第9話 父と娘



 遺伝子とは、時として残酷なものだ。


 俺と美鈴の間に生まれた娘、美咲(みさき)。八歳。

 彼女は、悲しいことに母親に似てしまった。


 丸い顔、低い鼻、少し太めの体型。

 運動神経は皆無で、何もないところで転ぶ不器用さまで、美鈴のコピーのようだ。


「……はあ」


 リビングで宿題をしている娘の背中を見ながら、俺は深いため息をついた。


 俺のシャープな顔立ちが遺伝していれば、将来はモデルにでもなれただろうに。


 この容姿で、しかも「高村建設の社長(義父)の孫」というレッテルがつけば、将来寄ってくる男はロクなのがいないはずだ。


 俺のような「金目当ての詐欺師」が、必ず現れる。

 そう思うと、夜も眠れない。


 因果応報とはこのことか。


「パパー! 見て見て!」


 思考を中断させたのは、寝室から飛び出してきた美咲の声だった。

 彼女は、明日のピアノの発表会のために用意したドレスを着ていた。


 そう、美鈴の手作りドレスだ。


「……おう」


 俺は絶句した。


 色は派手なピンク。そこまではいい。

 だが、フリルの間隔はバラバラで、裾の長さは左右で違う。


 胸元に縫い付けられた花のアップリケは、どう見ても新種の深海生物にしか見えない。


 客観的に評価して「ダサい」。

 クラスの意地悪な女子に見つかれば、格好の笑いものだ。


「どう? ママが作ってくれたの!」


 美咲は満面の笑みでくるりと回ってみせた。

 案の定、自分の足に引っかかってよろけている。


「……美咲。悪いことは言わない。パパが今からデパートで一番高いドレスを買ってきてやる。それは脱ごう」


「えー! やだ!」


 美咲は頬を膨らませて拒否した。


「だってこれ、ママが夜なべして作ってくれたんだもん。指にいっぱい絆創膏貼って、一生懸命縫ってくれたの。世界で一番素敵なドレスだよ!」


 娘の言葉に、キッチンにいた美鈴が恥ずかしそうに顔を赤らめている。


 俺は頭を抱えた。


 母親譲りのお人好しか。

 物の価値というものがわかっていない。


 だが、その不格好なドレスを嬉しそうに着ている娘の姿は――。


 悔しいが、どんなブランドモデルよりも輝いて見えた。

 愛嬌という点においてだけは、彼女は天才的だった。


「……わかったよ。好きにしろ」


「えへへ、パパ大好き!」


 美咲がドスドスと駆け寄ってきて、俺の首に抱きついた。

 石鹸と、甘いお菓子の匂いがした。


 俺は娘の頭を撫でながら、ふと不安になって問いかけた。


「美咲。お前、将来はもっとカッコよくて、スマートな男を選べよ。パパみたいに口が悪くて性格の捻じ曲がった奴は絶対にやめとけ」


 これは本心だ。

 俺のような男に捕まったら、こいつは一生苦労する。


 だが、美咲はキョトンとした顔をして、それからニカっと笑った。


「えー? 私ね、大きくなったらパパみたいな人と結婚するの!」


 俺は耳を疑った。

 教育を間違えたか?


「……あのな、よく聞け。パパは金に汚いし、ママにも酷い口を利くし……」


「でも、本当はすっごく優しいじゃない」


 美咲は俺の言葉を遮り、真っ直ぐに俺の目を見て言った。


「ママが失敗しても『食えりゃいい』って全部食べるし、おじいちゃんが泣いてる時はずっとそばにいてあげてたし。口では文句ばっかりだけど、パパは一度も家族を捨てたりしなかったよ」


 ドキリとした。


 子供は見ていないようで、全部見ている。


 俺が必死に隠してきた「打算という名の鎧」の下にあるものを。

 この小さな娘はとっくに見抜いていたのだ。


「だからね、私はパパみたいな『誠実な嘘つき』を見つけるの!」


「……ませた口を利くな」


 俺は美咲の鼻をつまんで誤魔化した。

 顔が熱い。娘に一本取られるとは。


「はいはい、おしゃべりは終わり。明日のために早く寝なさい」


「はーい! おやすみ、パパ!」


 美咲は再び不格好なドレスの裾を揺らして、寝室へと戻っていった。


 その後ろ姿を見送りながら、俺は苦笑するしかなかった。

 

 血は争えない。


 不器用で、見る目がない(あるいはありすぎる)お人好し。


 だが、もし彼女が俺のような男を連れてきたら……。

 その時は、俺が義父にしたように、まずは安居酒屋で一杯やって、品定めをしてやるとしよう。

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