第7話 護衛という名の(1)

 雨は夜明け前には止んでいた。

 だが村の空気は、昨日よりも重い。


 焼け焦げた匂いが、まだ残っている。

 雷に打たれた倉は半壊し、完全に鎮火したのは明け方だった。


「で、どうするの?」


 セラの声に、久遠は答えなかった。


 代わりに、足を止めて建物を見上げる。


「またここか」


 久遠は、見覚えのある建物を見上げた。


「嫌じゃない顔してる」


「……前よりはな」


 冒険者ギルドは、相変わらず雑多で落ち着きがない。

 それでも、教会ほど息苦しくはない。


「こっちは“役に立つかどうか”しか見ない」


 セラが宙を漂いながら言う。


「信仰も出自も関係ない。いいでしょ?」


「……楽ではありそうだな」


 扉を押し開けると、酒と鉄の匂いが混じった空気が流れ出てきた。


「お、昨日の兄ちゃん」


 声をかけてきたのは、雷の夜に話しかけてきた冒険者――ラグと名乗った男だ。


「話、考えといたか?」


「……護衛、ですよね」


「そう。商人ギルドの連中が、街まで行く」


 ラグは顎で奥を示した。

 荷車の図面を囲んで、数人が話し込んでいる。


「大した魔物はいねえが、道は荒れてる。野盗も出る」


「俺、戦えません」


 久遠は正直に言った。


 ラグは一瞬だけ眉を上げ、それから笑う。


「知ってる」


「……?」


「昨日、あんた、火事の前に消えた。

 ああいうのが出来る奴は、剣が振れなくてもいい」


 久遠は言葉に詰まった。


「逃げるのが上手い奴は、生き残る」


 それは、褒め言葉なのかどうか、分からなかった。


「登録だけしとけ。最低ランクでいい」


 ラグは木札を差し出す。


「条件は簡単だ。命令に逆らわない。勝手に英雄ぶらない」


「……それなら」


 久遠は、木札を受け取った。


 冒険者ギルドの登録は、拍子抜けするほど簡単だった。

 名前と簡単な経歴――「流れ者」とだけ書いた。


 その間、背中に視線を感じていた。


 振り返ると、教会の司祭が、入口付近に立っている。


 昨日よりも、笑みが薄い。


「旅に出るそうだね、クオン」


「……はい」


「神の導きから離れることになる」


 それは忠告か、警告か。


「だが、選ぶのは君だ」


 司祭はそう言って去った。

 その背中を見送りながら、セラが小さく呟く。


「排他的になってきたね」


「……早いな」


「“共同体に属さない”って、そういうこと」


 久遠は深く息を吐いた。


 ――もう、戻れない。


 昼過ぎ、商隊は村を出た。


 荷車が三台。

 護衛は五人。

 久遠は一番後ろを歩く。


「無理すんなよ、新人」


 前を歩く冒険者が声をかけてくる。


「何か感じたら、すぐ言え」


 久遠は頷いた。


 しばらく進んだ頃、足が止まる。


 胸の奥が、またざわついた。


「……ここ、嫌です」


 言葉にすると、皆が振り返る。


「何が?」


「わかりません。ただ……」


 久遠は、道脇の森を見た。


「近づきたくない」


 沈黙。


 次の瞬間、ラグが手を上げた。


「止まれ」


 その判断が正しかったことは、すぐに分かった。


 森の奥で、枝が不自然に揺れた。

 ――野盗だ。


「新人、助かったぞ」


 短い戦闘のあと、商隊は無事だった。


 久遠は、膝の力が抜けそうになるのを堪える。


「……また、逃げた」


 セラが、横で笑った。


「ううん。今回は“選んだ”んだよ」


「何を?」


「生きる方を」


 久遠は、遠ざかる村を振り返らなかった。


 逃走は、まだ終わらない。

 だが、確かに前へ進んでいる。

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