エーテルの残り香

男鹿浜雄

ep.1 Invited Bookworm.

 カツン、カツンとローファーのヒールが階段を蹴るを音が吹き抜けた空間に弱く反響する。




 建物の二階まで登った先は町で一つしかない図書館の受付カウンター。入館に手続きは必要ないが本の貸し出しや返却の際に立ち寄る場所だ。




「今週も早いね君は。おっと、おはようございますだねまずは」




 黒いスタッフ用のエプロンを身に着けた女性が出迎えてくれた。




「おはようございます、今週もお仕事なんですね館長さん。」




「土曜日は入りたくないスタッフさんのほうが圧倒的に多いからねそりゃ、嫌でも館長であるわたしが埋める事になりがちだわね」




「お疲れ様です、ただ僕も週末の楽しみなんで閉館まで居させてもらいますよ。」




「ご自由にどうぞ、電子書籍だなんだって時世に毎週開館から閉館まで本を読みに来る若者がいるのはこちらとしてはありがたいからね」




 館長があごに指をあてカラカラと笑いながら言う。




「それと館長呼びはもう少し先で頼むよ、何も間違っちゃないがむず痒いんだ。名札もつけているんだ、名前でお願いしよう。敬称はまかせる。」




 女性館長のエプロンのポケットには「村咲むらさき」と書かれた名札がある。




「じゃあ村咲ちゃんで。」


 


「・・・君ねぇ、まだ若いつもりだが君とは一回りくらい違うはずなんだよ」




「冗談ですよ村咲さん、でも敬称はまかせるって言ったのはそっちですからね。」




「悪かったよ、覚悟なき発言は控えよう。」


 


 村咲さんと戯れながら先週借りていた本をリュックから取り出しカウンターへ並べた。




「じゃ、ここに名前と今日の日付を書いてもらえるかい?」




 返却用の簿冊へ記入を済ませ確認を待つ。




「ん、確かに。しかし珍しい苗字だよね君。読み方は・・・あー、えー」




舎人とねりですよ。シャジンじゃないですからね。」




 舎人とねり由世ゆぜ。それが僕の名前。苗字どころか名前もそれなりに難読だ。新しい交友の際には必ず説明のターンを設ける必要があるので手間は手間だが覚えてもらうのも早いので割と気に入っている。




「ふふ、初見で読める気がしないな。それじゃあゆっくりしていってくれ舎人くん。」




「毎週来てるので初見では無いと思うんですが!」




「毎週来る子だなと個として認識をしたのはつい最近だ、初見みたいなものだ。」




「館長ともあろう人が名前の読み方もわからない人間に本を貸してるってことになりますよ!」




「金銭のやり取りをしているわけでもなし、記帳なんてのは儀式であって貸した本が期限内に無事で帰ってくる。それ以外はわりとどうでもいいんだよ。」




「ずいぶんと適当館長ですね」




「館長呼びはお断りしたはずだが?」




「適当村咲さん」




「面白い子だね君は、ただ私と茶番をしている間も閉館は近づいているよ。土日は16時閉館だから気をつけておくれよ。」




 本来の目的を忘れる所だった。少し年の離れた大人の女性との心地よい戯れに勤しむのもやぶさかでないが毎週の楽しみである借りる本の吟味を始めなければならない。


 訳あって貧乏生活をしているが元より読書くらいしか趣味の無い自分にとって図書館は無料で読書と空調設備を謳歌できる最高の場所なのだ。




「茶番も惜しいですがいってきます。」




「いってらっしゃい」




 村咲さんに会釈をして無数の本が納まっている本棚へと歩みを進める。




 図書館には小説からエッセイに児童書、実用書や図鑑に少量ではあるが漫画なんかも置かれている。




「今日はどの棚から攻めようか・・・」




 好き嫌いはあまり無い。なんでも読むしそれこそ絵本やギネスブックみたいな本もたくさん読んだ。




 文字を読む、ページをめくるといった動作が心地いいのだ。




 図書館歩きながらタイトルや本そのもの見た目でなんとなく僕の針が振れた10冊程度をピックアップして触りの部分を読み、最後まで読みたい1~2冊を借りて翌週平日の楽しみにするのが毎週のルーティンで無料で贅沢な僕の楽しみ。




 村咲さんと戯れた僕は少し気が大きくなっていた、少し大人になった気がした僕は普段はあまり吟味巡回のルートにいれない本棚の方へ近づいていた。




「洋書・・・ねぇ」




 洋書という言葉に複数の定義はあるのだろうが僕は海の向こうで出版された翻訳されていない本


 として理解している。




「絵本や短めの童話くらいなら翻訳にかけながら少しづつ読めるだろう、スマートフォンという文明の利器があるんだなんとかなるさ。」


 


 大きめの独り言を言いながら本の吟味を始める。




「知らない匂いがするな・・・洋書は使ってる糊とか紙も違うんだろうか・・・」




 僕が本や図書館を好きな理由に「匂い」がある。主に本の匂いや本棚の匂いだ。新書からは新しい紙や糊の匂いの他にインクの匂いなんかもしたりするし、古い本からホコリや色々な人に借りられた生活の匂いなんかもする。後者は字面だとあまり綺麗な匂いではないかもしれないが僕は歴史の匂いとしてそれはそれで味としている。




「しかし珍しいよなぁ町の図書館に洋書なんて、大学の図書館とかならありそうなもんだけど・・・ん?」




 針が振れた。特段目立つ見た目ではない青い外装の本。読めるわけではないが綴りをみれば英語やドイツ語など多少の判別はつくがそもそも普段常用するアルファベットではない僕の知らない言語。アラビア文字などが近いだろうか、なんにせよ全く読めない。




「この本だけ周りの本より綺麗めだな、新書なんだろうか。」




 周囲の本にはうっすらとホコリが溜まっている、借りる人間も少ないだろうこのあたりの本棚は頻繁に清掃はされていないのだろう。


 なにも読めない本を手に取り最初のページを開く。随分と薄い、30ページ程だろうか。




「わかってはいたが面白いくらいになにも読めないな、なんとなく数字っぽいのはあるな。」


 


「ん、なんだこれ」




 1ページ目と2ページ目にはびっしりと読めない文字が敷き詰められている。3ページ目をめくるとそこにはイラストというか図形というのか、わかりやすく言えば魔法陣のようなものが描かれている。




「うっっ・・・いってぇ!」




 次のページをめくろうと3ページ目に指をあてると一瞬立ち眩みを起こした。 


 よろめいた先は後ろの本棚。たんこぶは免れない威力で衝突した。とっさに手をかけた本棚から数冊の本が崩れ落ちた。




「なんだったんだ今の・・・」




 体に確かに残る脱力感と疲労感、後頭部の痛みに悶えながら一度手に持っていた読めない本を本棚へ戻した。




「・・・この本棚木製だったよな?」




 本を棚に戻した音が少し違った。なにより鉄の匂いがする。


 本を戻した本棚、頭をぶつけた本棚、そもそも図書館の本棚は全て木製の物だったはず。


 毎週通って2年になるんだ間違えるわけがない。




 本棚から通路に戻り辺りを見回すがいつもの暖かい日差しの入る図書館ではなかった。


 図書館と言うより保管庫といった感じの無機質な空間。


 信じられない数の本棚が数十メートル先まで押し込まれているようだ。




 ザッザッザッと足音が聞こえた。




「誰か居るのかっ!」




 男性の声が聞こえた。

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