地獄の沙汰とはいいますが、

如月トオカ

地獄の沙汰なんて

「地獄の沙汰も金次第って言うんならさ、オレ地獄でも底辺なのかなあ」


 白い息を吐き切ると、リュウヤはこっちを振り返った。そして、さすがにさみぃね、と言いながらざぶんと海の水を蹴る。

 俺はぼんやりと、寒いのは当たり前だろうな、なんて考えながらアイツを眺めた。今の季節は真冬。しかも数年ぶりの大寒波なんかも襲ってきているらしい。

 

 夜の闇で黒く濁った波打ち際を、アイツはズボンを膝まで捲って歩く。すこし離れたところに転がっている、アイツが脱ぎ捨てたスニーカーを見ながら、俺はリュウヤに向かって声を張り上げた。


「お前なぁ、景気の悪い話するんじゃねぇよ。それにそんなこと言ったら俺だって底辺だっつーの」


 俺の自嘲混じりの文句に、アイツはごめん、と笑った。

 

 俺はアイツのスニーカーを揃えると、その隣に自分の靴も脱いで並べる。砂浜は暗い灰色で塗りつぶしたみたいな色をしていて、足裏から伝わるじゃりじゃりとした感触が不快だった。

 アイツと同じようにズボンの裾を捲り上げると、俺は波打ち際へと歩き出す。海辺の風は冷えきっていて、肌がじんじんと痛かった。

 水に触れると、その刺すような冷たさに、おもわず俺は飛び上がる。


「うぁっ!  いって!? ……なんでお前そんな普通にしてられんだよ!」

「ハハッひでー声。なんだろね。慣れ?」


 けらけらと笑うリュウヤの態度が腹立たしくて、俺は水を蹴りあげる。びしゃっという音を立てて、リュウヤの着ていたダウンが濡れた。


「んぎゃっ! つめったいな!? 何すんだよアキ! 」

「はは、わりぃな。足が滑った」

「いやどう考えてもわざとだろーが! クソッ、ちっとも悪いと思ってなさそうな顔しやがって……!」


 リュウヤは地団駄を踏みながら悪態をつく。

 そう文句を言いつつもやり返してこないのがコイツの美徳であり、欠点でもあったんだろうな、とふと思う。濡れたダウンを見ながらため息をついているリュウヤに、俺は砂浜から笑いかけた。

 

「なぁリュウヤ。俺さ、お前のそういうとこ結構好きだよ」

「……はぁ?  何言ってんの?  つかそもそもそういうとこってどういうとこだよ」


 リュウヤは俺を訝しむように眉をひそめる。そんなリュウヤに向かって俺は言葉を続けた。


「そういう、馬鹿みたいにお人好しなとこだよ」

「バカみたいってそれ余計だろ。……いや、バカなのは本当だけどさ」


 リュウヤは小さく呟くと、そのまま口を閉ざしてしまった。ふたりきりの海岸には、波の打ち寄せる音だけが響いている。


 ――三年ほど疎遠になっていた友人、津田琉弥つだりゅうやが俺の前にその姿を現したのは、つい昨日のことだった。

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