第2話 返り桜
次の次の年。冬の初め、また独りで奈良に居た。
(いいとこだったのになあ――)
京で花びらが祝福してくれた通り、第二の職場は順調だった。
それなりに嫌なこともあったが、我慢できない程ではない。
年収は大幅ダウンしたけど、それは想定内。
週10時間はしていた残業が月間で10時間になったのも大きかった。
何より、一人事務というのが性に合っていた。
営業事務なんてしたことはなかったものの、日中はほぼ一人になれる。
これがよかった。何をするにも自分だけだから、間違えば全部が自分に
返ってくる。逆にわかりやすくていい。私のレベル向上=効率化の図式。
もうヒトの尻拭いだって、しなくてよかった。
自分が蒔いたわけでもないクレームを刈り取るのは不毛な作業だ。
そこには何ら生産性がない。ただ掘られた穴を埋めるだけ。
サービスリカバリーなんて幻想で、マイナスがプラスに化けることはない。
だから虚しい。そもそも、防げるんだし。
前の所にはサクサク客を怒らす困ったちゃんがチームにいた。
私がフォローすると踏んでたんだろう。
よく『今晩7時に電話してくださいね』なんて、シレっと言ってきた。
でも一人仕事なら、もうあの顔にイラッとすることもない。
客に『こんなコトを言われた‼』と聞いてゲゲッとなることもないし。
何を言うてくれるねん…と頭がクラクラすることもない。
未来永劫、あんなのと縁が切れた。それだけでも幸せだろう。
転職先は、平はヒラで終われた。順番に人が倒れて行って、必要以上に
追い詰められることもない。管理職でも上司でもなかったのに、ただ
年次がいってるというだけで便利に使い倒されることはなさそうだ。
こういう環境なら、甘ちゃんの私だって潰れない。
メンタルも最低限にしか削られなかった。搾取感が薄くて、誠に結構だった。
――ずっといてもいいかな。定年まで、頑張れるかな。
そんな風に思い出した矢先、哀しいお知らせが届いた。
私ではなく。カイシャの方が、潰れてしまったのだ。
その日の奈良は、いつもよりも寒く感じた。
花びらが祝ってくれてから二つの春を経て、今度は奈良。
何で奈良だったんだろう?
たぶん遠いから?
遠くて、時間が有り余る時でないと来ようと思えないから?
やっと第三の職場が決まって、年明けから来てくれと言われていた。
採用面接を受けたことさえ忘れる頃に通知が届いて、何かと条件は悪いが
ところどころ私の事情には合うので行くことにした。
――もう、カイシャに振り回される人生はいいかな。
何となくそう思って、コンサル系の国家資格というものを取ってやろうと
考えて準備していた。
正直、合格しても開業する将来は全然思い描けない。
だけど雇われ人のままでも、何か自分の武器になる装備をしておくのは
有効なはずだ。少なくとも邪魔にならない。
腕一本的な、自腹の課金アイテム的な?
ひとつでいいから、私はそういうのが欲しかった。
それで予備校に通う片手間にバイトに行った先で、そこの求人に応募した。
どの道、働かなきゃならない。それなら、多少は学習の足しになるところで。
そのバイト先なら、ある程度は受験勉強にもなるはずだった。
何と言っても残業がない。
でも、前の時とは違う。
花吹雪の午後から、ほぼ三年近い。
私はそれだけ齢を重ね、世界はもっとシビアになった。
奈良は、風も強かった。
たぶんほっつき歩くには向かない日なのだ。
鹿しかいない公園を抜けて、突き当りの植物園まで震えながら歩く。
怖ろしい程に人がいない。ここは鹿達のテリトリーで、私が他所者だ。
野放しでウロウロしているのは私の方なので、いくぶん遠慮して道の
端っこを進んだ。
ようやく前方にオジサンの姿を、一人だけ発見。
よかった。人間も居た。
(けど。奈良って、この人気のなさがいいのかも)
県庁所在地で街中なのに、この現世からの隔てられ感。
いくらオフシーズンのド平日だからって、浮世離れし過ぎでしょ。
植物園手前の茶屋まで来て、ようやく人里に辿り着いた気分になる。
看板に玉子焼きの写真が載っていた。冬枯れの野原に、そこだけ鮮やかな
色彩。あれが付いてるなら。茶粥でも食べようと思い付いた。
「お二人様、どうぞ~」
――は?
「え。ご一緒で…は、ないので?」
こんなに客がいないのに、一足先に茶店に入ったそのオジサンと連れだと
勘違いされたらしい。
「違います!」
互いに一人客だ。双方が全力で否定する。
チラ見すると、向こうは後ろ姿より遥かにオジサンだった。
――ああいう年代の人と連れに見られたわけか。
さすがに凹むわ。
でも、玉子焼きは美味しかった。茶粥は可もなく不可もなし。
惜しむらくは、屋内なのに足元が底冷えした。
「誰もいない……」
そして植物公園は、外界以上に人がいなかった。想像以上だ。
貸し切りかと見紛うレベル。先程からのオジサンも入園したようだが、
さすがに広い敷地だからまさかでも遭遇しなかった。
(…また、平日の独り歩きが出来なくなるんだな)
それだけが惜しい気がした。
独りで歩いた。ひたすら歩いた。
冬場のことだ。
花なんて咲いていない。咲いてるはずもない。あっても、ダラダラと
花びらを落とす山茶花くらいだろう。あれは、桜みたいに潔くない。
(え……?)
なのに。
一本だけ、桜が咲いていた。
最初は雪かと思った。白い花。疎らに咲いている、僅かな花。
桜には、冬に咲く品種もあるのは知っている。
でもこの花数の少なさは、それじゃないと思った。
きっと、季節外れに咲いた桜なのだ。
せっかくなので、一枚だけ写真を撮っておく。
年明けからの、お守りにしようかな。
(だ・い・じょうぶ…)
また、そう言われた気がした。
微かな声で。目を凝らさないと気付かない
聞こえない声で。
待っててくれたのだろうか?
こんなに凍えながら。今にも風に攫われそうになりながら。
都大路を戻る頃、風は凪いでいた。
――ありがとね。
大丈夫。きっと私は、ダイジョウブ。
風がきつかろうが、向かい風が吹こうが。
たとえ漕ぎ出す先に、沖つ白波が荒れ狂おうが。
また、桜が祝ってくれたのだから。
(了)
さくら咲く頃 響 @diamantez1000
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