第二章(二)
――神様のおかげね、と母は言った。
そんなの嘘だ。
盲信こそしていなかったけれど、里見先輩は敬虔なクリスチャンだった。神の姿を追い求める真実の巡礼者だった。それにくらべて、わたしなんかお祈りの言葉さえ知らないのに……。
どうしてわたしだけを救ったのか?
里見先輩を救わずに、わたしだけを救ったのか?
いや、本来神とは万人に公平な恵みを与える天の司祭者であるはずだ。
宗教宗派の枠を越えた真実の恵みこそ神ではないか。
信仰によって差別を与うものに神の資格はない。
「信・不信を区別せず、浄・不浄を嫌わず、南無阿弥陀仏の
時宗の開祖、
それこそが神たる者の愛のはずだ。
わたしを救うのならば、あのときバスに乗っていた彼ら全員を救うべきではなかったか。
もし、それが違うと言うのなら、わたしは喜んで神に石を投げよう。
神などいない。
創世という奇蹟を為したのが神ならば、彼はすでに死んでいる。
わたしは神の無情に泣いた。
里見先輩と交際を始めてから、わたしはそれまで考えたこともなかった宗教思想や哲学に触れるようになった。はじめは彼と話をしてみたいというのがその動機だったが、そのうちそうした様々な思想を吟味し、思索を重ねることに知的な快感を覚えるようになっていた。
ドストエフスキーを読んでは善悪の本質を論じ、仏教古典に触れては神仏のあり方を夢想した。
そして、いつしか、神仏にはずっと無頓着だったわたしの中に、かくあるべき神の像が生まれていた。そんなわたしが今も特定の信仰を持っていないのは、ひとえに里見先輩の言葉があったからだ。
あるとき、わたしも洗礼を受けようかしらと彼に相談したことがある。そのとき、彼はやんわりと反対してこう言った。
「真弓がそうしたいと言うのなら反対はしないけど、僕はもう真弓には素敵な神様が見えているような気がするんだ。それを大切にして欲しい」
「どういうこと?」
「うん。真弓も感じてるとは思うけど、仏教もキリスト教ももうすぐ二十一世紀を迎える現代の宗教としては限界に来ているような気がするんだ。時代の持つ多様な側面や個人に対応できてないからね。でも、真弓が夢想している神様っていうのは、真弓を幸せにしてくれるような感じがする。だから、わざわざ、既存の宗教に入信することなんてないと思うんだ」
「わたしを幸せにしてくれる神様?」
「そうさ。結局、個人に関する宗教の究極の目的はそれを信仰する人間の心を救済することだろ? 今までお前の話を聞いてると真弓の考えてる神様ってのは、ものすごく許容範囲の広い慈愛に満ちた神様って感じがする。それはたぶん真弓の性格の反映なんだろうけど、真弓自身はそういう神様を定義することですごく心が安らいでいるだろ? それで充分なのさ。たとえ、それがいろんな宗教からの寄せ集めに過ぎない神様だとしてもだよ」
「失礼しちゃう」
「ごめんごめん。でも僕も入信したいくらいさ」
「じゃあ、先輩はどうして洗礼を受けたんですか?」
「婆さんがキリスト者だったからだよ。ただそれだけ。真弓の家は浄土真宗だろ?
「うん。うちは農民の出だから」
「なかなか知的なぼやきだ。ま、とにかく、これから、宗教も個人の時代に入っていくんだろうね。もしくはとてもグローバルなものになるか、――そういう方向でしか神という存在は生き残れなくなるような、そんな気がするよ」
わたしだけの神。
里見先輩は素敵な神様だと褒めてくれた。
でも、わたしの神は彼を救ってはくれなかった。
一体、神とは何なのだろう?
わからなくなった。
「神様って一体何だと思いますか?」
「それは非常に難解でかつ永続的な問題だ。僕や真弓がいくら頑張っても永遠に解答は出ない」
「そんなことわかってます」
「わかってて問題にするわけだ」
「うん。だって、ずっと前、先輩はわたしの考えてる神様を素敵だって言いましたよね。唯一神教の徒にもかかわらず」
「それは皮肉かな?」
「少し。でも、わたしの神様を認めてくれたんだから、先輩の中にも夢想してる神様ってあるんでしょう?」
「考えることはあるよ」
「どんな神様か教えてください」
「うーん。僕は真弓のように救済者としての神をどうしても定義しきれないからなあ。だから、神の存在についてぐらいしか真弓には話せないんだけど」
「それでもいいです」
「もう少し時間をくれない?」
「駄目」
「どうして?」
「日々うつろう里見雅彦の考えをファイリングしたいから」
「揚げ足を取ろうとしているね」
「そうとも言えます。ねえ、お願い、教えてください」
「わかった。じゃあ、『
「えっ、禅問答は苦手です」
「いいから。――
「ちんぷんかんぷん」
「言葉の意味はわかるだろ?」
「お釈迦様も弥勒菩薩もある男の奴隷である。果たしてそれは誰のことか、三〇〇字以内で述べよ」
「後半は思いきった意訳だけど、意味はそれであってる。それでその公案の答えだけど、僕は『我』だと思うんだ」
「わあ、それって本当に正解なんですか?」
「いいや。正解とも言えるし、不正解とも言える。公案の答えはね、言葉ではないんだ。同一の問題に対して、『
「うーん、やっぱり苦手だなあ」
「それはもしかして洒落かい?」
「違います。つまらない揚げ足取らないで」
「あはは。そうだね、まあ、僕も正直言って、禅は苦手だ。僕らみたいに言葉を弄んで思考の道具にしている人間にはとっつきにくい。特に僕なんかは、禅の境地とは正反対に位置する人間だ」
「きっと、わたしもそう。何しろ『理屈』っぽいお転婆だから」
「あはは、違いない」
「受けないでよ。でも、先輩がさっきの公案の答えを『我』だって考えるのはどうしてですか?」
「うん。仏と神は全く違った側面を持ってるんだけど、この場合は同義と考えてね。神は『我』の奴隷である。それはつまり、神は僕がそれを意識したときにだけ存在が許されているものだってことさ。この喫茶店も同じ。僕が下宿に戻れば、この喫茶店はすでにこの世界から消え去っているかも知れないし、本屋に並んでいる本だって印刷されているのは背表紙だけで、その中身は僕が手にとって初めて生じるのかも知れない。――そういうこと、考えたことない?」
「ないです。だって、その考えでいけば、今、わたしが先輩のこと見ていても、腰から下はテーブルが陰になって認識できない、よって、先輩の足は現在の時点ではわたしの宇宙に存在していないかも知れないってことになるんでしょう? そんなこと考えるのは恐いです」
「真弓は飲み込みが早いね。まさしくその通りだ。今まで言った例は、実際問題にすれば無理があるけどね。でも、神っていうのは現実世界において全く姿の見えない存在だ。それならば、神はその存在性において人間の思考の奴隷だと言える。デカルト流に言えば、『我思う、ゆえに神あり』」
「パスカル流に言えば、『人間というものは無力な一本の葦である。神はこの葦を風の一吹きで殺すことができるけれども、しかしながら、その葦は考える葦であって、考えるということで葦は神を包み込んでいる』ですね」
「秀逸だ。真弓もなかなか言うようになった」
「先生が皮肉屋ですから。でも、それって冒涜だと思います。先輩は本当のところ、神様を信じてるんですか?」
「真弓は信じてるわけ?」
「それは……正直なところは、わかりません」
「おっと、そこまででいいよ。神の存在を疑うことは精神衛生上よくない。真弓にはせっかく素敵な神様がいるんだから。たとえ僕がどんなに言葉を尽くしても、真弓の神様の存在は揺るがないし、その理由もさっき言ったことの裏返しだ」
「……うん」
「参ったな。そんなに考え込むなよ。うーん、そうだな。真弓を不安にしたお詫びに最初の質問に答えようか。強いて言うなら……、僕の考えてる神は『運命』に近いものだといえるかな。今のところはね」
「これまで先輩と話していて、里見先輩が運命論者だってことは何となくわかってました。でも、ラプラスの悪魔はハイゼンベルグによって倒されましたよね。人間にやりこめられる神が里見先輩の神様ですか?」
「何か横道にそれてない?」
「いいんです。今度はわたしが苛める番だから」
「了解。付き合いましょう。真弓が言いたいのは、不確定性原理のことだね? 僕は『ラプラスの悪魔』っていう呼び名は嫌いだから、あえて運命の神と言わせてもらうけれど、現代科学がいかに高度な発展を遂げたとはいっても、人間の能力と神のそれとをくらべるなんてナンセンスだ」
「それじゃ反論になってません」
「OK。わかった。じゃ、運命を論じるのに不確定性原理なんて何の意味もないと言おうか。ハイゼンベルグが唱えた不確定性原理っていうのは、位置座標と運動量みたいに、ある一つの系における二つの物理量を測定するときに、その二つの物理量の両方とも正確な値を得ることが原理的に不可能であるとした理論だよね。人間の思考も運命も究極的に言えば素粒子の運動の結果だから、現在の位置と運動量を測定し、その行方を予測できれば、未来の予知は可能だ。同様に運命は確定的なものであって、それは宇宙開闢のときからすでに定まっているとすることができる。そういう因果律をハイゼンベルグは不確定性原理を唱えたことで確かに打ち破ったよ。でも、運命の神は擦り傷さえ負ってないね。何故なら、運命は対象を認識などしないからだ。観察者たろうとしない運命に不確定性原理は通用しないよ」
「でも、量子力学みたいな物理学は自然の法則でしょう? 観察っていう行為をするしないに関わらず、素粒子を蹴飛ばしてる『光』は宇宙に満ち溢れているわ。それに逆を考えれば、運命の神様が望遠鏡で下界を見ているときも、見るのに飽きて昼寝をしているときも、同じようにわたしたちは活動してるでしょう? 観察することによって、物体の運動が変化するのなら、睡魔に襲われた運命の神様も運命の歯車に組み込まれていることにならないかしら」
「その、シェスタに耽る神様の逆説は論理的におかしいよ。矛盾してる。あとで、よく考えてみてごらん。それから、最初に真弓が言った物理学は宇宙の法則だっていう考えだけれど、それも違うよ。物理学は人間が観察しうる宇宙の法則だ。イデアたる宇宙の法則ではない。ものを観察するという行為にはね、必ず基準が必要なんだ。そうした基準をもとに観察者は世界を認識している。そうだね、有名な話だけど、例えば、鏡に映った像を考えてごらん。普通、人は鏡に映る像を左右が逆になると考えてるよね。だけど、それは普段、人が考えている世界観に影響された認識だ。片手を上げて鏡の前に立ったとしよう。上げた方の手が右手だ。そういうふうに左右の概念を基準として考えれば、鏡に映る像は前後が逆に映っているように見えるはずだよ」
「ええ? そうかなあ?」
「想像するのが難しいかな? そうだね、人間には顔があるからね……だったら、白い紙で作った人間のシルエットで考えてみてよ。顔やお尻といった前後の基準がなくなれば案外想像しやすいから」
「ううん、と……あ、そうか。本当ですね」
「だろ? 同じように地面や空、頭や足といった上下の基準が曖昧になれば、上下だって逆さまに映って見えるようになる。人間の認識能力なんて、その程度のレベルだ。大体、物理学の問題が一切摩擦がないだとか無風状態のだとかいう現実離れした特殊なモデルでしか論じられないのは何故だかわかるかい? 答えは簡単だ。特殊な状況下でしか人間の考え得た方程式が機能しないからさ」
「うーん」
「運命はね、素粒子なんてものの位置や運動をはるかに越えたところあるんだよ。だから、運命って言うんだろ? 素粒子の運動モデルをビリヤードの球だと考えてみよう。不確定性原理を適用すれば、確かにほんの五秒後の球の位置もその運動の方向も不明瞭なものになるけれど、それ以前に台の上を強風が吹けば、もう全然未来の球の位置や運動は変化する。ここからここまでの間の何処にでも存在するという不確定な範囲さえ越えてね。その風を未知の力だと考えてごらんよ。未だに発見されていない力じゃなくて、人間には認識不可能な未知の力だ。どうだい? もうお話にならないだろ? 人間の考えることのできる予測能力なんてせいぜいそんなものさ。三次元の尺度でしか僕らはものを見てないんだからね。多次元的にとらえれば、シュレーディンガーの猫の生死だって、箱を開ける前から運命で決められているかも知れない。それにね――」
「ストップ。わかった、わかりました。要するに、先輩は神を論じるのに科学は無力だって言いたいんですね」
「そのとおり。科学っていうのは、人間に可能な認識方法を基準として構築された宇宙のひとつの側面を捉えてるに過ぎないからね。人間の知覚と神のそれとを混同しちゃいけない。それに――」
「それに、論点をすり替えたわたしが悪いんです。反省してます」
「わかってくれれば、それでいいの」
「もう、先輩てば意地悪ですね。ちょこっと困らせてみたかっただけなのに。藪蛇ってこのことだわ」
「本当に反省してる?」
「してます。熱烈に。――でも、先輩?」
「うん?」
「それだと先輩の考えてる神様っていうのは、何だか淋しくないですか? こういった感情も神を論じるのには、無用なものなのかも知れませんけど」
「そうだね。『思考の檻』の中で生きている人間は同時に『感情という名の檻』にも囚われている。真弓が僕の言う神を淋しいと感じるのは、その本筋から離れているわけじゃない。無用かどうかは別にしてね。そう言う僕だって、檻に囚われている弱い人間の一人だから見守ってくれる神や何か大きな意思みたいな存在に触れてみたいとは思うよ。『神は死んだ』と言ったニーチェでさえそうだった。まして、僕は彼ほど偉大ではないからね。だから、最初に『今のところは』って前置きしたのさ」
「運命こそが神」という里見先輩の考えは、おそらく彼の生い立ちが関係していたと思う。
彼は幼いときに両親と死別していた。
以後、高校に入学するまで、彼は母方のお婆ちゃんに育てられた。そのお婆ちゃんも彼が高校在学中に病気で亡くなったと聞いている。里見先輩は詳しいことは何も話してくれなかったけれど、大学に入るまでには相当の苦労があったはずだ。
幼い時代の彼に神の救済はなかった。だから、彼は神を運命としか答えられなかったのではないだろうか――そんな気がする。
そのころ、わたしは里見先輩の考えをほとんど理解し納得することができたが、ただひとつ、運命が神だという彼の持論にだけは賛成できなかった。
わたしにとって、運命とは、積極的に切り開いてゆく対象ではなかったけれど、諦観をもって語るべきものでもなかった。強いて言えば、謙虚な態度で働きかけてゆくものであり、それは決して神などではないと考えていた。
里見先輩に言わせれば、そうしたわたしの運命観はかつてわたしを襲ってきた運命がまだ本当の牙を見せてなかったことによる楽観的な甘い見解なのかも知れないけれど。
「でも、今回はちょっと効いたかな……」
わたしはひとりごちた。
自動ドアの開いたマイクロバスの外に広がる四角い外界。
積もった雪に注意しながら二歩三歩――。
記憶はそこで途切れていた。
わたしがバスから降り立った次の瞬間、運命の巻き起こした爆風はわたしの背中を突き飛ばしたのだろう。そう言えば、わずかに大きな音を聞いたような気もする。
そのとき――。
悲劇は起こったのだ。
その瞬間、里見先輩は何を考えたんだろう?
引き裂かれ、焼かれる苦痛の中で果たして何を思ったんだろう?
少しでもわたしのことを考えてくれただろうか。
もしかしたら、ついに微笑むことのなかった運命の三女神に苦笑してみせたのかも知れない。今となっては、もはや知る術はないけれど、彼は静かに運命の断を迎えたろうということだけは確かだと思う。
突如として湧き出た里見先輩の死のイメージは、わたしを混乱させた。
頭の後ろが熱くなり、動悸が激しくなる。
ベッドにじっと寝ころんでいるのに耐えられなくて、身体を起こした。押し寄せる焦燥感にいてもたってもいられない。両手を顔の前で祈りを捧げるように合わせると、わたしはがたがたと震えた。
再び精神が軋み始めていた。
嵐のような激情は意識の海にただようわたしの心の舟を翻弄する。幾度も波を被り、舵を破壊された一艘の小舟は陸地を求めて彷徨い続ける。どんなに小さな無人島でも構わない。せめてこの嵐がおさまるまで、わたしの心をつなぎ止めて――。
わたしは彼の姿を求めた。
彼に会いたいと切に願った。
会って話をして欲しかった。
あの、暖かい揶揄を交えた諭すような口調でわたしの不安を一蹴して欲しかった。
会って――。
寒くなってきた。
カーテンを閉め忘れた窓の外にいつからか雪がちらついていた。
雪は自分たちが溶けて消えることを知っている。
去年のクリスマスに里見先輩はそう教えてくれた。
彼らはあとに続く仲間のために自らの命を懸けて大地を冷やす。
翌年の春、再び生命の産声を聞くために、疲弊した大地を長い冬の眠りにつかせようとしているのだ、と。
ふいに彼らが羨ましくなった。
一緒に落ちて行きたい衝動にかられて、わたしは乾いた笑い声をあげた。
雪に誘われて死ぬのも宿命さだめ。
今夜、雪が降らねば、わたしは自殺など考えなかった。少なくとも転落死なんか選ばなかったに違いない。
何もかもが馬鹿馬鹿しくなった。
ほんの数秒後の自分の思考や行動さえも予測がつかない、宙ぶらりんの宇宙。
自由など幻想に過ぎない。
想像や思考という自己の意識の世界でさえ、人は何かに縛られている。
窓を開けて、階下を覗いた。
街灯の光も届かないアスファルトの闇のその向こうに白い猫を抱いた里見先輩の姿が見えた。雪はゆらゆらとその闇の中に溶けてゆく。
わたしは落ちてくる雪のひとひらをそっと手に取った。雪は手のひらの上であっけなく溶けて消えた。この一粒の雪の結晶が雲の中で生まれたとき、わたしの手の中で溶けるなんて誰が予測できただろう。
本当なら今頃は、本栖湖の旅館の一室で美奈子や睦美たちと枕を並べて民研の男の子たちの話題に花を咲かせていたかも知れないと思った。
夜を徹してみんなと怪談に興じていたかも知れないし、もしかしたら、みんなの目を避けて里見先輩と本栖湖の湖畔を散歩していた可能性だってあるだろう。
それなのに、わたしは照明の落ちた病室の窓辺で
信じられなかった。
ラプラスの悪魔はやはり人間の手に負えない。
わたしは身体が氷のように冷え切るまで、窓辺に佇み、そして、ベッドに戻った。
死のうという意識はすでに希薄なものになっていたけれど、生きるのも面倒になっていた。布団を頭までかぶると、その中で胎児のように身体を丸めて、わたしは静かに嗚咽した。
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