静寂から、光へ
如月 愛咲(きさらぎ ありさ)
プロローグ|静寂から、光へ
静寂。
私の最初の記憶は、音のない真っ白な世界だった。
三歳の冬。
先天性心疾患の根治手術の最中、私の心臓は一度、完全に停止した。
医学的には、死に等しい状態だったという。
それでも私は、生還した。
胸の中央を縦に走る深い傷跡は、
私が「生き延びてしまった」ことの、消えない証明書だ。
だが、止まった心臓を再び動かすことよりも、
その後の人生のほうが、はるかに過酷だった。
両親の離婚。
崩れていく家庭。
都会の学校で待ち受けていた、逃げ場のない孤独といじめ。
誰にも愛されていない。
私の居場所など、この世界のどこにもない。
そう確信し、
暗闇の中で膝を抱えていた十三歳の私は、
「死にたい」のではなく、
ただ――終わらせたいと願っていた。
その夜、
テレビの砂嵐の向こうから、彼女は現れた。
観月ありさ。
光に満ちたステージの上で、
堂々と歌い、笑う彼女の姿を見た瞬間、
止まっていた私の時間が、音を立てて動き出した。
彼女が笑っている。
ならば、私も、もう少しだけ生きてみよう。
その“もう少し”が、
私を今日まで連れてきた。
時は流れ、私は四十代になり、
福祉の現場で働いている。
かつての私と同じように、
誰にも言えない痛みを抱えた人々の傍らに立ち、
その声に耳を傾ける日々だ。
暗闇を知っているからこそ、
伝えられる光があると、今は信じている。
これは、
心臓に傷を持つ孤独な少女が、
一人の少女スターと出会い、
その光を道標に、
絶望の淵から這い上がり、
やがて誰かの杖になるまでの、三十数年の記録である。
もし今、あなたが暗闇の中にいるのなら。
この物語が、
あなたの足元を照らす小さな灯火となることを願って。
――ここから、物語は始まる。
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