感情を管理された世界で、僕らは「傷」を美しく継ぎ合わせる。~金継ぎ調律師と、痛みを忘れた人々の物語~
九条 湊
プロローグ 榊原堂との出会い
一見すると、ただの古道具屋にしか見えない。
――ここまで来たら、勢いだ。
意を決して、扉を開ける。
そこには、まるでどこの誰が来るか解っていたかのように、一人の男が立っていた。
「ようこそ、
とても胡散臭い笑顔だった。
「俺は客じゃないです。ここに、
胡散臭い店員は、当然のように答えた。
「私がその人です。
――もう帰りたい。
なぜこの男は自分のことを知っているのか訝しみ、
「やっぱり来ない方がよかった。あなた、怪しすぎるんですよ。あんなもの、俺なんかに送りつけてきて」
「まあまあ。せっかく来たんだから、ゆっくりしていってください。お茶もお菓子もご用意してるんですよ」
そう言うと、
「私は遠回りなことをしない性分なので、いきなり本題を言いますね」
「
と告げた。
「働くもなにも、俺はここから汽車で何時間もかかる距離に住んでますし、学校にも通っている」
それは、
驚きすぎて、声も出なかった。
「私がちゃんと全部、万事解決しておきました。安心して、今日からここで住み込みで働いてください」
また胡散臭い笑顔だ。
「今日はあなたのせいで、俺の人生最悪の日、更新ですよ」
「ではまず、ここでの仕事を紹介しますね。最近、心が自分のものじゃないように落ち込んだり、気分が上がったりする病、ご存じですか?」
勢いについていけないながらも、
「はい。この世界に
当たり前のように注がれた紅茶を一瞬見つめ、言いよどんでから続ける。
「悪く言うと、抑制され、操作されているとも言いますよね。なのに、感情の爆発としか言いようのない症例が各地で出ている。それが、ここの仕事に関係しているとでも?」
「はい、そのとおり。
「これがなんだっていうんです? ただ
「その
そして感情の爆発が起きた人の
それを
それが、私たちのお仕事です」
「それは立派な仕事ですね。で、俺になにをしろと?」
「あなたには、依頼人の
脇から道具をせっせと取り出しながら続ける。
「これは
「まだやるとも言ってないのに、それ全部説明する気ですか?」
「はい。大事なことなので。これは
「今、
「もちろんです。あれらは我々の一族が管理する、人を正しく導き、見届けるもの。いて当たり前です。特にこの場にはね」
「これは
漂う芳香に、
そして、残った意匠の美しい箱に目を奪われる。
「これは何です?」
「興味が湧いてきましたか? これはとても大事ですよ。
一箱はこちらで大切に保管して、もう一箱は儀式が終わった後、
さらに、ひときわ美しい色の箱を取り出す。
「こっちが完成した姿。人それぞれの色に染まった箱。
まあ、感情を受け入れられた証――証書みたいなものです」
その瞬間、目の前に銀の細い棒を突きつけられる。
「最後に、これがあなたの仕事に関わる道具、
深く息を吐く。
「……どうせ、最初から選択肢なんてなかったんでしょう」
視線を逸らし、投げやりに言う。
「仰せのままに」
こうして――
逃げ場を失った青年と、胡散臭すぎる男の、
奇妙な二人三脚が始まった。
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