明日の平木くん

黒野理紗

明日の平木くん

  高校最後の体育祭で、俺は周囲の空気に流され応援団に参加することになった。その団長は平木という男だった。俺にないもの全てをはじめから持っていた。俺が体育祭後の集まりで俯いて目立たず小さくなっていたところ、ピアスの開いた平木くんは俺に声を掛けてきた。

「なぁ、谷川も写れよ。ほら、もっと寄って。見切れるよ。」

こうして俺は彼の計らいで、ポニーテールの女子たちを差し置いて、平木くんの右隣で集合写真に写り込んだ。彼の右手のピースサインが、前の女子の髪で隠れる。彼の小指は短く、少し形が変わっていたからか、折れ曲がりきっていなかった。俺だけが知っている。その小さな小さな優越感に浸った。

 彼は東京の私立大学へ進学した。俺は地方の公立大学理系学部。性格、頭、顔、体、実家の太さ。何を取っても完敗だと絶望したが、その集合写真を含め、高校時代の写真データはパソコンへ移したあとは、俺は彼のことをゆっくりと忘れていった。

 しかし、高校卒業から三年後のことだった。平木くんが少し前から失踪している、と高校のときのグループチャットで少しだけ話題になって、俺は彼を思い出した。何の気なしにニュースアプリを開くと、連続猟奇殺人事件のニュースがあった。まさか彼ではないだろうかと思い開くと、被害者は会社員の男性だった。なんだ、違った。安堵したそのとき、衝撃的な文字列が目に入る。

『犯人Hは右手小指に特徴のある男と推定される。依然逃走中』

なぜか、俺はこの男が、あの平木くんだと確信した。

 事件の詳細を調べる。初めて猟奇殺人の被害者が発見されたのはちょうど一か月前。複数の被害者に共通点なし。現場には被害者の髪でできた人形と、その横に血で書かれたH.というサイン。被害者が短髪の男でも、人形はあるらしい。

 俺は手芸店で初心者向け人形作りキットを買った。ほんの気まぐれだった。思いの外のめり込み、可愛らしいクマの人形が何体か本棚に飾られた。予告なく下宿先を訪ねてきた母に女性との交際を疑われた。

 この様子では彼は大学も中退だろう。あの男らしい立派な平木くんは、今や凶悪な犯罪者に転落したのだ。そう思うと、俺は突然、かつて絶望的な差をつけられた彼に自分を知らしめたくなって、彼のふりをして事件を起こそうと思いついた。彼はきっと取り乱す。俺だと気付くだろうか。気付いたなら、彼は俺を探し、こう言うんだ。「谷川、驚いたよ。僕じゃ君に及ばない。」今なら、きっと彼に追いつける。

 数日間、俺は平木くんの犯行を研究した。計画を練り、ついに決行日。集合写真を拡大し印刷する。写真の俺は隣の彼と比べるまでもない酷い顔をしていた。俺はそれをズボンの尻ポケットに入れる。そして右手小指を折った。計画通り新幹線で東京へ。電車を乗り継ぎ、夜までの時間を潰す。通りがかったアパートへ女性が入る。後ろに続く。綺麗な髪。その女の血でH.と書く。その髪に見合った美しい人形を作った。机の上のサインの隣にそれを置く。着替え、部屋を出た。

 次の日、東京のネットカフェで過ごす俺は連続殺人事件の記事が更新されるのを確認し、満足した。地元へ帰ると何事もなかったかのような日常があった。平木くんからの連絡など、無論ない。生活はひどくつまらなかった。俺は耐えられなくなり、もう一度罪を犯そうと決めた。折よく、チャットアプリのアカウントの備考欄で知った、平木くんの誕生日が近かった。その日に俺は同じ手順で女を襲った。

 そしてふと、自分の犯行をHと誤認する警官をこの目で見たいと考えついた。女のベッドの下へ潜り込む。朝まで数時間待つと女の恋人か夫らしき男、さらに数分して警官、また数十分して刑事も現れる。俺は期待で胸がいっぱいになった。

 しかし刑事はこう言った。

「サインが汚れている。……またか」

「えっ、どういうことですか。」

「Hのサインはいつも鮮明だ。これは模倣犯だ」

俺は頭に血が上った。それが自首であるとも気付かずにベッドの下から這い出す。

「お前にHの何が分かる!俺は高校が同じだ。写真だってある。俺はHに及ばなかった、完敗だった。だが今は違う。追いついたんだ、ついに追いついたんだ、俺は!俺が今まで、どれほど彼を見ていたか、お前などに分かるものか!俺がHだ!俺こそが、本当の、平木くんだ!」

 翌朝の報道によると、Hは依然逃走中である。

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