第1章 そして彼はやって来た

第2話 目覚め




 まず初めに、意識が覚醒した。


 次に、自分とそれ以外の境目がだんだんとわかってくる。

 どこまでが自分で、どこからが世界か。

 そして、境目が認識できるようになると、最後に五感が戻って来た。


 ――草と樹の濃厚な生命いのちの匂い


 ――わずかに聞こえる波の音


 ――足裏の土の感触


 まるで、冬の布団から出るのを拒むように、もう少し微睡まどろんでいたいと体が訴える。


 でも、そろそろ目を覚ます時間だと、






 そっと目を開ける。


 一瞬、視界がぼやけ、すぐにピントが合う。

 階段の下に鳥居と、その先に海が広がっていた。


 どうやら神社にいるらしい。


「――――って、あついぃぃ!!」


 感覚が戻ってくると、一気に体中から汗が噴き出した。

 周りからセミの声も聞こえてくる。


「なんだここ……。俺は自分の部屋で寝たはずだよな。なんで神社にいるんだ?」


 しかも全く見覚えのない神社である。


 まさか、寝ている間に誘拐でもされたか――


 そう考えて慌てて体を触るも、何かで拘束されていたり、怪我を負っている様子もない。

 周りを確認したが、俺以外には誰もいなかった。

 誘拐でないとすると、まさか寝ている間に無意識でここまで……?

 頭の中に“夢遊病むゆうびょう”という単語が浮かんだ。


「………………」


 とりあえず、周囲の様子を確認しないと。


 そう考えて一歩踏み出したとき、いつもは感じない違和感を覚えた。

 歩幅というか、足の感覚というか、言葉にはできないが、いつもとは何かが異なる。

 だが、今は一刻を早く状況を確認しないと。


 頭を切り替えて、目の前の階段を降りる。

 しばらく歩くと、そこには神社の名前が書かれたが建っていた。


 “走水神社”――そう書いてある。


「はしる、みず――そうすい?」


 やばい、読めないぞ。


 こういう時はスマホの出番だ!

 というか、そもそもスマホで地図アプリを使って現在地を確認すれば一発解決じゃないか――そう思ってポケットに手を入れるが、そこにはスマホが無かった。


 慌てて全部のポケットを確認する。

 どれだけ探しても、スマホは無かった。


 不安と焦りが一気に強くなる。

 人は、スマホがない状態で見知らぬ土地に立つと、ここまで心細くなるものなのか。


 「おいおい、まじかよ現代人……」


 改めて、自分が文明の利器に頼り切りになっていたことを実感した。


 そうして、俺がその場で呆然と立ち尽くしていると――






志道しどう!やっぱりここにいた!もう、朝起きたら布団の中にいないから、びっくりしたじゃない!」






 後ろから若い女性の声がした。


 突然の呼びかけに驚きながら、その声の方へ振り返る。


 すると、神社の入り口に、なんだか驚いたような表情をした若い女性が立っていた。

 肩くらいの髪に細身の体、服装はいたってシンプルなベージュのワンピース。

 装飾品の類も何も付けていない。




 ――清らかな女性だ




 それが、彼女に対する第一印象だった。


「ねえ!聞いているの!」


 そう言って、少し声を荒げながら近づいてくる。

 当然、俺はこの女性に見覚えはない。


 困惑しながら、その場で立ち尽くしていると


「――志道しどう?大丈夫?やっぱり調だったり……」


 先ほどの慌てた顔から一転、こちらを心配そうに見つめてくる。


 というか、さっきから俺のこと、って――


 昨夜はそればかり考えていたから、忘れるはずがない。

 志道とは、ばあちゃんの弟、亡くなった俺の大叔父さんの名前だ。


 いったいどういうことだ?


 そう疑問に思ったので、ここはストレートに聞くことにする。


「あの、すみませんが人違いじゃないですかね?俺は志道しどうなんて名前じゃないですよ。」


 そう言って、俺の本当の名前を伝えた。


「なにバカなこと言ってるのよ?どこからどうみても志道じゃない?お姉ちゃんが間違えると思う?」


 全然信じてもらえなかった。


「いや、ほんとなんですよ!そもそも、あなたは誰なんです?」

「本気で言っているの?それとも何かの遊び?お姉ちゃんの名前は――」




ゆき




 でしょ、とその女性は続けた。


「――――――」


 俺は、何も言葉を返せなかった。

 いや、頭が混乱し過ぎてそれどころでは無いのだ。


 “雪”とは、ばあちゃんの名前だ。


 ばあちゃんの旧姓は広瀬ひろせ

 つまり、“広瀬ひろせ ゆき”。


 そして“志道しどう”とは、ばあちゃんの弟の名前だ。


 これは偶然か?




 ――いや、そんな訳がない。必然だ。




 つまり、仕組まれている。

 俺は自分の中で警戒心が一気に高まるのを感じた。


 どうやったのかは分からないが、犯人は俺が寝ている間にこの場所まで運び込み、仲間の女性に“雪”というばあちゃんの名前を名乗らせて接触したのだ。


 自慢じゃないが、俺は高校生ということもあって、財産などほとんどない。

 つまり、特殊詐欺やその類の可能性は低いだろう。

 俺が犯罪者なら、もっと金を持っているやつを狙う。


 となると、思いつく可能性は1つだけだ。


 何かのドッキリ企画、そう結論づけた。


 ならば話は簡単だ。相手が何を言おうが、無視してこの場を離れればいい。

 そうすれば、仕掛け人は慌てて馬脚ばきゃくを現すだろう。


 さあ、どんとこい、仕掛け人!

 そう覚悟して、女性の動きを注意深く見つめた。




「でも、よかった。が言えるようになって……」


 雪と名乗る女性は安心したようにつぶやき、一転して笑顔で話しかけてきた。




 ――ばあちゃんの笑顔だ。




 先ほどまでの警戒心が嘘のように、俺はその笑顔から目を離せずにいた。


 俺が、ばあちゃんの笑顔を間違えるはずがない。

 この人は――間違いなく俺のばあちゃんだ。



「ばあちゃんっ!!!!」




 思わず、そう叫ぶ。


 ばあちゃんは、笑顔の後で一瞬、真顔になり――




 ――俺の脇腹を思いっきりつねった。






「――――っってええぇぇぇぇー!!!!」


 近くでカラスが鳴き、俺の叫び声と混ざり合って、空へと抜けていった。



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