第32話

📘 第32章:矩形の鍵



(この暗号に、あんたのすべてが詰まってる――そうだろ?)



2050年、NOISE仮拠点。


ホログラムモニターに流れる無数のコードが、青白い光となって佳乃の頬を照らしていた。


彼女の指先は、震えることなく高速でキーボードを叩き続けている。


(0x4F1C矩形換字……あいつが唯一、私に教えてくれた暗号……)



──高校時代。


夜な夜な続いた匿名ネット対戦。

相手のハンドルネームは【mikage】。


どれだけ挑んでも、一度も勝てなかった。

ある日、勝負が終わった直後に送られてきた短いメッセージ。


《gyudon、お前ならこの暗号も解けるだろ?》


ミカゲだけが、彼女のハンドルネームをそう呼んだ。

“fastest”(最速)ではなく、唯一笑ってくれた時につけたあだ名。


(牛丼好きだからって……)


苦笑しながらも、その呼び方が好きだった。



「……何笑ってる。」


背後から声がして振り返ると、甲斐がコンビニ袋を手に立っていた。


「夜食だ。食べとけ。」


「……牛丼って。」


苛立ち混じりに吐き捨て、再びモニターへ向き直る。


甲斐はしばらく無言で立っていたが、やがて静かに言った。


「……倒れるなよ。君がいなきゃ、誰も助けられない。」


その言葉に、佳乃は指を止めることなく、わずかに瞳を伏せた。



(……あんたも、助けたいんだよ。)



解析バーが100%に到達した瞬間、画面に無数のファイルツリーが展開された。


《decrypted: help_files》


その中には、ECHO誘発パラメータ、改訂者維持薬開発過程、そして実験記録の数々。


(これが……ミカゲの“救済コード”……!)



ファイル群の末尾に、一つだけテキストファイルがあった。


佳乃はクリックする。



《mikageからgyudonへ》


《……最後まで、お前が最速だったな。助けてくれ、佳乃。》



(……馬鹿……最後まで……こんなやり方しかできないのかよ……)


佳乃の顔に安堵が滲む。



佳乃は震える拳を握り締め、インカムを装着した。


「初代おっさん。」


『……どうした。』


「武装班を……編成して。病院への潜入作戦を始める。」


短い沈黙の後、真田の低い声が返る。


『了解。すぐに準備に入る。』



(誰がこの国を支配しても――心までは奪わせない。)



🔚 第32章・完

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