クールで無表情な月城さんは、俺にだけ微笑む。
葉川優希
第1話 月城さん
思い返してみると、あの時の俺は空っぽだったな、と笑えてくる。
将来の夢や、夢中になれることもなく、なんとなく日々を送っているだけだった。
――君に、出会うまでは。
「2年2組、レベル高くね?」
嬉しそうに声をあげるのは、
「レベル? 学力?」
「そんなわけねーだろ? 相変わらず
ざわざわと話し声が飛び交う新しい教室の中で、光一は俺の耳元で囁く。
「女子のルックスの話だよ!」
「……お前なぁ。クラス替えで浮かれすぎだって」
呆れた男だが、これが普通なのかもしれない。
当然、俺もそういうのに興味が無いわけではなかった。恋愛話が嫌いなわけではないが、いざそういう「好き」や「可愛い」が何かを考えた時に、答えは出ない。
なんとなく口ではそう諭しつつも、光一に言われて俺は周囲を見渡してみた。
「……な?
「言われてみれば……」
たしかに、美人が多いと思う。他クラスにいた可愛い子の話や、話題になる女の子も複数人。
いくつかの輪になって話してる生徒達がいる中で、ふと淡い紫の髪に目がとまった。
「……たしかに、そうかもしれない」
「だろ!?」
淡い紫のウェーブ髪をひとつに束ねている。垂れた大きな桃色の瞳は、ずっと見ていると吸い込まれてしまうようだ。
「お? お? お前、まさか?
光一は、俺が月城さんの隣にいる
金髪の彼女はにこやかに笑って、月城さんや他のクラスメイトと楽しそうに話している。
なあなあ、としつこく聞いてくる光一に、俺は軽くため息をついた。
「誰を狙ってるとか、そういうのはないよ。ただ、せっかく同じクラスになったし仲良くはなりたいよな」
「おぉ、なるほどな! そういうことなら、俺が行こう!」
「ちょ、おいっ!」
光一は立ち上がり、俺の声も聞こえないフリをして、輝山さんのいる元1組のグループに飛び込んで行った。
「ねぇねぇ! 前に1組だった人達だよね? 俺のこと、覚えてる?」
自分自身に親指を向けて、光一が話しかける。わざと声を低くして、カッコつけるな。
2秒くらいの沈黙があり、「あっ!」と思い出したように輝山さんの通る声が聞こえてきた。
「2組の人!」
「そう! 元2組で現2組!」
「えっと……高橋くん!?」
「惜しい〜! 鷹野! この機会に覚えてよ」
「あー! ごめんごめん、あたしなかなか覚えられなくてさぁ〜」
輝山さんはそういいながらはにかんで笑う。月城さんはそんな中でも、ひとつも表情を変えていない。
――でも、なんとなく、楽しそうだと思った。
「えっと、陽葵ちゃんだよね? あ、男子は後回しな!」
それにしても、鷹野はすごいな。クラスが変わっても、アイツのノリのよさというか、人を惹きつける力は凄い。「おい! なんだそれ!」とツッコミを入れる男子達も楽しそうだ。
「えーっと、名前聞いてもいい?」
「
鷹野の声に、月城さんは眉ひとつ動かさずに答えた。
淡々と、透明感のある声でそう言う。
「へぇー、綺麗な名前だね! 仲良くしようぜ! 鷹野でも、光一でもいいよ?」
「うん、よろしく。鷹野くん」
お、嬉しそう。顔にはまったく見せないけど、なんとなくそう思った。月城さんは見ているとちょっと楽しい。
「あ、それから、2組上がりの俺の
「へ?」
急に話を振られて、俺は間抜けな声をあげた。
ソウルフレンドだなんて、よくもまぁそんな恥ずかしげもなく言い切れるなぁ。ちょっと羨ましいくらいだ。
「え、橘くん?」
意外なことに、大きく目を見開いて驚く月城さんと目が合った。
「あ、どうも」
「私、月城叶奏」
知っている。ただ、こうして改めて挨拶するのははじめてかもしれない。
「あ、どもどもー。輝山陽葵でーす♪」
笑顔を見せる2人に、俺は改めて、「橘響です」と返した。
こういう初めましての挨拶は、やっぱり緊張するな。
ただ、珍しいなとも思った。月城さんが柔らかい笑みを浮かべている。
「同じクラスになれて嬉しい。よろしくね、橘くん」
「う、うん。よろしく」
束ねた髪を揺らしながら、ふんわりと笑ってそう言う月城さんに、俺は少し体が熱くなるのを感じた。
彼女は、あまり馴染めていなかった俺に対してだけは、優しく分かりやすく表情を変えてくれている。
――なんて優しい人なんだろう。
それから、元1組と元2組のグループになり、色々な人と話して、あっという間にチャイムが鳴った。
「おっと、もう時間じゃん! 今日の帰りゲーセン行く人ー?」
光一はすっかりクラスのムードメーカーなポジションを勝ち取っている。「えー、カラオケ行きたーい」なんていう輝山さんの声も聞こえてきた。
なんだかんだでこういう時に、光一は席に戻る。真面目にやるところは真面目にやる。なんというか、良い奴だ。
「またあとでね」
そう言って月城さんも、俺に手を振った。俺もゆらゆらと振り返して、席に戻る。
ガラガラと教室の戸が開くと、そこから無造作ヘアの黒髪の中年男性が顔を出す。
「よぉ。元2組の奴らは残念だったなぁ〜。今年も俺だよ」
髭面で目力の強い彼は、
楽しそうに「うわー」「最悪〜!」なんて声が響く。
「それ、言われた方は忘れねぇからなぁ〜。よし、じゃあ始業式終わってクラス替えで浮かれてそうなお前らのために、さっさと出欠取るぞぉ」
ひとりひとり名前が呼ばれていく。出席番号は五十音順なので、俺の前には鷹野光一がいる。俺は1番後ろだ。
「橘響」
「はい」
「おぉ、お前も残念だな」
「いや、そんなことは……」
「お、フォローしてくれんの? ……じゃあお前の今期の生物は4以上だな」
「ちょ、なんすかそれ!」
クラスに笑いが起きる。狩谷先生はこういう人だ。冗談めいた感じで、生徒たちの気持ちをちゃんと考えてくれる。こういう言い方は好きじゃないけど、当たりのクラスだと思う。
「月城叶奏」
「はい」
また、月城さんは顔色を変えずに手を挙げた。凛とした姿勢と手を挙げる所作はとても綺麗だけど……。
もしかして、緊張してる?
「これ、かのんって読むの?」
「そうです」
「へぇー、いい名前だなぁ。かのん、叶奏かぁ……」
「先生〜、それセクハラ〜」
ぶつぶつと名前を繰り返す先生に、輝山さんが茶々を入れる。
「えぇ? これもダメなの?」
「ダメでしょ〜、最低だわ〜!」
楽しそうにクラスメイトは笑うが、当の本人は無表情。クールに受け流しているようにも見えるけど、緊張から解放されて、少し安心してるようにも見えた。
そんなことを考えながら、皆の名前が呼ばれていき、全生徒が返事をした。
「……よし、以上、36名! まぁ喧嘩せずに仲良くやろうや。喧嘩したとしても、教室の物壊したりするのはやめてくれよー。俺が怒られちゃうからな〜」
「よっしゃ! 響! 教室で野球やろうぜ!」
「おいバカ野、橘を巻き込むな」
そうして先生との漫才みたいなやり取りが終わり、始業式は終わりを告げる。
放課後、騒がしい教室で、ドタバタと皆が帰っていく。
「響! ゲーセン行かね? 仲良くなった野郎共でさ!」
「いや、やめとくよ」
「そっかー! んじゃ、また今度な!」
「おう、また明日」
鷹野は気分じゃないからと断っても、嫌な顔したりしない。一緒にいてまったく嫌なところを感じさせないし、あいつなら他のクラスメイトとも上手くやれるだろうな。
「じゃあカラオケは〜? あたし、結構上手いよ?」
「えー、本当に?」
「ふふーん、確かめてみる〜?」
輝山さんと仲良さそうな女子達が誘ってくれた。嬉しいけれど、男子の誘いを断ってこれに乗るのは、なんか反感を買いそうな気がするし、今日はあんまりお金を持っていないのも本当の話だ。
「あはは、嬉しいけどごめん。手持ちないからまた誘って」
「ちぇー、残念。んじゃーねー」
……俺も、することないし今日はさっさと帰るか。
と、周囲を見渡した時だった。
教室から多くの生徒達がいなくなった時に、1番前の席で帰り支度をしている月城さんと目が合った。
「……行かないの?」
こてんと首を傾げて問う月城さん。
「うん、今日ちょっとお金なくて」
「そっか。私も今日は気分じゃなかったから」
月城さんはそう言いながら笑ってくれる。
「やっぱり、さっき緊張してた?」
「へ?」
「先生に呼ばれた時、なんかいつもより固いなって」
「あ、あぁ……」
なんだか恥ずかしそうに、手でパタパタと顔をあおぐ。
「だいたい私、いっつもあんな感じだから、気にしないで?」
「ああ、そっか。それなら、俺の前でも無理しなくて大丈夫だよ」
「あ、違うの。私もね、なんでかは分からないんだけどね?」
まっすぐこっちを見つめて、微笑みながら彼女は言う。その時の笑顔は、俺が今まで見た中で1番輝いて見えた。
「橘くんの前だと、自然にこうなるの」
「ははっ、変なの。月城さんは誰といても自然だろ?」
「……! ……うん、そうかも」
そうして俺達は帰ることにした。電車の方向が一緒で、色々な話ができたのが嬉しかった。
ちょっぴり家の門限が厳しいことも知れたし、月城さんがもう少し家が遠いみたいで、俺は3つ手前の駅で降りることなんかも。
――この時の俺は、まだ何も知らなかった。
この1年が、自分の人生を大きく変える1年になるとは。
★表紙イラストはコチラ(AIイラストです)↓
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