第13話_夢の中で出会ったのは──

 まどろみを誘う春の陽気の下、桜は満開を迎えていた。

 はらはらと舞う桜の中、通学路を歩く。

 すると後ろからパタパタと聞き慣れた足音が近付いてくる。

 俺は足を止め、後ろを振り向くと愛野が笑顔で駆け寄って来ていた。


「太椋くん、おはよっ」

「ああ、今日は早いな、愛野」


 現実で愛野と顔を合わせてから、もう一年になるのかとしみじみと思う。


「ん、なんとなくね。でも早く来てよかったかも。この景色の中、太椋くんと一緒に登校できるしさ……そーいえば、はじめて太椋くんと出会ったときもこんな感じだったよね?」

「入学式前に顔合わせてたか?」

「ううん、そっちじゃなくて夢の方でね」


 桜の木の下で涙ぐむひとりの女の子の姿が脳裏に浮かぶ。


「あのときは言えなかったけど、ありがとね」

「気にするなよ」

「気にもするよ、次にいつ会えるかなんてわからなかったんだから……でも、なんだかんだで毎日会えてたんだよね。それで逆に言い損ねることになっちゃったんだけどさ」


 愛野は大切な思い出をそっと取り出すように記憶を振り返っているようだった。

 頭上を見上げ、舞い散る桜の花びらを視界に収めながら愛野は、その中の一枚に右手を伸ばす。

 花びらをつかもうとするも、するりと愛野の手かは逃れて、急に吹きつけた風に乗って遠くに行ってしまった。

 遠く逃れて行った花びらを寂しげに目で追っていた愛野は、口を引き結び、くるりと身体の向きを変え、後手に手を組むと隣に立つ俺を見上げて来た。


「ねぇ、やっぱりボクが夢の中と同じように女の子だった方がよかった?」


 どこか物憂げな表情を浮かべる愛野から目を逸らす。

 愛野がしていたように、風に吹かれて舞う花びらを目で追う。

 その中の一枚に向け、俺は手のひらを差し出した。


「……そうは思わないよ」


 手のひらに運良く桜の花びらが一枚ひらりと乗ったが、風が吹きつけすぐに飛ばされてしまった。

 空になった手をぎゅっと握って開き直す。

 夢の中ではないのだから、当然ながら手の中にはなにもない。


「えっ?」


 風で乱れる髪を手で押さえていた愛野には、俺の声がはっきりとは聞き取れなかったらしい。

 でも、それでよかったのかも知れない。

 きょとんとした様子の愛野の髪に花びらが張り付いているのが目に付き、思わず手を伸ばしていた。

 自身に伸ばされた手に、愛野は身体を強張らせていた。

 前置きもなく手を伸ばして、驚かせてしまったのかも知れない。

 ただここで手を下げるのも不自然かと思って、壊れ物を扱うように、そっと愛野の髪から花びらを摘み取った。


「髪についてたぞ」


 親指と人差し指で摘んだ花びらを愛野の眼前に差し出す。

 俺の行動に目を丸くしていた愛野は、しばし黙り込んでいたが、やがて思わずといった様子でくすりと笑った。


「びっくりしたよ。太椋くん、急に真剣な目で見つめてくるんだもん。何事かと思っちゃった」


 そう言いながら、愛野は俺の摘んでいた花びらを大切な物を扱うようにして優しく摘んで受け取っていた。


「風強くなってきたし、さっさと行くか」

「そだね」


 一年のクラスで過ごす時間もあとわずか。

 終業式を目前に控えた教室は、クラスメイトたちの和やかな活気で満ちていた。

 ちらりと愛野が座る窓際に目を向けると、窓から差し込む暖かな陽気にあてられてか、愛野はうとうととしていた。

 俺の自惚れでなければ愛野は、俺の登校時間にあわせて、慣れない早起きしたのかも知れない。

 そう思うとなんだか微笑ましかった。


 終業式も終わり、みんなそれぞれの私的な打ち上げやなにやらで帰って行き、校内は閑散としている。

 俺も誘われはしたが、今は楽しめるような気分にはなれなかったので断った。

 かと言って帰って部屋にひとりで居る気にもなれず、いつもの昼休みと同じように屋上のベンチに腰を預け、ぼんやりと雲ひとつない青空を見上げていた。


 愛野には好かれている、というか懐かれているとは思う。

 それが愛や恋に類するものかはわからない。

 俺がはじめて夢の中で愛野と出会ったとき、あいつは泣いていた。

 ひとりっ子で弟妹が欲しかった俺は、自分よりちいさな女の子を前に、兄になりたいのなら、自分よりか弱い相手を守らなければいけないという気持ちに突き動かされていた。

 たとえ夢の中だけだとしても、俺はお兄ちゃんになりたかったのかも知れない。

 我ながら不純な動機だとは思う。

 愛野を勝手に妹認定してたわけだしな。


 俺は夢の中だけにしか存在しない妹に誇れるような兄になろうと、現実でさまざまなことに手を出し、人並み以上に結果を出せるくらいには研鑽を積んで来た。

 勉強にスポーツ、家事全般に芸術と思いつく限りのことはやった。

 今にして思うとかなり迷走していたんじゃないかな。


 ただそれも現実の愛野と出逢ってから、日を追うごとに愛野に対する気持ちが変化してきていることに、自分でも気付いてはいた。

 それでも俺はそれまで培ってきた関係が壊れず続くようにと、気持ちに蓋をして目を逸らしていた。


 でも、それも限界かも知れない。

 相手が男だろうと女だろうと、愛野を誰にも渡したくない。


 いっそのこと告白してしまおうか。

 とも考えたが、俺は自分の気持ちをはっきりと相手に伝えられるほど強くはないらしい。


 これまで積み重ねて来た経験なんて、今のこの状況じゃなんの役にも立たない。


 以前、愛野から優柔不断だと言われたことを思い出し、その通りだな……としみじみと実感する。


 なにより愛野を困らせることになるんじゃないのか。

 それならいっそのこと、この思いはこのまま──と、ぐるぐると発展性のない思考の渦に陥った俺の気を削ぐように、屋上の扉が開閉される軋んだ音がした。


 パタパタと駆け寄る耳慣れた足音に、思わず笑みがこぼれる。

 それだけで俺は完全に理解させられていた。

 ああ──やっぱり俺は愛野が好きなんだ、どうしようもないくらいに自分の気持ちにウソをつけそうもなかった。


「もうみんな行っちゃったよ、太椋くん本当に行かないの。いつもなら絶対参加してるのに」

「今は少し気が乗らなくてな。そういう愛野も行かなくていいのか?」


 俺の問いに愛野は答えることなく、とすんと俺の左隣に腰を下ろした。


「ここのところ最近ずっと太椋くんの様子が変だったから、なにかあったのか気になってさ」


 そう言いながら愛野は俺の太ももにちょこんと手を乗せ、誤魔化させないよとばかりに、じっと顔を見つめてきた。


「ねぇ、どうしちゃったのかな?」

「なんでもないさ」


 心配気な愛野の澄んだ瞳に見据えられ、堪らず俺は顔を逸らした。

 今まで平気だった距離感だったが、愛野への感情を自覚してからか、あまりの距離感の近さに顔が熱くなるのを感じる。

 そのままの状態でしばらく無言で愛野はじっと俺を見つめ続けていた。


「太椋くん。顔、赤いよ」

「……」


 いつものように咄嗟に誤魔化しの言葉を口にする事は出来なかった。

 愛野は俺の太ももを軽くとんとんっと2度叩き、ベンチから腰を上げた。

 かと思うとくるりと俺に背を向けた。


「前にさ、ボクがこの格好してる理由話したことあったよね。ボクに似合うからだってさ。でも、それって実は後付けの理由で本当の理由は別にあったんだ。似合うっていうのは、事実そうだと思うし、ボク自身楽しんでるところももちろんあるよ。それ以上にボクは見つけて欲しかったんだと思う。もし現実で出逢えたとき、男の子の姿だったら気付いてもらえないんじゃないかって不安も少しあったしね」


 こちらに背を向けて遠くを見上げていた愛野は、ふわりとスカートの裾を靡かせるように、くるりと周り、柔らかな面差しで俺と視線を合わせた。


「でも合格発表の日、夢の中で見慣れた背中を見つけたとき、やっと逢えるんだって思ったら、そんなこと迷ってられなくなってたんだ。そのときはちょっと怖くて声をかける勇気は出なかった。だけど気持ちに見切りをつけるような事は出来なかったな。だからただ見つけてもらうだけじゃなくて、そのひとの気を惹きたくなった……のかもね。似合ってるねって、可愛いねって言って欲しくなっちゃってたんだ」


 どことなく聞いていて気恥ずかしくなるような言葉を、愛野は淡々と言い連ねていく。


「なぁ、愛野……俺の気持ちわかってて言ってるだろ」

「ふふっ、どーだろうね」


 完全に気持ちが愛野に見透かされていたことに気恥ずかしさを覚え、右手のひらで顔を覆うようにして項垂れた。

 すると愛野は俺の隣に再び腰を下ろし、そっと太ももの上に手を乗せてきた。


「太椋くん」


 顔が熱く、赤くなっているのを自覚していたが、愛野に呼ばれて顔を上げる。

 愛野はいつもの無邪気な微笑みで、俺の気持ちを確かめるように告げる。


「出来損ないのサキュバスで、男にも女にもなりきれない曖昧なボクだけど、それでもいいの?」


 返事の代わりに俺は、愛野と唇を重ねた。

 驚きに目を見開いていた愛野は、喜びに目を細め、俺の答えを受け入れるようにまぶたをそっと閉じた。


「男だとか女だとかは重要なことじゃないさ。俺はそんな曖昧で不確かな愛野が好きなんだよ」


 俺の告白を受け取った愛野は目を潤ませ、俺を見上げながら深く息を吸って、自身の気持ちを確かめるように一息置いて言った。


「太椋くん、大好きだよ」


 喜びを全身で示すように、愛野は勢いよく俺に抱きついて来る。

 と同時にさっきの告白が本当であるかを実感するように、再び唇を重ねた。


「俺たち付き合うことになりました」


 いつもの面々だけでの打ち上げに俺たちは遅れて合流した。

 指を絡めるように愛野と手を繋ぎ、付き合い始めたことを開口一番に報告した。

 するとみんなはどこか呆れたような表情を浮かべ、口を揃えて言った。


「「「「「「知ってた」」」」」」


 みんなの反応に俺と愛野は苦笑する。

 どうやらみんなに、俺たちが付き合うのは時間の問題だと思われていたらしい。


「「あはは……」」


 あの日、夢の中で出会ったのは、女の子であり、サキュバスでもあった男の子で、俺はそんな曖昧で不確かな存在の愛野に恋をしていた。

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サキュバス男子、愛野くん。 日吉辰重 @hiyositatusige

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