眠り姫の事の顛末

藤浪保

前編

 姫の生誕祝いのパーティで、招待されなかったことを恨んだ魔女は姫に呪いをかけた。


 王妃は呪いの元を絶とうと躍起になったが、姫は十五で老婆が紡ぐ糸車の針に刺されてしまう。


 呪いは発動し、姫と共に王国は眠りに落ちて、国全体がいばらで覆われた。


 百年後、王子が訪れると茨は自ら道を開き、王子のキスで姫と王国は目覚める。


 その後二人は結ばれ、その姫と王子の婚約パーティでのこと――。




「陛下、怪しげな人物を捕らえました」


 壇上で訪問客から祝辞を受けていた国王は、横からこそりと耳打ちされて仰天した。こんな善き日に一体誰が。


 報告をもたらしたのは隣国である大国の騎士団長だった。


 かつて小国だった隣国は百年の間に大国となったが、当時この国王に危機を救われた。その百余年前の大恩に報いようと、隣国は目覚めたばかりの国への支援を惜しまなかった。この日の警備もその一環だ。


 鎖のついた首輪をはめられ連れて来られたのは、すその擦り切れた黒いローブを羽織り、フードを深く被った人物だ。腰がひどく曲がっていて、袖から出ている手は皺だらけだった。


 その姿を見た会場の面々――特にこの国の者は息を飲んだ。忘れるはずもない。この魔女は、姫の生誕の祝いの場で、祝福ではなく呪いを贈ったのだ。


 真っ先に悲鳴を上げたのは王妃だった。


「魔女を連れてくるなんて! 危険よ!」

「ご安心ください。我が国の拘束魔導具は強力です。伝説の大魔女様のお墨付きですから。そよ風すら生み出せません」


 魔女の首輪の鎖を引きながら自信満々に騎士団長が言う通り、黒衣の魔女は抵抗するでもなく、拘束されたままじっとしていた。


 その姿を見て、国王のこぶしがぎゅっと強く握り締められた。


「何かございましたか?」


 王子と踊っていた姫が、騒ぎになっているのに気づいて戻ってきた。


「来ちゃダメよ!」


 王妃が鋭く叫ぶ。愛娘を二度も呪われてはたまらない。隣国の騎士団長を信用しないわけではないが、万一ということがある。


 びくりと震えて足を止めた姫とは対照的に、ぱっと飛び出してきた影があった。王子だ。


 その口から出たのは――。


「師匠!」


 聞いたみなはぎょっとする。


 王子は魔女に駆け寄ると、両肩を手でつかむ。


「どうしてこんなところに!? なぜ拘束されているのですか!」


 魔女が戸惑うように頭を揺らした。


「ええと……どうなったかなって、ちょっと様子を見に来ただけなんだけど……目立たないように地味にしていたら……捕まっちゃった」


 外見通りの年老いた声だった。だが、話し方が妙に若い。


今宵こよいは婚約パーティですからね。その服装ではそりゃあ目立ちますよ」

「へぇ。それはおめでたいね。誰の?」

「僕と、姫のです」

「えっ!」


 驚いた魔女は、王子と姫――を通り越して国王を何度も見た。


「なんでそんなことになってるの!? 私はただお姫様を起こしてあげてってお願いしただけなのに!」

「いやぁ……成り行きで?」


 二人だけで会話を進めていた王子と魔女だったが、そこに王妃の声が割り込む。


「どういうことなの!? なぜあなたがその魔女と……!」


 呆気に取られていた人々も、その声ではっとした。


 姫を呪い、王国ごと眠りに落とした魔女と、その呪いを解いた王子が知り合い――どころか、師弟だというのだ。王国を乗っ取ろうとしたと考えるのが自然だった。


 姫は青ざめてショックを受け、人々は口々に非難の言葉を叫ぶ。


「今すぐその二人を処刑して!」

「いや、それは……」


 王妃に命じられた隣国の騎士団長は狼狽うろたえて国王を見た。魔女はともかく、さすがに他国の王子を勝手に処刑するわけにはいかない。王子という肩書は偽りかもしれないが。


 今ここでできるのは、拘束の首輪をつけることだけだ。


「まあまあ、落ち着いてください」


 言ったのは首輪をつけられた王子だった。


 しかし、当事者である王子が言ったところでなだめられるはずもない。

 

 国王が一歩前に出た。


「王子、師弟だというのは本当か?」

「はい」

「そうか……」


 はっきりと肯定した王子に、国王は難しい顔をしている。


 そして姫も、真っ青な顔をして呟いた。


「そんな……」

「えっ。あ、ちょっと待って。違うんだ。君には誤解されたくない。説明させてくれ」


 姫の様子を見た王子は、これまでの余裕な態度とは打って変わり、突然狼狽うろたえ始めた。


「この方は確かに僕の師匠だけど――」

「姫に呪いをかけた魔女よ!」

「ええ、確かに師匠は姫を眠らせましたが――」


 王妃の叫びに王子が応えると、姫はふらりとよろけた。王子はとっさに駆け出しそうになったが、拘束されていたので不可能だった。代わりに国王が姫の体を支える。


 ほっとした王子は、淡々と語り始めた。


「師匠が姫を――そしてこの国を眠らせたことには訳があるんです」


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