第10話:共犯者の晩餐、あるいは地下迷宮の逃亡者
新宿の夜は、爆発の余韻と降りしきる黒い雨によって、毒々しい紫色の煙に包まれていた。
雑居ビルの屋上、錆びついた貯水タンクの影で、俺は己の肉体が崩壊していく音を聞いていた。
(……あ、これ、マジで死ぬやつだ。筋肉が繊維単位で「もう無理っす」ってボイコットしてる。さっきアルベルトから食った魔力が、俺のレベル5程度の貧弱な器の中で暴れ馬みたいに暴走してやがる。32歳、無理なダイエットの後にドカ食いしたような、最悪のリバウンドだぞこれ……)
「……っ」
俺は、隣で横たわるさくらの様子を伺う。
救い出したはずの彼女は、今や俺と同じ――いや、それ以上に「異形」の気配を纏っていた。
彼女の背中の皮膚の下で、何かが蠢いている。それはまるで、寄生した魔物が主人の肉を内側から作り替えているような、おぞましい光景だった。
「……藤崎、さん……。……お腹……空きました……」
彼女が、這うようにして俺に近づいてくる。
その瞳に宿る銀色の紋章が、暗闇の中で妖しく発光した。
彼女の手が、俺の首筋に触れる。冷たい。まるで死人のような温度だ。
「……藤崎さんの……魔力……美味しい……。……もっと、ください……」
(……お嬢ちゃん、その顔で言われると凄く官能的だけど、中身は完全に『食欲』100%だよね!? 俺、今HPもMPも枯渇してて、ただの干物同然なんだよ!? これ以上吸われたら、俺の存在そのものが消えて、新宿の都市伝説になっちまう!)
「……」
俺は無言で、自分の腕を彼女の口元に差し出した。
(拒絶しても無駄だ。今の彼女は理性じゃ動いてない。なら、俺の汚れた魔力でよければ、いくらでも食わせてやるさ。……死ぬ時は、一緒だ)
ガブリッ!!
「――っ!!」
鋭い牙が、俺の二の腕を深く貫いた。
《痛覚耐性》が悲鳴を上げる。だが、同時に不思議な感覚が脳を支配した。
彼女が俺の魔力を啜るのと同時に、俺の《概念捕食》が、彼女の中に植え付けられた「アルベルトの呪い」を逆流するように感じ取ったのだ。
【スキル《共食い》が対象と共鳴中……】
【深層心理へのリンクを確立】
(……なんだ、これは。さくらの心の中……? 真っ暗だ。そこに、銀色の鎖が幾重にも巻き付いてる。これがアルベルトの仕業か。あいつ、さくらをただの生贄にするんじゃなく、自分の『端末』として作り替えようとしてやがったのか)
俺は意識を集中させ、吸い上げられる魔力に、自分の「意志」を混ぜ込んだ。
『負けるな、さくら。食われる前に、食い尽くせ』
俺の脳内のマシンガントークが、彼女の深層意識に直接叩きつけられる。
「……あ、……あぁ……っ!!」
さくらが俺の腕を離し、激しく吐血した。
銀色の紋章が明滅し、彼女の背中の蠢きが一時的に沈静化する。
彼女の瞳に、わずかだが「理性」の光が戻った。
「藤崎……さん……。私、……私、何を……」
「……気にするな。……夕食(メシ)の、時間だっただけだ」
俺は口元の血を拭い、無表情のまま立ち上がった。
(よし、最高にクールなセリフ決まった。実際は貧血で立ちくらみが凄くて、今すぐマッサージチェアに沈みたい気分だけどな!!)
その時、俺の脳内に、無機質な電子音が直接響いた。
『――ふぅ、ようやく繋がった。聞こえる? 逃亡中のネズミくん』
「……白河か」
『正解。おめでとう、新宿を火の海にして逃げ出すなんて、最高のパフォーマンスだったわ。……でも残念。現在、異能庁はあなたたちを「最重要抹消対象」として指名手配したわ。もう、地上にあなたの居場所はないわよ』
通信機越しの白河の声は、相変わらず楽しげだ。
『今、あなたの位置情報をハッキングして隠蔽してるけど、それも長くは持たない。……新宿歌舞伎町の地下三階、古い下水道を抜けた先に「境界街(スラム・ゲート)」と呼ばれる場所があるわ。そこへ行きなさい。私の古い知り合いに、隠れ家を用意させておいたから』
「……境界街?」
『表向きは魔物の廃棄場。実態は、異能庁の管理を離れた「野良ハンター」や、魔物の肉を喰らう「半魔」たちの吹き溜まりよ。今のあなたと彼女には、お似合いの場所だと思わない?』
「……」
(半魔たちの吹き溜まり……。つまり、魔物の肉をボリボリ食ってても「お、今日の晩飯はゴブリンか?」くらいのノリでスルーしてくれる場所ってことか。今の俺たちには、最高のパラダイスじゃねえか!!)
俺は、まだ足元の覚束ないさくらの肩を抱いた。
「……行くぞ」
「はい……。……藤崎さん、ごめんなさい……私、あなたを……」
「……後で、たっぷりと働いてもらう。……今は、歩け」
俺たちは降りしきる黒い雨の中、白河から言われた場所を目指すべく、新宿の喧騒を離れ、地獄の底へと続くマンホールの中へと身を投じた。
数時間後。
腐敗臭と、微かなスパイスの香りが混ざり合う、異様な空間に俺たちは辿り着いた。
そこは、異能庁が作成したマップには存在しない、広大な地下都市だった。
天井からは剥き出しの配管が血管のように這い回り、ネオン管の光がどぶ川の水を七色に汚している。
そこかしこで、異形の武器を背負った男たちが、魔物の内臓を串に刺して焼いていた。
立ち込めるのは、文明の香りではなく、剥き出しの「生存本能」の匂いだ。
「おい、見ろよ……。新顔か?」
「死に損ないのリーマンと、ボロボロの小娘か。……いい魔力を持ってやがる」
周囲の「野良ハンター」たちが、ギラついた視線で俺たちを品定めする。
俺は無言で、マチェットの柄に手をかけた。
(うわ、治安悪っ!! 異世界の盗賊ギルドの方がまだマシだぞ! どいつもこいつも、俺たちのことを「美味しそうなステーキ」としか思ってねえ! でも大丈夫だ。俺は今日、もっと最悪な『メインディッシュ(アルベルト)』を食い損ねて、めちゃくちゃ機嫌が悪いんだよ……!!)
「……」
俺が一歩前に出ると、周囲の空気が一変した。
レベル5。数値上は雑魚だ。
だが、俺の全身から漏れ出る、アルベルトから「概念捕食」で奪い取った、異世界の騎士団長の残滓――その威圧感が、地下街の荒くれ者たちの足を止めた。
「……道を、空けろ」
俺の短い言葉に、屈強な男たちが、無意識のうちに左右へと分かれた。
その地下街の最深部。
「鉄の牙」と呼ばれる看板が掲げられた酒場から、一人の女が現れた。
右目に眼帯をし、全身に魔物の牙で作った装身具を纏った、褐色の美女。
「……ほう。白河が言っていた『最高のお客サマ』ってのは、あんたのことかい」
彼女は、腰に下げた巨大な鉈を叩き、ニヤリと笑った。
「私はバルド。この地下街の『掃除屋』だ。……歓迎するよ、捕食者どの。地獄の底へ、ようこそ」
俺は無言で、彼女を見つめた。
(掃除屋、バルドか。……美人だけど、腕の筋肉がプロレスラー並みだな。ま、いい。ここが新しい拠点になるなら、まずはこいつらの胃袋を黙らせることから始めるとするか)
俺の腹が、再びぐぅ、と鳴った。
それは、ポテチではなく、より強い獲物を求める、捕食者の産声だった。
次の更新予定
『異世界で最強に至った英雄、Lv.1のテロリストとして帰還する〜世界の概念を喰らい尽くして、裏切り者の神をブチ殺す〜 いっぱ @negaiippa
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