第39話 海②

 水族館を出た私たちは、あの日と同じ海に来ていた。ただ、あの日とは違って、夕日が海を赤色に染めていた。


「綺麗…」


サクラが感嘆の声を上げた。


「サクラがあのとき、ここで夕日が見たかったって言ってたから」


「覚えてくれていたの?嬉しい…」


サクラは嬉しそうに言葉を返してくれた。そのままサクラは砂浜に腰を下ろした。私も隣に腰を下ろした。サクラはずっと海を眺めてる。私の気持ちを伝えるならここがよかった。あのときと意味は違うけど、二人の時間を望んだここで、サクラに聞いてもらいたい。私はサクラを見ていた。静寂の中、サクラが私の方を向いたから目が合った。サクラはそのまま話し始めた。


「またここに来れて嬉しい。私にとって思い出の場所だから」


サクラは微笑んでいる。サクラにとっても思い出の場所?


「あのときはカイトに振られたばっかりで、正直水族館も含めて来るつもりはなかった」


「そう…だよね」


私は上手く言葉を返せなかった。


「でもね、アザミが代わりに行くよって、私を気分転換に誘ってくれて、本当に楽しめた」


改めてサクラに楽しめたと言ってもらえて嬉しくなったけど、同時に反省した。


「あのときの私は無神経だったよね」


サクラは首を横に振った。


「そんなことないよ。でも、本当はあのとき、一緒に行く人は誰でもよかったんだ。私にとって、ただの気分転換のつもりだったんだから」

「…うん」


私は相槌を打つことしかできなかった。自分で言ったことだけど、やっぱり私は代役でしかなかったんだ。


「それに、海を見ていたときは結局カイトのことを引きずっていたし。そんなときにアザミが私とこれからもっと楽しい思い出を作りたいって言ってくて、本当に嬉しかったんだ」


「え…」


「アザミが私のことを思ってくれて、私とこれからを望んでくれて、そのときにはもうカイトのことなんて全く考えてなかった。私はアザミのあの言葉に救われたんだ」


「…大げさだよ」


あのときはサクラが気を使ってくれただけだと思っていたから、救われたと言われて喜んでしまっている自分がいる。サクラは本当に大げさだ。だってあのときの私は、自分のことしか考えてなかったんだから。サクラに感謝されることなんか何もしてないよ。


「アザミ、これからも二人でもっと楽しい思い出を作っていこう」


サクラは笑顔だ。でも、サクラの今の言葉は友達としてってことだよね。サクラがこんなに私のことを思ってくれているのに、私は今からサクラの気持ちを裏切る。それでも…私は顔だけではなく、体もサクラの方に向けた。


「サクラ、私、サクラに聞いてほしいことがあるの」


「何?」


サクラが真面目な顔になった。


「えっ…とね、その…」


サクラは私の言葉を待っている。なのに私はこの期に及んで言葉が出ない。怖い。サクラの顔が見れない。駄目…やっぱり私には…私は下を向いてしまった。


「アザミ」


サクラは優しい口調で私の名前を呼ぶと、自分の右手の指先で私の顎もとに優しく触れて、私の顔を上げてくれた。


「アザミ、聞かせて」


サクラの顔を見ると優しい顔をしていた。サクラの顔を見たら不安な気持ちが吹き飛んでいった。私は深呼吸をしてから話した。


「私はサクラを愛しています。私はサクラの恋人になりたい」


サクラから目を逸らさない。絶対にここで目を背けない。私はサクラの拒絶も受け止める。サクラの顔を見ているとサクラが優しく笑った。


「これが私の答え」


サクラの顔が私の顔に近づいてきたと思った瞬間、サクラの唇が私の唇に触れた。私はそれがサクラからキスをされたと気づくまでに時間がかかった。しばらくしてからサクラの唇が私の唇から離れた。


「アザミ、私もアザミの恋人になりたい」


その言葉を聞いて私は涙が止まらなくなった。サクラはそんな私をそっと抱きしめてくれた。


 私が泣き止んでからサクラは私を抱きしめるのをやめた。


「アザミ落ち着いた?」


「うん…ごめん…」


「なんでアザミが謝るのー」


サクラは笑っていた。


「まだ状況を飲み込めない」


「またキスしてあげよっか?」


「…恥ずかしいから大丈夫です」


「なんでよー」


私は下を向いて考え込んでいた。するとサクラから話しかけられた。


「ちなみにさっきの、私のファーストキスだから」


サクラの言葉に私は驚きを隠せなかった。


「えぇ!?だって、佐野さんと…」


「カイトには頬にしかしたことない…キスの先もしたことない…」


サクラが恥ずかしそうに話した。サクラの様子を見て私まで恥ずかしくなった。


「わ…私もファーストキスだよ…」


「じゃないと困るよー」


私は意味のわからないフォローをするとサクラが笑ってくれた。それにしても本当に信じられない。サクラと私、今、恋人?待って待って。どういうこと?確かに今サクラは笑っているけど。全然わからない。サクラは混乱している私を察したのか、砂浜についている私の左手を自分の右手で裏返し、そのまま指を絡めた。これって恋人繋ぎ…だよね。私はサクラの顔を見た。


「サクラ…その…いいの?私で…」


サクラは微笑みながら答えた。


「アザミだからだよ」


「でも私…女だよ?」


「そんなの関係ないよ」


そう言ってもらえるのは嬉しいけど、やっぱりまだ信じられない。


「アザミから言ってくれたのに、全然信じてくれないじゃん」


サクラから笑いながら指摘されたから、思わず声が大きくなった。


「そりゃだって!全然想像してなかったし…なんで…」


急に友達から、しかも同性から告白されたんだよ?普通戸惑うでしょ。サクラがあまりにも簡単に受け入れすぎじゃない?


「アザミ…流石に私でも夏目漱石のことくらい知ってるんだよ」


サクラは目を細めながら言ってきた。なんで急に夏目漱石の話に?え…まさか…


「夜景のときの…」


「あのときは私の勘違いって思っていたけどね」


サクラは笑っている。嘘でしょ…あのときに既にバレてたの!?恥ずかしすぎる…サクラは真面目な顔になった。


「でも私の気持ちに気付くきっかけになった。あれからアザミのことを考えて、私、アザミのこと好きだったんだって気付けた」


「えぇ!?」


「だってアザミ、私のことすごく大事にしてくれるじゃん。私、初めてアザミとこの海に来たときには、アザミのこと好きだったんだと思うよ」


「嘘だ…」


「本当だって。もー」


状況を受け入れられない私にサクラは再び唇にキスをした。


「…ありがとう」


いやなんのありがとうだよ私!今度はサクラはいたずらっぽく笑った。


「で、アザミは私とお城みたいな場所で結婚式を挙げたいんだ」


「えぇ!?」


全く想定してなかった質問に私は大声を出した。なんで今その話になるの!?


「その反応は…やったー!あのときもアザミの結婚したい人は私だったんだ」


「恥ずかしい…」


「アザミ、大好きだよ」


サクラは真剣な眼差しで私を見ている。ああ、サクラは本当に私の気持ちを受け入れてくれているんだ。嬉しい。夢みたい。でも、夢じゃないんだ。


「私もサクラのことが大好き」


急にサクラが拗ねた顔になった。


「でもフウカの家に行ったり、勝手に自分の家にケイコを上げたりしたことは許してないから」


サクラ本気で怒ってるじゃん。まさか、サクラはあのとき、友達の家で遊びたかったんじゃなくて、私が友達の家に行ったりしてたことに対して怒ってたの?…サクラって意外と重いな。そんなところも可愛いけど。


「ごめんね!今度からちゃんとサクラには事前に話すから!」


「約束だよ!」


私の答えを聞いてサクラに笑顔が戻った。


「アザミ、これからも二人でたくさん楽しい思い出を作ろうね!」


「うん!」


サクラが私の気持ちを受け入れてくれたんだ。私はこの先、サクラのことを絶対に裏切らない。サクラにつらい思いも苦しい思いもさせない。私はサクラのことを愛し続ける。

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