何度自殺すれば神は諦めるのか

花房 なごむ

自殺を繰り返す魂。

 とある魂がいる。

 その魂は何度生まれ変わっても必ず自殺を繰り返す。

 幼少期から青年期、大人になってあたたかい家庭を築いても必ず自殺する。


 その魂は必ず気付くのだ。

 全ては無駄だと。

 女神がその魂にどれだけ幸せを得られる環境や運命を与えようと、その魂は必ず自殺する。

 その度に魂は傷をつけていく。


「あなたは、どうして何度も自殺をしてしまうのですか?」


 女神は困っていた。

 神とは愛を知ってもらう為に魂たちに時に試練を与え、時に祝福をもたらす。

 人間が認知できるところには存在しない、名も知られていない神々。


 魂の世話をする神々の上に、更なる神がいる。

 それは1であり0でもある。

 存在しないとも存在するとも言える存在。

 言葉を紡ぐ一定の知性を持つ者たち曰く「全知全能の神」だったり、あるいは愛そのものと言われているような認識らしい。


「だって上の神様のやりたいことっていうのは、要するに神様の自己満足でしかない。意味なんてないじゃないか」


 その魂はべつに神を恨んでいるわけではないみたいだった。

 ただふとした瞬間気付くのだ。

 意味が無いことに。


 女神にはそれが理解できなかった。

 理解する必要もなかったから。


 女神たち中間層の神々は、それすら愛が包み込んでくれると心の底から思っていた。かつて人間であった魂たる女神もそれを信じていた。

 だからその魂の言っていることが理解できなかった。


「それでも神はあなたを愛しています」

「究極的な自己満足だって話だよ。男だとか、女だとか、意味が無い」


 女神はどうしたらいいのか、わからなかった。

 女神たち中間層の神の仕事は幼い魂たちを成長させるためにあらゆる生命として肉体を与えて学びを促すことである。


 尊い命の中で魂たちは愛とはなんなのかを知る為に命を得る。

 そして愛を学んで自分たちと同じように神として愛のある存在になってもらうことが仕事である。


 そして、魂の成長においてもっともしてはいけないのが自殺である。

 これはもっとも重い罪であった。

 神は罰を与えない。それでは魂たちは何も学ばない。


 彼らはそれを地獄と呼ぶらしいが、本質的にはただ自分がしたことを理解する為の反省する時間と、そのための空間であり、彼らはそれを地獄という場所でそれこそ地獄の苦しみを与えられていると思っている。


 本来は天国も地獄もない。

 抱きしめられて嬉しいと感じるか、それともそれを苦しいと感じるかの違いでしかない。

 しかしそれが天国と地獄の正体でもある。


 そして厄介なことに、この魂は天国と地獄の本質を理解している。

 何度も自殺しては、無意味に地獄でただじっとしている。


 苦しむこともなく、反省することもない。

 愛を尊ぶこともなく、愛を知りたいとも思わない。


 女神はこの魂を救う方法が思い付かなかった。


「あなたはまだたくさん学ぶことができる存在なのです。愛に満たされる幸福をあなただって知っているはずです」

「だからなに? 人間界で言うところの快楽とか、麻薬とかと何がどう違うの? 自分からすれば、あなた方神々でさえ愛とかいう麻薬に依存しているようにしか見えないよ。愛に執着してるようにか見えない」


 女神はなにも言い返せなかった。

 愛とは素晴らしいものだ。

 全てを包み込んでくれる尊いもの。

 そして存在そのものでもある。


「あのさ、もう何回も無理やり転生させるのやめてくれないかな? 無駄だよ。自分は必ず自殺する。途中で気付くんだ。意味が無いって。自分の言ってることが理解できないなら、魂ごと消せばいい。そうすれば次に進めるだろうさ」

「……でも、それではいけません」


 それでも、愛を学んでもらうのが女神の仕事であった。

 この魂を見捨てたくない。なのに言葉は届かない。


「あなた方のただのエゴだろう? 違うのかい? 愛は素晴らしいよ。だからみんなで学ぼうねって押し付けてるだけじゃないか。上の神様とやらは自分自身を知りたくてこの世界を作って客観視できるようにしたんだよね? それってただのエゴじゃないの? 何が違うの? 人を殺したくて殺す人とか、罪を楽しんで犯す魂たちのそれと何が違うの? 物質と反物質だってそうだろう? 究極的な二元論すら全ては愛がどうのってさ、じゃあ意味無いじゃん。結論は同じことだよ」


 この魂の言いたいこと。

 学ぶことも成長することも意味があるというならば、反対に意味がないとも言える。


 学ぶことも成長するとも良しとするなら、その反対もあるわけで、上の神は前者だけを良しとして愛を語っている。それはただ上の神の、最上位の神にとって都合がいいだけの正義ではないか。


 この魂はそう言いたいのだろう。

 天界には善も悪もない。法律なんてない。

 だから、自殺も肯定されるべきだ。

 それがこの魂の主張だった。


 愛を知ってもらいたい。

 そう思って女神は何度も命を与えた。

 男としても、女としても。何度も何度も。

 それでもこの魂は最終的に全てを投げ捨てる。


「また転生させてみろ。次はもっと早く自殺する」


 魂はなんの抑揚もなくそう言った。

 女神は悲しみにくれた。

 愛を学び、尊ぶ機会を与えることができない。


 女神はただ、この魂にも幸せになってもらいたいだけだった。

 しかしこの魂はそれすら意味が無いという。


 女神は泣きながら何度もその魂と向き合った。

 何度も転生させた。

 この魂を救える超越した愛を与えるにはどうしたらいいのだろうかと。

 愛を与え、そして与えてもらえる喜びを知ってもらいたい。これは素晴らしいのだと。


 だが、女神はついに言葉を失った。

 愛とはなんなのかわからなくなってしまった。

 本来言葉さえ、愛には必要なかったはずなのに、意味を考えてしまった。


 考える必要だってなかった。

 愛を信じていればよかった。

 でも女神は思ってしまった。


 ただ盲目的に愛を信じて入ればいいのだと思っていたことに。

 自分がこれまで、女神となる前に何度も繰り返してきたことに意味があるのだと、信じたかっただけなのではないかと。


 そうして女神は己の存在を抹消した。

 いつか誰かが、この魂に愛の意味を伝えてくれると願って消えた。

 所詮、愛など無意味だと、そう言われて信じきれなかった自分がまだ愚かだっただけだと信じたかった。


 女神は自ら消える前、こう呟いた。


「愛とは……なんですか……?」


 そうして新しく地獄が生まれた。


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