プロローグ
わたしが愛するものとの初めての別離を経験したのは、高二のときだった。
前日の夕方から姿を消していた飼い猫のティンカーベルが、翌朝玄関の前で冷たくなっていたのだ。
ティンクは綿毛のように真っ白な身体を赤黒い血に染めて死んでいた。
やわらかだったその腹部を一本のボウガンの矢が真一文字に貫いていた。彼の血は路地の方から点々と続いていて、玄関のドアにはわずかな血だまりとともに弱々しいひっかき傷が残されていた。
ティンクは縄張りを見廻っている途中、心ない輩にボウガンの標的にされた。
そして、傷を負いながらも我が家へと逃げ帰り、わたしたち家族に助けを求めていたのだ。
そう思うと、可哀想でたまらなかった。
彼の必死の叫びにどうして気付いてあげることができなかったのかと、わたしは両親を責め、そして自分を責めた。
その日から数日、わたしは学校に行くことさえままならずに、ずっと自室に引きこもって泣いていた。
――お願い、ティンク。わたしを悪夢から連れ出して。あなたの魔法でこの忌まわしい記憶を消して、もとの世界へ帰らせて。
虚しい願いは叶えられるはずがなかった。ティンクは――わたしの守護天使はもう死んでしまったのだ。
ティンクを失った夜から見始めた悪夢は、今もときどきわたしを苦しめる。
半月に一度か、あるいは二度、酷いときには二日と空けず、不気味な翼を生やした夢魔は同じシナリオを携えてわたしの枕元に降り立った。
その夢はいつもわたしがティンクを抱いているところから始まった。
彼の身体の羽毛のような感触を楽しんでいると、いつのまにか冷たい鋼鉄の矢が彼の身体に生えている。
驚いたわたしが彼に呼びかけると、腕の中にはすでにその姿はなく、そして、気がつくと今までわたしを暖かくとり囲んでいた友人や両親たちもが、次々と姿を消してゆくのだ。
恐怖に震えるわたしの前から、やがて、世界の全ての生き物が、愛が、海が、星が、宇宙が、――まるであぶくのようにはじけては消えてゆく。
夢はいつもそんな内容だった。
自分のあげた悲鳴に驚いて目を覚まし、悪夢から解放されても、寝室の暗闇の中でわたしは震え続けた。
目覚めているのか、それともまだ夢の途中なのか、そして、何故自分が震え、怯えているのかもわからない。
フロイトの言う「夢の作業」は成功を収め、わたしを襲った恐怖のパノラマは、その断片さえも残らなかった。
しかし、詳細な夢の記憶はそのほとんどがかき消されていたが、ひとつだけ、夢の中で絶えず聞こえていた音――心臓の鼓動のような音だけが、記憶の底に澱のように残っていた。
――トクン ―― トクン ―― トクン ―――――。
巨鯨のそれのようにゆったりとした鼓動。
ゆらゆらと深海をただようような安らぎを感じさせるはずのその音は、何故かわたしを追いつめる。
血に飢えた獣の息づかいのように。
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