第6話 剣姫

「さて、帰るか」


俺はそう言うと、気絶している『雷光の牙』のリーダーと戦士を左脇に、魔法使いを右脇に抱えた。まるで洗濯物でも回収するかのような手軽さだ。


「えっと、リックさん? 私は……」


エリスが申し訳無さそうに尋ねてくる。さすがにこれ以上抱える手はない。背中にはドラゴンの鱗があるし。


「アル、お前は走れるか?」


「は、はい! なんとか!」


「よし。じゃあ聖女様、失礼します」


俺はエリスの前に背中を向けた。


「背中の鱗の上からで悪いんですが、おぶさってください。捕まる場所は……この鱗の隙間に指を引っ掛けてもらえれば」


「は、はい……失礼します……(ドラゴンの鱗をボルダリングの壁みたいに使う人、初めて見ました)」


エリスが背中の鱗の束にしがみつく。大の大人三人プラス聖女一人。普通なら一歩も動けない重量だが、今の俺には羽毛布団を背負っているのと変わらない。


「舌を噛まないように気をつけて。少し急ぎます」


「は、はいっ!」


「――感謝」


ダンジョンの床を踏みしめる。 摩擦への感謝。推進力への感謝。 俺の体は砲弾のように加速した。


「ひゃあああああああっ!?」


「し、師匠ぉぉぉぉ! 待ってぇぇぇぇ!!」


背後でアルが死にものぐるいで走ってくる気配を感じながら、俺たちは来た道を逆再生するように駆け抜けた。


          †


王都の冒険者ギルドは、お通夜のような静けさに包まれていた。 聖女とBランクパーティの遭難。それは国家的な損失を意味する。 ギルドマスターのモルドレッドは、苦渋の表情で対策を練っていた。


「くそっ、騎士団の到着はまだか! 『深淵のキメラ』相手じゃ、並の冒険者では束になっても勝てんぞ!」


そこへ、ギルドの扉がバーン!と勢いよく開かれた。


「た、ただいま戻りましたーッ!!」


飛び込んできたのは、息も絶え絶えの少年アルだった。


「なんだ小僧! 今は緊急事態だ、用がないなら……」


「ち、違います! 帰ってきたんです! 師匠が! 聖女様たちを連れて!」


「なに?」


モルドレッドが眉をひそめた直後、信じられない光景が目に飛び込んできた。


薄汚い格好の男が、Bランク冒険者三人を小脇に抱え、背中に聖女を背負い、さらにその背中にはドラゴンの鱗まで括り付けて入ってきたのだ。 まるで、買い出し帰りの主夫のような気軽さで。


「……え?」


「……は?」


ギルド中の時が止まる。 男――リックは、荷物(冒険者たち)を空いているソファに丁寧に下ろすと、背中のエリスを降ろし、最後にカウンターへ向かった。


「依頼完了の報告だ。……あー、それと、これで借金を返したいんだが」


リックは背負っていた鱗の束を解き、カウンターの上にドン、と置いた。 重厚な黒鉄の輝き。 鑑定士が再び泡を吹いて倒れそうになるのを、モルドレッドが支える。


「……貴様、これは鉄甲竜の鱗か? しかも、この断面……」 「ああ、通りがけに森で拾った……というか、剥いだやつだ。これで聖女様に借りていた金貨三枚、返せるか?」


モルドレッドは呆れて口が開かなかった。 金貨三枚? この鱗一枚で王都の一等地に屋敷が建つぞ。 それが十枚。国家予算レベルの金額だ。


「……貴様、名は?」 「リックだ。Dランクの」


「Dランクだと? ふざけるな! キメラはどうした! 深層にいたはずだぞ!」


「ああ、あの合成獣か。ちょっと暴れてて危なかったから、風を送って静かにしてもらった」


「風を送って……?」


モルドレッドは、救助された『雷光の牙』のリーダー、戦士のボルツに視線を向けた。意識を取り戻したボルツは、ガタガタと震えながら証言した。


「ギ、ギルマス……信じられねぇかもしれねぇが……本当だ。あいつは、木刀を一振りしただけなんだ。それだけで、キメラが……消し飛んだ」


「消し飛んだ? 倒したのではなくか?」


「ああ。肉片すら残らねぇ威力だった。……俺達はBランクを誇っていたが、あんなのは次元が違う。あれこそが……真の『S級』だ」


ギルド内がどよめく。 万年Dランク、噛ませ犬のリック。 その男が、単独で災害級モンスターを瞬殺し、聖女を救出した。


「……リック、と言ったな」


モルドレッドは居住まいを正し、リックに向き直った。


「今回の功績、極めて大きい。聖女救出の報奨金に加え、キメラ討伐の特別報酬、さらにこの鱗の買取……合計すれば、お前は一生遊んで暮らせるだけの富を得ることになる」


周囲の冒険者たちがゴクリと喉を鳴らす。 だが、リックは困ったように頭をかいた。


「いや、そんなにいらない。聖女様に金を返せればそれでいいんだ。余った分は……そうだな、ギルドの修繕費や、怪我した彼らの治療費に使ってくれ」


「な……欲がないにも程があるぞ!」


「俺の夢は金じゃ買えないからな」


リックはそう言うと、エリスの方を向いた。 エリスは涙ぐみながら、リックの手を両手で包み込む。


「リックさん……本当に、ありがとうございます。お金なんて、もうとっくに……」 「いや、けじめだ。あの時の金貨があったから、俺は変わる時間を持てた。……ありがとう、エリス様」


リックが金貨三枚をエリスの手のひらに乗せる。 それは、彼が鱗を売ったほんの一部の代金だったが、エリスにとっては世界中のどんな宝石よりも輝いて見えた。


「……はい。確かに、受け取りました」


二人の間に流れる温かい空気。 それをぶち壊すように、ギルドの入り口から凛とした声が響いた。


「――そこにいたか、妙な木刀の男」


その声に、ギルド内の空気が一瞬で張り詰めた。 現れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ美しき女剣士。 王国最強と謳われる『剣姫』アイリスだった。


「アイリス様!?」


「なぜこんなところに……」


アイリスは周囲の視線を無視し、一直線にリックの元へと歩み寄る。 そして、彼の目の前で足を止めると、腰の聖剣に手をかけた。


「検問所での気配、そして今の報告……確信したぞ。貴様、ただの冒険者ではないな?」


「……ただのDランクですが」


「嘘をつけ。キメラを衝撃波で消し飛ばし、ドラゴンの鱗を薪のように斬るDランクがいてたまるか」


アイリスの青い瞳が、獲物を見つけた猛禽類のように輝いている。


「リック、言ったな。……貴様に『王立騎士団剣術指南役』への就任を要請する。拒否権はない」


「……はい?」


リックがぽかんとしていると、アイリスはニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「だがその前に――私の剣でお前を測らせてもらう。表へ出ろ。全力で相手をしてやる」


「え、いや、俺はこれから素振りの時間が……」


「問答無用!!」


アイリスがリックの腕を掴み、強引に外へ引きずり出そうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくださいアイリス様! リックさんは私の恩人です! 乱暴はしないでください!」


エリスが慌てて割って入る。 聖女と剣姫。王都を代表する二人の美女が、薄汚いおっさん(風呂に入ってないので髭面)を挟んで睨み合うという、前代未聞の構図が出来上がった。


「……なんだ聖女殿。貴様もこの男に興味があるのか?」


「きょ、興味というか……彼は私の、その……大切な、更生した方ですから!」


「ほう。なら私が貰っても問題あるまい。強い男の遺伝子は、国に残すべきだ」


「なっ!? い、遺伝子って……はしたないです!」


ギャーギャーと言い争う二人をよそに、リックはアルに耳打ちした。


「おいアル。今のうちに帰るぞ」


「えっ? この状況でですか?」


「今日の分の一万回がまだ終わってないんだ。日が暮れちまう」


この男、ブレていなかった。 国一番の美女二人に取り合いされているというのに、彼の頭の中は「感謝の素振り」のことでいっぱいだったのだ。


「あ、逃げた! 待てリック!」


「リックさん! ご飯くらい食べていってください!」


王都の夕暮れ。 逃げるおっさんと、追いかける美女二人と、必死についていく少年。 かつて「新米の踏み台」と呼ばれた男の、長くて騒がしい「S級への道」は、まだ始まったばかりだった。


――――――


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