『偏差値=筋力』の狂った学園俺は地味な図書委員に「理想の肉体」へと改造された。「好きだ」と告白した俺の末路。

とんこつ

筋肉=正義とは…

1.筋肉地獄と女神の発見


「おはようございマッスル!!」

「オス! 今日の大胸筋、キレてるな!」

「ありがとうごザイマス! 昨日のベンチプレス、自己ベスト更新しまして!」


 朝のホームルーム。飛び交う挨拶は、日本語として何かが致命的に間違っている。

 ここ、私立剛力(ごうりき)学園は、全国でも類を見ない「筋肉至上主義」の高校だ。偏差値は存在しない。代わりに存在するのは「筋力値」。

 テストの結果はダンベルの重量で決まり、スクールカーストは筋肉量で決まる。


 そんな世紀末のような学園に、なぜか入学してしまった俺、細井健太(ほそい・けんた)は、教室の隅で小さくなっていた。

 身長170センチ、体重52キロ。あだ名は「モヤシ」。

 この学園において、俺はプランクトン以下の存在だ。


「おいモヤシ、そこ邪魔だ。俺の広背筋が翼を広げられないだろうが」

「す、すみません……」


 クラスのボス格であるマッチョに突き飛ばされ、俺はよろめきながら教室を出た。

 居場所がない。休み時間は図書室に逃げ込むのが日課だった。図書室だけは、「本を読むと異化(カタボリック)作用で筋肉が分解される」という謎の迷信のおかげで、マッチョたちが寄り付かない聖域(サンクチュアリ)なのだ。


「……はぁ。転校したい」


 書棚の隙間に座り込み、ため息をついた時だった。


「あの……」


 頭上から、鈴を転がすような声が降ってきた。

 驚いて顔を上げる。そこにいたのは、分厚い瓶底メガネに三つ編みのおさげ姿。小柄で、いかにも「文学少女」といった風情の女子生徒だった。

 クラスメイトの図書委員、文月(ふみづき)詩織さんだ。今まで話したことは一度もない。


「そ、その……素晴らしいです」

「え?」

「その鎖骨……! 浮き出るような頼りなさ、脂肪も筋肉も削ぎ落とされた、まるで枯れ木のような上腕二頭筋……ッ!」


 詩織さんは頬を紅潮させ、俺の腕をガシッと掴んだ。華奢な見た目に反して、万力のような握力だ。


「え、あ、あの?」

「探していました。この学園中を探しても見つからなかった、真っ白なキャンバス……!」


 彼女のメガネの奥の瞳が、ギラリと怪しく光った。

 詩織さんは荒い息を吐きながら、俺の顔を覗き込む。


「ねえ、細井くん。貴方、今のままじゃ惨めだと思わない?」

「そ、それは……思いますけど」

「なら、私に預けて。私の知識(メソッド)で、貴方をこの学園の頂点(トップ)にしてあげる」


 それが、地獄への……いや、奇妙な恋の始まりだった。


2.密室のパーソナルトレーニング


 放課後の第3資料室。そこが俺たちの秘密基地になった。


 文月詩織という少女は、ただの図書委員ではなかった。


 彼女が常に持ち歩く分厚いノート。表紙には『筋肉図鑑(未完)』と書かれている。中を見せてもらった俺は絶句した。

 解剖学、運動生理学、栄養学……ありとあらゆる筋肉に関する知識が、ビッシリと書き込まれていたのだ。


「いい、細井くん。貴方の体は『遅筋』の割合が多いハードゲイナー(太りにくい体質)よ。だから高重量・低回数で、徹底的に筋繊維を破壊するわ」

「は、はい!」


 彼女の指導はスパルタだった。

 ダンベルを持たされ、限界まで追い込まれる。


「あと3回! 上げて! 大腿四頭筋が泣いてるわよ!」

「む、無理っす……!」

「無理じゃない! 脳がリミッターをかけてるだけ! 筋繊維を信じなさい!!」


 鬼のような形相で罵倒される。

 だが、俺がこの地獄に耐えられたのは、トレーニング後の「ご褒美」があったからだ。


「……よく頑張りました。お疲れ様」

 オールアウト(完全燃焼)して床に転がる俺の元に、詩織さんが近づいてくる。

 そして、汗ばんだ俺の体に、そっと手を這わせるのだ。


「んっ……!」

「動かないで。パンプアップの状態を確認するから……」


 彼女の細い指が、俺の胸板を、腹筋を、ゆっくりと撫で回す。

 まるで愛しい恋人に触れるような手つき。

 至近距離にある彼女の顔。メガネが少し曇っている。吐息が俺の首筋にかかる。


「すごい……先週より胸囲が2センチ増えてる……。このハリ、弾力……たまらないわ」

「し、詩織さん、くすぐったいです」

「我慢して。……あぁ、この三角筋のバスキュラリティ(血管の浮き出し)、ゾクゾクする……」


 彼女はうっとりとした表情で、俺の筋肉をつねったり、押したり、時にはメジャーを体に巻き付けて密着してくる。


 正直、男子高校生には刺激が強すぎる。


 俺の心臓は早鐘を打っていた。


(これ、絶対俺のこと好きだろ……!)


 でなければ、放課後のたびに二人きりで、こんな濃厚なボディタッチをするはずがない。

 彼女は俺のために特製のお弁当(鶏むね肉とブロッコリーのみ)を作ってくれるし、プロテインもシェイカーで振ってくれる。


 献身的すぎる「尽くす女」なのだ。


 俺の筋肉は、彼女の愛で育っていく。


 入学当初はモヤシだった俺の体は、半年後には別人のように変貌していた。

 シャツの上からでも分かる分厚い胸板。丸太のような腕。

 クラスのマッチョたちも、最近では俺を見る目が変わっていた。「あいつ、デカくなってねえか?」と囁かれている。


 すべては、詩織さんのためだ。


 彼女が望む「最高傑作」になった時、俺は彼女に想いを伝えよう。


 そう決心していた。


3.完成、そして崩壊


 秋。学園最大イベント「マッスル・フィジーク・コンテスト」が開催された。

 ステージ上のスポットライトを浴びて、俺はポージングを決めた。


「サイドチェストォォォ!!」


 観客席がどよめく。

 極限まで絞り込まれたウエスト、大きく張り出した広背筋。

 審査員の教師たちが「デカイ!」「キレてる!」「肩にメロンが入ってるぞ!」と絶賛の声を上げる。


 結果は、優勝。


 俺はついに、学園の頂点に立ったのだ。


 表彰式の後、俺はトロフィーを持って、詩織さんを呼び出した。

 場所は夕日の差し込む屋上。告白の王道シチュエーションだ。

 詩織さんは、いつものように三つ編みメガネ姿で立っていた。風が彼女のスカートを揺らしている。


「細井くん、優勝おめでとう。……本当に、立派になったわね」

「詩織さんのおかげだよ。君がいなかったら、俺はずっとモヤシのままだった」


 俺は一歩踏み出し、彼女の手を取った。

 鍛え上げた大胸筋の鼓動が、彼女に伝わる距離。


「詩織さん。俺をここまで育ててくれてありがとう。……俺は、君が好きだ」


 言った。言ってしまった。


 彼女は驚いたように目を見開き、そして――ふわりと微笑んだ。

 勝った。俺は筋肉も、恋も手に入れたんだ。


「ありがとう、細井くん」

「じゃあ……!」

「でも、ごめんなさい」

「……え?」


 彼女は俺の手を、そっと解いた。

 その瞳から、先ほどまでの熱っぽさが消えていた。そこにあるのは、博物館の展示品を見るような、冷ややかな「鑑賞者」の目だった。


「どうして……? 俺たち、あんなに毎日……」

「貴方の筋肉は、素晴らしくなったわ。左右のバランス、カットの深さ、どれをとってもSランク。私の理論が正しかったことが証明されたわ」


 詩織さんはメガネの位置を直しながら、淡々と言った。


「つまりね、貴方はもう『完成』してしまったのよ」

「完成……?」

「ええ。私が好きなのは、未発達の筋肉が悲鳴を上げ、破壊され、再生しようと足掻く『過程(プロセス)』なの。完成された筋肉(オブジェ)には、もう萌えないのよ」


 ガーン、という効果音が聞こえた気がした。 


 な、なんだその性癖は。


 俺のことじゃなくて、俺の筋繊維の成長過程が好きだっただけなのか!?


「それにね、ちょうど今年の新入生に、素晴らしい猫背の子が入ってきたの。骨格はいいのに、筋肉量が絶望的に足りない……ゾクゾクするような原石がね」


 彼女の頬が、再び紅潮する。その視線の先には、俺ではなく、まだ見ぬガリガリの新入生がいる。


「さようなら、私の元・最高傑作(マスターピース)。元気でね」


 彼女は踵を返すと、一度も振り返らずに屋上のドアへと消えていった。

 俺は一人、夕焼けの中で立ち尽くした。

 鍛え上げた筋肉だけが、虚しく痙攣してた。 


4.被害者の会


「……うおおおおおおお!!」


 俺は叫びながら、フェンスを拳で殴りつけた。

 ふざけるな。あんなに思わせぶりな態度をとっておいて!

 俺の純情を! 俺のプロテイン代を返せ!


 その時だった。


 ズシン、と屋上の床が揺れた。


「……いい叫びだ。腹筋の使い方がなっちゃいねえがな」


 低い、地を這うような声。

 振り返ると、そこには二人の巨漢が立っていた。

 一人は、金髪リーゼントに改造制服を着た、学園の裏番長・鬼瓦鉄治(おにがわら・てつじ)。

 もう一人は、爽やかな笑顔と彫刻のような肉体を持つ、生徒会長・天王寺豪(てんのうじ・ごう)。

 学園のツートップだ。なぜこんなところに?

 俺は身構えた。


「な、なんの用ですか。俺をシメに来たんですか?」


 番長の鬼瓦が、ニヤリと笑いながら近づいてくる。

 そして、太い腕を俺の肩に回した。


「違げえよ。……ようこそ、『文月詩織・被害者の会』へ」

「……は?」


 生徒会長の天王寺が、切なげな表情でメガネを外した。


「君の気持ちは痛いほど分かるよ、細井くん。私も2年前、この屋上で同じ言葉を聞いたんだ。『貴方の大胸筋はもう完成してしまったわ』とね」

「お、俺もだ……」 


 鬼瓦が光る目元を拭った。


「俺なんて、仕上げの『広背筋(デッドリフト)』が完成した瞬間に捨てられたぜ。あの女、俺に『鬼の顔(オーガ)』を背中に宿らせるだけ宿らせて、満足して消えやがったんだ」


 俺は呆然と二人を見上げた。

 この学園最強の二人。誰もが恐れ、憧れるこの二人が……。


「まさか、先輩たちも……元モヤシだったんですか?」

「ああ。私は入学当時、体重48キロの吹けば飛ぶようなオタクだった」

「俺もだ。引きこもりのゲーマーだった俺を、あの女が無理やりジムに連れ込みやがったんだ」


 なんということだ。


 この学園のトップ層は、全員、あの一見おとなしそうな文学少女によって作られた『作品』だったのか。


「俺たちは、同志だ」


 天王寺会長が、俺の手を握りしめた。熱い。暑苦しい。


「君を勧誘しに来たんだ。我々と共に、再び彼女を振り向かせようじゃないか」

「振り向かせるって……どうやって? 完成品には興味ないんですよね?」

「フッ、甘いな」


 鬼瓦が、制服のボタンを弾き飛ばしながらポージングを決めた。


「完成の『その先』を見せつけるんだよ! 人間の限界を超え、神の領域(ゴッド・エリア)に達した筋肉を見れば、あの変態アマだってヨダレ垂らして戻ってくるはずだ!」

「そういうことだ。我々は日々、互いを高め合っている。さあ、君も今日から我々のチーム(ジム)に入れ」


 二人の巨人に挟まれ、俺は逃げ場を失った。

 彼らの目は本気だ。本気で、あのマニアックな筋肉フェチ女をまだ愛しているのだ。

 そして悔しいことに、俺の心の中にも、まだ彼女への未練がこびりついている。


「……分かりましたよ」


 俺は観念して、二人に向かってポーズ(ダブルバイセップス)を取った。


「やりましょう。あの女が腰を抜かすくらいの、バルク(巨大な筋肉)を身につけてやりますよ!」

「いい返事だ! ならば早速、スクワット500回からだ!」

「オス!!」


 夕焼けの屋上に、男たちの野太い声が響き渡る。

 

 こうして、筋肉フェチの地味女子を巡る、俺たちの第二ラウンド(筋肉バトル)が幕を開けた。

 だが、ふと不安になる。

 目の前にいるのは、学園最強の生徒会長と番長だ。

 さらに噂では、OBのボディビル王者も、伝説の傭兵も、彼女の「元・作品」だという。

(……これ、ライバルが強すぎないか?)

 俺の恋の行方は、筋肉のみぞ知る。


(了)



最後まで読んでいただき、思いきりマッスル(感謝)です!

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