぎる。いつか理解できるようになる日が来るのだろうか。分厚い雲が青い空を隠していて、今夜はまだ雨が止みそうになかった。
僕の×と君の愛 さなちゃ @nnnaaa3778
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