最終話 国を捨てた私たちと、捨てられた国王陛下の朝

 聖真面目クソマジメ王国、国境付近の草原。早朝――


「光だ! 出口だぁぁぁッ!!」


 暗く湿った地下通路の先に、眩しい朝日が差し込んでいた。

 リリアを先頭に、ガストン、オスカー、メアリー、公爵、詩人、王妃、オーク、騎士団長(+ぬいぐるみ)の奇妙な集団は、一塊になって外の世界へと飛び出した。


「「「自由だァァァーーーーッ!!!」」」


 全員が草の上に転がり込む。


 ――新鮮な空気

 ――広い空

 ――小鳥のさえずり


 ついに彼らは、規律と伝統に縛られた城からの脱出に成功したのだ!


「ハァ、ハァ…、やったぁ~、逃げ切ったぞ!」

 オスカー王太子が大の字になって空を見上げる。

「これで私は自由だ! メアリー、これからは毎日君のドジを見守って暮らすぞ!!」

「はい殿下。あっ、そうだ、喉がお渇きでしょう。あたし、お水を汲んできますね♪」


 メアリーが近くの小川へ走ろうとして――


「うあっ!」


 自らの左足に右のつま先をぶつけて、見事にコケた。手にした桶ごと宙を舞ってオスカーの上に落下する。


「ぶふっ!?  ……最高だぁ!」


 ドジッ子メイドを受け止めて満面の笑みを浮かべる元婚約者を尻目に、リリアは身を起こし、背後の森を真剣な眼差しで見つめた。

「まだ安心できないわ。すぐに追っ手が来るはずよ……」

 騎士団長ダリウスも、ぬいぐるみを懐にしまい、険しい顔で剣の柄に手をかける。

「うむ。王国全軍が動けば、我々とてひとたまりもない……」


 全員が固唾を飲んで、森の奥――城の方角を睨みつけた。


 ……

 …………

 ………………シーン


 鳥がチュンチュンと鳴いているだけだった。

 足音一つ、馬のいななき一つ聞こえない。


「……あれ?」

 リリアが首を傾げる。

「来ないわね……」

「おかしいでごわすな。通常なら、既に国境警備隊が展開しているはず……?」

 ダリウスも眉を寄せる。


 そこで、ふと公爵が眼鏡の位置を直しつつ、冷静に指を折って数え始めた。

「いいかね、皆さん。現状を確認しよう。

 次期国王である王太子。

 国母である王妃。

 行政のトップである宰相の私。

 軍事のトップである騎士団長。

 ……これらが全員、ここにいるわけだから――」


 全員の顔がゆっくりと見合わせられた。そして、恐ろしい事実に気づく。


「……もしかして、追っ手を指揮する人が残ってない、のか?」


 沈黙……


 そう、彼らは駆け落ちをしたつもりだったが、結果として国の運営中枢がゴッソリ抜けたため、国家機能が麻痺していたのである。


「国、詰んだんじゃない?」

 リリアが思わず呟く。


「いや、だが、まだ父上、王は健在な――」

 オスカーが言いかけた時――


「うおーーいっ!」


 男の叫びが遠くから聞こえてくる。見ると、丘の向こうから砂煙を上げて走ってくる一人の人影が見えた。

 王冠を斜めに被り、パジャマ姿のまま、片足だけ靴を履いていない初老の男性――現国王陛下である。


「おーーーい! 待ってくれぇぇぇーーっ!!」


 国王は涙と鼻水を流しながら、必死の形相で走ってきた。怒っているのではない。完全に泣いていた。


「お前たちぃがぁ、 いなくなったらぁ、困るだろうがぁぁ!!!」

 国王はリリアたちの前で膝から崩れ落ちた。

「今日の公務の書類は誰が決裁するんじゃ! 王妃よ、ワシの背中の湿布は誰が貼ってくれるんじゃーーっ!」


 威厳のかけらもない叫びが草原に響き渡る。

 王妃様はやれやれと溜息をつき、オークの逞しい胸板に顔を埋めた。


「まあ、なんて自立心のない人。グルルさんを見習ってほしいわ」

「グルルァ……」


 国王はオスカーにすがりついた。


「オスカー! 戻ってくれ! お前がいないと次の式典のスピーチが……」

「嫌です父上! 私はメアリーと皿を割りながら生きるんです!」

「ダリウス! 軍を動かしてワシの靴下を探せ!」

「お断りでごわす! 拙者はモコモコちゃんとお茶会をするので忙しい!」

「宰相ー! 予算案を――!」

「これからリュリュ君のボイストレーニングがありますので」


 全員に拒否され、草原に突っ伏して号泣する国王。


「うわぁぁぁーん! もう王様やめるぅぅぅ!」


 そのカオスな光景を見て、リリアは吹き出した。

「あははははぁ~!」

 つられてガストンも笑う。

「ハッハッハ! 愉快ですな、お嬢様!」

「本当ね。悲劇の逃避行のつもりが、まさかこんな『国家解散ピクニック』になるなんて」


 リリアはジャージのポケットに手を突っ込み、清々しい笑顔で宣言した。


「よし、決めた! これ以上逃げる必要なんてないわ!」


 彼女はビシッと足元の地面を指差した。


「ここをキャンプ地とする!

 ガストンは畑を耕して!

 お父様たちはライブステージの設営!

 オスカーたちは……まあ、適当に水を汲んできなさい!

 王妃様たちは、そうね、焚き火をお願い!

 そして陛下!」


 リリアに指名され、国王が顔を上げた。


「は、はい?」

「お腹が空いてるなら、そこで皿洗いでもなさい! 私たちが新しい、もっと自由で楽しい『国』をここから始めるのよ!」


 国王は呆気にとられ、やがて涙を拭いて……小さく頷いた。


「……目玉焼きは、半熟がいいんじゃが」

「ガストンの卵料理は絶品よ。働けば食べさせてあげる!」



 朝日が高く昇る――

 駆け落ちした者たちと、追いかけてきた国王による、賑やかで騒がしい朝食会が始まろうとしていた。すべてを捨てて走った先には、予想もしなかった、けれど最高に笑える「新しい日常」が待っていたのである。



おしまい


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駆け落ちしようとしたら、婚約者も別の女と駆け落ち中だった話 よし ひろし @dai_dai_kichi

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