結局のところ、私たちは不幸を求めてるのかも知れない。
コトカキ
結局のところ、私たちは不幸を求めているのかも知れない。
知らない方が幸せだった。
こんなものなんて。
心臓が跳ね回る。数刻前からその鼓動が耳の奥で鳴り響いている。
苦しい。
心臓がひっきりなしに背骨と胸骨を叩く。肺が
息が浅くなる。
かといって、その
この暑さにやられたか、言葉一つ口にすることだって出来やしない。
完全にダメになっている。
夏。
恋の季節。
そんなことを言い出した輩は何処のどいつだ。引っ叩いてやりたい。
暑さに身体が反応してるだけの生理現象を恋だと思い込んでいるだけ。
きっとそうだ。
まァまァ、こんな暑さでマトモな判断なんて出来やしないさ。と心の中で誰かが言う。
うるさい。
こっちだってこの暑さの中、身体がマトモに動いてくれたならどれだけ良かったか。
こんなに心が乱れることもきっと無かっただろうに。
ずっと動悸が止まらない。
水は飲んだし、今は木陰に座って居る。だってのに身体は熱暴走を起こしたまんま。
一体全体、どうしたっていうんだ。
加えて先程から少し甘い香りが鼻をくすぐり続けている。
頭がクラクラする。
その匂いが身体の熱暴走をさらに加速させる。
いっそこの匂いを思いっきり吸い込んでしまおうか、とも思った。
が、肺がそれを拒む。
膨らみきっちゃいないってのに、もう無理限界と叫ぶ。
深呼吸一つ、できやしない。
このポンコツめ。
====================
目が焼けるくらいに眩しい真っ白な砂浜。そして奥には、吸い込まれそうなくらい真っ青な大海原が広がる。
海岸沿いの深緑の林。その木陰のベンチ。
眼前を、きゃきゃと言いながら家族連れが通っていく。
「……楽しそう。」
隣に座る彼女がぽつり、と。
いや
「流石に、もうちょい休んだら?」
つい先程ぶっ倒れたばかりなのだから。
木陰から出て直ぐまた倒れて木陰にトンボ返り。なんて、あまりにも滑稽だ。
「分かった。そうする。」
「ん。」
彼女が横で、もぞもぞと据わりを直す。彼女が動くたびに甘い匂いが強く香ってくる。
……あまり動かないでほしい。
「ね、」
と彼女。
「夏は、好き?」
唐突に。
「……」
正直言うと、あまり好きじゃない。
暑いし、汗をかくし、お日様が眩しすぎるし。
「そこそこかな。」
「そう、」
声のトーンが少し下がった気がする。
「私は、夏、好き。」
うーん。間違えた。
嘘でも良いから好きと答えれば良かった。
「それは、なんで?」
苦し紛れのしょうもない質問。
「なんでか?んー。」
少し驚いた様な声。
「なんとなく、かなぁ。」
「何となく。」
「うん。なんか、好き。」
「なるほど?」
「きみは他に好きな季節とか、ある?」
「他に?」
ふむ。
好きな季節、ねぇ。
あったほうが良いのかな。
「特に無いかな。」
「無い?ホント?」
くすりと笑う。
「じゃあ夏を好きになって欲しい、かな。」
そう言って、にへらと笑いかけてきた。
「……」
それってどーゆー
「よし。そろそろいいんじゃあとととっとと」
急に彼女が立ち上がった。と思った途端にバランスを崩して倒れそうになる。
「お、わ。っとぉ」
慌てて腕を持って支える。
「おわわ。危ない危ない。」
「マジで危ないよ?もうちょい休んだら?」
「んん。へーきへーき。」
よたよたとこちらの腕を支えに、何とか立ち上がる。
……腕、凄く、柔らかい。
少しざらついているけど、白くて綺麗。
「いろいろ、ありがとね。」
にへら。
……
「ゆぁーうぇるかむ。」
「なんで英語?」
くすくす。
「……」
目を、合わせられない。
甘い匂いと手のひらの感触で、頭がおかしくなりそう。
「んーと。もう放してくれて大丈夫だよ?」
おっと。
彼女の腕を掴みっぱなしにしていた手をパッと放す。
「あー、」
掴む力、強かったかな。
「なんか、ごめん。大丈夫?」
「いやぁ全然全然。優しいタッチで、悪い気はしなかった、よ?」
にへら。
……。
そんな言い方をされると、余計に目を合わせづらくなるから止めて欲しい。
心臓よ。叫ぶな。煩い。
「あー。じゃ、どうする?皆のとこ戻る?」
「んー?どうしようね?」
ちら、と海の方を見る彼女。
「海、さ。入ってみない?」
あざとく、首を傾げて言ってきた。
……。
その手には乗らない。
心臓。また叫ぶな。煩い。
「水着着てないけど。」
こちらは黒のTシャツにデニムジャケット、ジーパン。彼女は白のワンピース一枚。二人ともサンダル、だが。
海に入りに来た訳じゃ、ない。
「良いじゃん。せっかくだし、膝捲ってさ。浅いとこまで。」
「いやーぁ、早く戻ったほうが良いんじゃない……?BBQ場直ぐそこだし、海まで行ってたらBBQ終わっちゃうかもだし。」
「えー?」
今日、この臨海公園に来ているのは、直ぐそこにあるBBQ場のため。海に入る事が目的ではない。
ないったら、ない。
「ふーん。」
じっと見透かすようにこちらを見つめてくる。
「さては、海、苦手でしょ。きみ。」
「……」
……。
……。
……。
「ふ、わかりやすいね。」
ぐい、と彼女がこちらの手を引く。
「あ、ちょっ」
意外と力が強い。というか、こちらの力が弱い。
「ちょ、流石に」
BBQ場は海と逆の方向で、海までは結構距離もある。
「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと足つけるだけだから。すぐ戻れる戻れる。」
「ホントかなぁ……。」
しょうがなく、手を引かれるままに駆けてゆく。
……手、柔らかいな。
息を吸うたびに甘い匂いもするし。
再び、鼓動が速くなっていく。
たっ
たっ
たっ
砂浜に出る。
足元が硬い土からさわりとした砂へと変わる。
ざふりざふりと砂に足を取られつつ、一直線にだだっ広い濃紺の方へ。
「はぁ、はぁ、はぁ。キツイ。」
「あはは!もうすぐもうすぐ。」
ホントにさっき熱中症っぽい感じでぶっ倒れた人間か?コレが。
なんでこっちより元気なんだ。
「はぁ、はぁ。」
ざざんと波が押し寄せる間際、足元が湿って硬くなる。
彼女がだんだんと駆ける速さを緩めていき、とすとすと止まる。
手の感触が緩む。
「ふぅ。」
ざぱり、と足首に波。
「海、着いたね。」
「はぁ、はぁ、ついた、ね。」
そう喘ぎながらパッと手を放し、ジーパンの膝を捲くる。
キツイ。
「ふふ。体力ないねー?」
いや、逆。おかしいだろ。
さっき倒れてたのに、なんでそんな元気なんだ。
「さっき、倒れてたのに、なんで、」
そんなに元気なの。
「んー?なんで、かな?」
再び首を傾げてみせる。
……。
「私ね。海、好きなんだ。」
また唐突に。
「まさに夏、って感じで。すっきりする。」
……そうかい。
「私はあんまり海、好きじゃない。」
「なんで?」
「だって、濡れるし、髪もパキパキになるし、」
なんか怖いし。
「んー?ホントに?それだけ?」
くすくす。
「……」
「まぁ、いいや。もうちょいこっち行こ。」
再び手を引かれる。
ざぶざぶと波をかき分け、さらに海の中へ。
「いや、これ以上は、」
スボンが濡れる。
「いいのいいの。諦めて。」
そう言いながらこちらの手を引く。
どんどん水がせり上がってくる。足元が深くなる。
「服濡れるって、これ。」
「いいのいいの。」
もうすでに、腰のあたりまでびしょびしょだ。
「こんなもんかな。」
と、そのくらいで止まった。
波がざぱりと押し寄せるたび、Tシャツとジャケットが濡れていく。
彼女のワンピースもびしゃびしゃで、身体に張り付いている。
……目に毒だ。
ふぃと視線をそらす。
「分かりやすいね。」
「、何が。」
「んー?自覚ないんだ?」
うるさい。
こっちは悪くない。
「はー。すっきりするね。」
ちゃぷちゃぷと手で海水を弄くっている。
「……しない。」
Tシャツが身体に張り付く感覚が、気持ち悪くて好きじゃな
「えい。」
ばちゃん。
「は」
首筋を冷たい海水が伝り、首元と背中にTシャツが張り付いてゆく。
……。
……。
……やったな。コイツ。
「あはは!びっちゃびちゃだね。」
なに笑てん。
「……」
「お?怒った?怒った?」
けけけと笑いながら、ばちゃばちゃと追加で海水をかけてくる。
Tシャツとジャケットが、どんどん水を吸って重くなる。
……。
……。
……こうなりゃ、やけだ。
「ふん。」
と彼女の肩を掴み、そのまま前に押し倒す。
ざぶん。
全身が冷たい水の感覚に包まれる。
ぼこぼこぼこ。
ぼこぼこぼこ。
水中で目が合う。
……綺麗な瞳。
驚きと、ワクワクが混ざったような
ざぱり。
「ぷはぁっ。」
「……」
結局、全身ずぶ濡れ。
頭が重い。
彼女の癖っ毛が水を吸って垂れ下がり、顔が隠れている。
白のワンピースが肩まで完全に濡れ、より扇情的に身体に張り付
……。
……。
「……」
何、考えてるんだ。良くない。
……だってのに、
その薄い純白から、目が離せない。
「ふ。」
……。
「ふふ。」
……。
「あははは!面白い!ね!」
けらけらと、彼女が笑う。
ふぃ。
「んー?見てて良いよ?」
「いや、さっきの仕返しだから。そういうんじゃ、ないから。」
目が合わせられない。というか、彼女を見れない。
水面に映る白色と会話している。
「ふふ。じゃ。」
ざぶり、と彼女がこちらへ近づく。
「こっちも、しかえし。」
ぐい、と顔を掴まれ、無理やり前を向かされる。
間近に彼女の顔。
垂れた髪の隙間から、真っ黒な瞳がこちらを覗き込んでいる。
……綺麗。
とん、と彼女がこちらに体重を預けてくる。
支えきれない。
ざぱん。
再び冷たさが全身を包む。
ゆれてぼやける水面の向こうに、お日様。
……
何見てんだよ。
ざぱり。
「ぷふぁ。」
「『ぷふぁ』だって、かわい。」
「……」
うるさい。
「すっきり、した?」
「……」
「したっぽいね。」
ふふ、と笑う。
……つくづく、思う。
知らない方が良かった。
こんなもの。
「あーーーーーーもう!!」
「うわぁ。びっくりした。」
「なんで、こうなる、かなぁ。」
少し足を投げ出し、顔半分まで水に浸かる。
「ふふ、顔真っ赤。」
「うるさい。」
「うん。調子、戻ってきたね。さっきから元気無かったから。」
そう、見えてたか。
こっちは気持ちを抑えるのに必死なだけだったんだけど。
「……まぁ。スッキリ?はした、かも。」
「なら良かった。」
そう言って笑う。
「皆のとこ、戻ろっか。」
彼女が砂浜の方へ歩き始める。
「え、」
「ん?」
「コレで、戻るの?」
「私は、全然。」
気にしない?
こっちが気にするの。
「もうちょい服乾かしてから、行こ。」
「あれ?誘われちゃった?私。今。」
「ちが、違う。そうじゃない。」
「じゃあ、何さ。」
こちらへ振り向き、また首を傾げる。
……。
「……もういいよ。そういうことで。」
ふふ。と彼女が笑う。
くるり。
「じゃ、砂浜で時間、潰そっか。」
「結局こうなるんじゃん。」
はぁ。
「えー?間に合うよ、だいじょぶだいじょぶ。」
「どうだか。」
ざぶりざぶりと波をかき分け進む。
彼女の白い後ろ姿が、水面に反射している。
……なんで、よりにもよって白なんだ。
下着が透けるじゃないか。
「ちょっと、」
「ん?」
「コレ、羽織って。濡れてるけど。」
ジャケットを手渡す。
「んー?いいよいいよ。だいじょぶ。」
「ダメ。羽織って。」
そっちが良くてもこっちが良くない。
「んー。そう?」
そう言って彼女がジャケットを受け取る。
ふぅ。コレで大丈夫。
「ありがと、ね。」
パサリと軽くジャケットを羽織り、にへらと笑う。
……
「ゆぁーうぇるかむ。」
「また英語。照れてる?」
いやいや、まさか。
ざぱざぱ。
並んで砂浜へ上がっていく。
「ね。」
「ん?」
「楽しかった、ね。」
にへら。
……
「ん。」
「夏、好きになった?」
「どうだろ。」
「ふふ。手強いね。」
彼女の白いワンピースが、きらきらと眩しく揺れる。
……私が夏を好きになるかは分からない。
けど、
再び全身が冷たい水に包まれた時。
あの時の、あの唇の温かさは
きっと忘れられないんだろう。
夏の
……やっぱり、
知らない方が幸せだった。
結局のところ、私たちは不幸を求めてるのかも知れない。 コトカキ @shousetsusukisuki
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