アネモネは何色に染まる

ぜんざい

第1話 大学①

 火曜日、一限目の講義が行われてる時間。私は大学の構内の売店内に併設されたラウンジに置かれているベンチに座っている。なぜなら人を待っているから。私の火曜日の時間割は二限目の講義からで、一緒に二限目の講義を受ける人と講義が始まる前にここでいつも待ち合わせをしている。その人は今は一限目の講義を受けている。私は座りながらそわそわとしていた。まだ一限目が終わんないのかな。早く来ないかな。ただ人を待っているだけなのに、自分でも色めき立っているのがわかる。早く会いたい。


「アザミ!」


待ち望んでいた人の声が聞こえた。声のした方を見ると確かにその人はいた。彼女は藤桜。私と同じ大学三年生。


「サクラ!」


私もサクラの名前を呼び、ベンチから立ち上がった。サクラは一限目の講義からここに来るまで一緒にいた友達たちに軽く手を振り、一人で私の元まで駆け寄って来た。


「おはようアザミ」


サクラは笑顔で私に挨拶をしてくれた。サクラは相変わらず可愛い。私にだけに向けられた笑顔に幸せを感じる。


「おはようサクラ。一限目お疲れ様」


「本当だよー、私も一限目空きコマにしたかったー」


サクラは可愛らしく眉間にしわを寄せて口を尖らせた。本気の不満顔ではないけど、不満げな顔ですら可愛いなんて。


「私も一限目がないのは火曜日だけだよ」


「私は毎日一限目からだよ!」


「サクラは真面目だね」


「コラッ!からかわないでよー」


「本当にそう思っているよ」


「まったくもう、はやく教室に行くよ」


「サクラ待ってよー」


私は本当にサクラのことを真面目だと思っているのに。サクラは私の言葉を冗談として捉えてしまったのか、一人先に二限目の講義が行われる教室がある建物に向かって歩き出してしまった。私は前を歩くサクラの後について行った。追いついた私は隣を歩くサクラに見惚れている。サクラは本当にモデルさんみたい。奥二重の切れ長のツリ目。細く通った高い鼻。小さい口に薄い唇。透明感のある白い肌。鎖骨の下まで伸びた艶のある黒髪。身長は160cmはあって、スラッとした長い足をしている。サクラの外見の魅力を言い出したらキリがないけど、簡単に言ってしまえばサクラはクールで美人。ただ、サクラの魅力は外見だけじゃない。誰に対しても優しい内面の良さも魅力の一つ。でも、サクラの一番の魅力は笑顔が素敵なところ。その天真爛漫な笑顔はサクラの周りの人も笑顔にする。私はサクラの笑顔を見るといつも幸せな気持ちになる。

 

 教室に向かっている間、サクラは他愛もない世間話をしていた。


「アザミは昨日のドラマ観た?」


「私ドラマ観ないんだよね」


「えー、そうなの?」


「うん、ごめんね」


サクラはすごい勢いで身を乗り出した。


「もったいないよ!ドラマの風間くん超かっこいいのに」


サクラがそんなに言うなら面白いドラマなんだろうな。でも私はそもそもテレビをあまり見ないんだよね。自分の部屋にはテレビはないし、わざわざリビングのテレビを観ようとは思わないんだよね。でも、サクラはドラマをっていうよりその風間くんを観ているのかな。風間くんって確か今人気の六人組のアイドルのメンバーの一人だったっけ?


「風間くんってアイドルの風間くん?」  


「そうそう!あの風間くんは絶対見たほうがいいよ」


「そうなんだ」


サクラはその風間くんの話をしている時、本当に楽しそうに笑っていた。サクラってアイドルが好きなんだ。


「それに菊池くんとのBLも尊くてさー」


「…へぇ」


サクラから不意に出たBLという単語を聞いて私の顔が硬直した。駄目だ、絶対今の私は不自然な顔をしてる。サクラにバレてないよね。なんとか会話を続けないと。しかし私の口から出た言葉は自然な会話とは程遠い言葉だった。


「サクラって同性愛大丈夫なの?」


しまった…今のは不自然に思われるよね。いや、会話の流れ的に大丈夫?サクラは少し考え込んでいる。その少しの時間が私にとっては長く感じる。サクラは少し考えた後に口を開いた。


「うーん、ドラマに関しては風間くん目当てで観てるからなー。でも話は面白いから普通に見れてるよ」


「そ…そうなんだ」


サクラは違和感を感じることなく会話を続けてくれた。よかった。会話の延長線上と思ってくれている。そのまま私の質問も流してくれればいいけど。しかし、私の願いも虚しく、サクラは私の質問に答えた。


「でも、男の人同士とか、それこそ女の人同士の恋愛は私には物語の中だけでの出来事かな。私の周りにはいなかったしね」


「…そうだよね」


サクラはなんともない感じで私の質問に答えた。しかし、私はサクラの答えに落ち込んでしまった。それでもここで黙ってしまうとサクラに不自然に思われるからなんとか会話を続けていた。正直サクラが何を話しているかはおろか、私が何を喋っているかさえも認識できないでいた。駄目だ、サクラと会話をしているはずなのに何にも頭に入ってこない。もちろん分かりきっていたことだし、期待をしていたわけでもなかったけど、それでも、物語の中だけでの出来事…か。

 

 気付いたらもう教室に着いていた。私とサクラは隣同士で席に座った。駄目駄目、いつまでも引きずっているわけにはいかない。この時間、二限目の講義の時だけが、私がサクラと二人きりになれる唯一の時間なんだから。この時間をちゃんと大事にしよう。講義が始まるまで、サクラは会話を続けてくれていた。


「夏休みが明けてさらに人が来なくなったね」


「もはや毎年の風物詩だね」


「安心して、私はアザミに代返させないから」


「サクラは真面目だもんね」


「そう!私は真面目ですから」


サクラが笑ってくれている。私はこの何気ない時間を楽しまないと。会話しているのも束の間、予鈴がなり、講義が始まった。しかし私たちは講義が始まってからも教壇に立っている先生に注意をされないように小声で会話を続けた。

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