後編
山に囲まれたこの国は、元々魔力が溜まりやすい土地だった。だからこそ、国土がさほど広くはないながらも、代々栄えてきたし、有名な魔法使いが多数生まれた。現国王もその一人だ。
だが、魔力が溜まりすぎてしまった。多すぎる魔力は破滅をもたらす。土地も人も多すぎる魔力に晒されて、限界は近かった。
たまたまこの土地に立ち寄った魔女はそのことに気がつき、どうにかしようとした。
そんな時に生まれたのが姫だ。姫はさらに魔力をため込みやすい体質だった。この国で成長すれば、魔力をため込み、いずれは爆発するだろう。それは他の人間や土地の魔力と連鎖反応を起こし、国全体が吹っ飛ぶ――そんな予測を魔女はした。
だから魔女は姫に眠りの呪いをかけた。対処の時間を稼ぐために。
姫が一人眠っている間に王国の魔力を消費する機構を追加し、旅に戻った。
呪いはすぐに発動し、数年で解決するはずだったのに、対抗されてしまったことで、発動が遅れた。旅の途中で再び寄った魔女は、姫が眠りに落ちていないことを知って
仕方なく、魔女は呪いを強化した。姫だけではなく王国全体を眠らせた。魔力を吸う茨を張り巡らせ、土地の魔力を消費させる。その措置は百年にも及んだ。
「で、そろそろいいだろうと、僕が派遣されたわけです。呪いを解く呪文を携えて。師匠は、悪い魔女ではありません。この国を破滅から救ったんです」
「そ、そんなの、信じられるわけがないでしょう!」
「まあ、そうでしょうね」
王妃の叫びに、王子は肩を
「僕は本気で君のことが好きだったんだけど……信じてもらえないのかな」
王子が姫にさみしそうな顔を向ける。
「信じたいわ。でも……」
少しだけ顔色の良くなった姫が、胸元で手をぎゅっと握り締めた。
「身分証も本物なんだけど」
王子が騎士団長に胸ポケットから身分証を取り出すように言う。取り出した騎士団長はそれを見て
「本物に見えますが……」
某国の王子であることを示す懐中時計だ。もちろん過去国王にも見せている。
「本物の王子だからと言って、魔女と結託していない証拠にはならないわ!」
王妃の発言はもっともだった。外交問題に発展しかねない際どい発言だが、幸いなことに、王子の国は遠方にあり、使者はこのお披露目のパーティには来ていない。
「師匠、どうしましょうか」
「とりあえず、お
「そうですね」
二人の会話を聞いてぎょっとしたのは騎士団長だ。首輪の鎖の先は自分が握っている。二人が逃げることは不可能だろう。拘束の魔導具は、魔法も体術も制限するのだから。
その時、国王が口を開いた。
「それには及びません――師匠」
周囲がぎょっとする。王子もだ。驚かなかったのは魔女だけだった。
「あなた……師匠って、どういうこと……?」
最も
「黙っていて悪かった。この方は――わたしの師匠だ」
「えっ」
王子が国王と魔女を交互に見る。
「ってことは……
「そういうことになるな」
魔女はため息をついた。
「もう……せっかく黙っていたのに」
「ありがとうございます。でも、これ以上師匠を悪者にはできません」
国王が首を振る。
「幼い頃、わたしは山賊に誘拐されたが、そこから救い出し、しばらく育ててくれたのが師匠だ」
「わたくしは、あなたが自力で逃げ出したと聞いています」
「外向けにはそういうことになっている。だが、実際は、わたしは師匠に育てられた。その間に魔法の手ほどきを受けたのだ」
王妃や国民向けの説明では、数年間山賊の元で命の危険にさらされ続けた国王は魔法使いとして覚醒し、自力で逃げ出したことになっていた。
「姫を眠らせることも、わたしは事前に師匠から聞いていた。だが、国民に真実を告げると動揺が大きすぎるからと、師匠が悪役を買って出て下さったのだ。すぐにでも呪いを発動させなければならなかったのに、わたしは自分が何とかできるのではないかと
「そん、な……」
王妃が
王子や国王の言葉が真実なのであれば、何も知らなかったとはいえ、姫の呪いを回避しようと足掻いた王妃もまた、百年の眠りの一因となったと言える。
「みなの中には、わたしが王子共々師匠に操られているのではないかと考えている者もいるだろう。わたしはそのつもりがないが、それを否定することはできない。これはもう、信用してもらうしかないのだ。わたしと、王子と、そして師匠を」
「あなたのことは信じたいわ。長年連れ添ってきたのだもの。だけど……」
王妃は寂しそうに言いながら、魔女の方をちらちらと見る。
その横で、姫もうなずく。
「師匠、もう、捕まっていなくて結構ですよ」
「そう」
国王が言うと、魔女は金属の首輪に触れた。
すると、パキンと金属が割れるような音がして、首輪がぱかりと開き、ごとりと床に落ちた。
「えっ!? はっ!?」
騎士団長は首輪と魔女を二度見する。大国が誇る伝説の大魔女のお墨付きであるはずの拘束魔導具が、いとも簡単に外されてしまった。
「僕は……無理でした」
王子も外そうと試みたが、断念したようだ。
しかし、魔女が触れると、こちらもごとりと落下した。
騎士団長は顔を真っ青にしている。
「ああ、そうか」
魔女は呟くと、パチンと指を鳴らした。
途端、魔女の曲がっていた腰がしゃんと伸びた。その拍子に、はらりとフードが落ちる。
現れたのは、ふわふわとした巻き毛の赤い髪を持つ、若い女性だった。まだ十代かもしれない。
「大魔女様!?」
叫んだのは、隣国の騎士団長だった。他の所でも、ちらほらと
「大魔女って……」
王妃が絶句する。
「私が作った魔導具だもの。私が抜けられるのは当然よ。私以外は誰も抜けられないわ。だから心配しないでね」
魔女は騎士団長ににこりと笑うと、みんなの方へと体を向けて、優雅にカーテシーをした。
「この度は、私の不手際で迷惑を掛けてごめんなさい。あの子はああ言ったけれど、私が上手く対応できなかったのが悪かったの。もっと早く気づいて、もっといい対処ができれば、百年も眠ってもらうことはなかったのに。私のことは憎んでくれて構わないから、どうかあの子を嫌いにならないでね。それと……まさか義理の親子になるだなんて思わなかったけれど、この子も私の大切な弟子なの。よくできる子だから、この国の力に――」
魔女はそこまで言うと、言葉を切って耳に手を当て、顔をしかめた。
「ごめんなさい。ちょっと急がなきゃいけないみたい。継母と義理の姉にいじめられて王宮のパーティに出られない可哀想な子がいるみたいなの。助けに行かなくちゃ」
魔女が空中で手の平を広げると、その手にぱっと
「え、ちょ、師匠!」
「待って下さい!」
王子と国王が引き留めようとするが、魔女はさっと箒にまたがると、びゅんっと壁をすり抜けて飛んで行ってしまった。
「せっかく会えたのに……」
「これからのこと、相談したかった……」
がっくりと肩を落とす二人は、互いに顔を見合わせて、ふっと笑った。
そこに、魔女の声が響く。
『言い忘れていたけど、婚約おめでとう! 王城の
伝説の大魔女が言うのだから、大層な回復薬ができるのだろう。実際、この国はこの後、絶大な効力を持つ回復薬の生産国として栄えることになる。
「あなた……」
そっと王妃が話しかけてくる。
「色々黙っていてすまない。だが……」
「信じるわ。伝説の大魔女様を疑うなんてできるはずもないもの。まさかあなたがあの方の弟子だったなんて……」
「自力で脱出したことにした方がかっこいいでしょうと師匠に言われたんだ。もちろん父上と母上は真実をご存じだった」
「あの方の弟子と言う方がよほど高評価と思いますが」
「わたしもそう思う。だが師匠には逆らえない」
「国王にあるまじき発言です」
「国と君を裏切るようなことはしないさ」
「ええ、信じていますとも」
その横で、姫と王子も会話をしていた。
「君も、僕を信じてくれるかい? 一目惚れだったんだ。勝手にキスをしたのは申し訳ないと思っているし、反省もしている」
「正直に言うと、完全には信じられない。でも、大魔女様になら操られていても仕方がないと思うわ。操られている可能性も含めて、あなたを受け入れます」
「君ならそう言うと思ったよ」
「ねえ、大魔女様のこと、もっと教えてくれない? 私たちの婚約パーティは全部大魔女様に持って行かれてしまったもの。もう抜け出してもいいわよね」
「それは……そうかもね」
王子は周囲を見回して苦笑した。みな二人の婚約のことはすっかり忘れて、大魔女の話ばかりしている。
二人は手を繋いで、こっそり会場を抜け出した。
眠り姫の事の顛末 藤浪保 @fujinami-tamotsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます