第3話(佐倉視点)
駅に向かう途中の店は、
仕事終わりの時間帯らしく、少し混んでいた。
注文カウンターの前に人が並び、
テーブル席はどこも埋まっている。
一瞬だけ立ち止まりかけた私の横で、
彼が視線を動かした。
道路に面したカウンター席の端。
並びで二席がちょうど空いている。
「そこで、いいですか?」
そう言って、
彼は自然にそこへ向かった。
私も続いて鞄を置く。
注文カウンターに並ぶ間、
特に会話はなかった。
あちらこちらから聞こえる話し声や、
コーヒーマシンの音。
それぞれ注文を済ませ、
受け取ったカップを手に、また席に戻る。
少し落ち着いてから、
同時に一口飲む。
少しだけ間があって、
彼が口を開いた。
「急に、コーヒーに誘ってすみません」
軽く、でもきちんとした声だった。
「今日の会議、
議論が深かったので。
帰る前に、少しリフレッシュしたくて」
一拍置いて、
「付き合ってくださって、
ありがとうございます」
私はカップを置いてから答えた。
「いえ。
私も、一息つけてよかったので」
言葉を選んで、少し考える。
「前回も今回も、
流れがスムーズで。
一緒にお仕事させていただいて、
やりやすいなって思ってます」
言い終わってから、
少しだけ照れた。
何を話していいか分からなくて、
でも何か言わなければと思って、
なんとか辿り着いた言葉だった。
彼は、すぐに返した。
「こちらこそ」
視線をこちらに向けて、
「丁寧で、スムーズで、的確で。
こんなに息が合うというか、
やりやすいのも、
そう多くはないので」
少しだけ、柔らかくなった声で、
「ありがたく思っています」
私は思わず、
「あはは」と小さく笑った。
ほとんど愛想笑いに近い。
「ありがとうございます」
それ以上、言葉は続かなかった。
コーヒーを飲み終える頃、
彼が時計を見る。
「今日は、
このくらいで」
短く、区切るように。
私は頷いて、
「そうですね」と答えた。
彼は路線が違うようで、
店を出ると軽く別れのあいさつをして、
それぞれの改札方面へ向けて歩き出した。
次に誘われたのは、
それからまた二週間ほど経って
打ち合わせの日、
「今日も、
終わりが合いそうでしたら」
前回と同じ言い回し。
私は、
自分でも理由が分からないまま、
頷いていた。
その日も、
コーヒーだった。
同じ店。
変わらず混雑した店内。
今日も空いていたのはカウンターだけ。
変わったのは話す内容。
少し増えた。
晩ごはん何にするか。
休日は何をするか。
彼は、
深く聞きすぎない。
でも、
流さない。
「それ、
興味ありますね」
その一言が、
軽くない。
三回目、四回目。
いつの間にか、
「打ち合わせのあと」は
当たり前になっていた。
なんとなく彼の誘いを待つようになっていた。
「今日、
このあとどうですか」
彼が聞く。
「大丈夫です」
そう答えるのが、
自然になっていた。
店に入って、
何を飲むか迷わなくなる。
席に着いて、
鞄を置く。
この流れが、
身体に馴染んでいることに気づいて、
私は少しだけ戸惑った。
彼は、
一度も踏み込んだ質問をしなかった。
家族のこと。
過去のこと。
聞かれなかった。
私は、
自分からも話さなかった。
それでも、
時間は重なっていった。
あるとき、なんとなく自分から
「今日は行かないんですか」
そう聞くと、
彼は少し笑って言う、
「コーヒー飲みに行きませんか?」
何気ない日常のように
特別じゃない。
でも、切らない。
求めすぎもしない。
そして、消えない。
私は、
この人を
「安全な人」だと判断していた。
だから、
ここまで来てしまったのだろう。
でも、その判断が、
自分の人生を少し動かすことになるとは、
まだ知らなかった。
次の更新予定
2026年1月18日 00:00
ほろ甘いコーヒーをあなたに NOZ @GraRiv_06
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