月を撮る人
灯籠小四郎
第1話 最初の窓
それは、夜が降りてくる直前の、とても静かな夕暮れだった。 当時七歳だった圭太の隣には、縁側に腰を下ろした祖父がいた。 「いいか、圭太。この小さな窓だけを覗いていろ」手渡された銀色のデジタルカメラは、幼い手には重く冷たかった。
レンズの周りには、妹が貼ったライオンやウサギのシールがカラフルに並んでいる。
「何を撮ればいいの?」 「一番、撮りたい場所を探してみろ」 「うーん。どうしようかな」 「そこにある静寂を見つけるんだ」
圭太は教わった通りにファインダーを覗き、空へとレンズを向けた。そこには、淡く冷たい光を放つ月が浮かんでいた。クレーターの影が広がり、まるで誰かが爪でそっと表面をなぞった跡のようだった。
その姿は、圭太の幼い心に、祖父の言う『静けさ』をありありと映し出した。
「じいちゃん、あそこには何があるの?」 「何にもない。音も、風も、誰かの声もな。あそこは、世界で一番静かな石ころなんだよ」 祖父の指が、圭太の指に重なる。 「息を止めて、『静けさ』を盗むつもりで押せ」 ――ジッ、ジッ。 小さな機械音がして、液晶に青白い光の粒が映し出された。 肉眼では頼りなかった月が、その「窓」を通した瞬間、残酷なほど鮮明な輪郭を持って圭太の瞳に飛び込んできた。 「……写った」 隣で笑う祖父の顔も、自分を呼ぶ母の声も、彼の意識は、ただ月の『静けさ』に吸い寄せられていた。
数歩後ろでそれを見ていた愛梨は、月を見上げる彼の横顔に、言葉にできない不気味なほどの美しさを感じていた。 その視線の先に何があるのか、当時の愛梨には分からなかった。けれど彼が見つめている場所が、自分たちのいる世界よりもずっと遠く、冷たいことだけを悟っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます