07:予期せぬ状況


 ボストンのローガン国際空港から成田国際空港までは、直行便でも十四時間以上かかる長いフライトだった。


 初めての一人旅、初めての海外、そして初めての日本。

 ずっと画面越しにしか知らなかった初恋の人との、初めての対面。


 期待と不安で胸がいっぱいで、機内ではほとんど眠れなかった。窓から見える雲の海を眺めながら、ユートに会ったら何を話そうか、どんな顔をしてくれるだろうか。そんなことばかりを考えていた。


 新軸でユートと会う約束の日は、日本に到着した翌日。


 ユートのアバターは彼自身に割と似ているという話だから、きっと爽やかで、ちょっと可愛い感じの男の子だと思う。アメリカンな筋肉ムキ出しのゴツい人たちばかり見慣れたボクには、きっと新鮮に映るはずだ。


 最初、ユートは「クランのみんなでエリオットを歓迎したい!」と言ってくれていた。その気持ちは嬉しいけれど、それだと当然、そこにはサクラさんもいるわけで⋯⋯。


 まったく!少しは女心を勉強しなさいよね! 


――と、心の中で憤慨したものの、相手はボクを「男の親友」だと思っているのだから、無理もないか。


 結局「長旅で疲れているだろうから、初日は二人だけでゆっくり会いたい」という理由をつけて、その日はユートと二人だけで会うことにしてもらった。


 もちろん、せっかく日本に来たのだし、クランのみんなにも会いたい。

 ユートのことでは一方的にライバル視しているけれど、サクラさん自身のことは別に嫌いじゃない。むしろ、あの完璧なヒーラーぶりは尊敬しているくらいだ。だから、リアルのサクラさんがどんな人なのか、ちょっと見てみたい気もする。


 そして翌日。ついにユートに会う日。

 昨夜は時差ボケと興奮と緊張で、結局あまりよく眠れなかった。目の下にうっすらクマができているかもしれない。鏡で念入りにチェックする。大丈夫、まだ許容範囲。


 今日の予定は、朝十時に新軸駅で待ち合わせて、少し早めのランチを食べて、それから例のVRイベントに参加。その後は、ユートが東京の面白い場所に連れて行ってくれるそうだ。完璧なデートプラン!


 待ち合わせの時間ギリギリまでホテルにいるのも落ち着かない。

 ボクは早めに準備を済ませ、新軸駅へと向かった。ユートの好みに合わせて髪型はショートにしたけれど、服装はどうだろう。今日の日のために新調した淡いピンク色のワンピース。


 彼、気に入ってくれるかな⋯⋯。


 待ち合わせ場所の新軸駅東口、アルバ広場には、約束の三十分も前に着いてしまった。  巨大なスクリーンには最新のCMが流れ、周囲のビルからは様々な音が聞こえてくる。


 行き交う人々の流れをぼんやりと眺めながら、ユートの姿を探す。まだ時間があるのは分かっているのに、心臓がドキドキして落ち着かない。

「ねー、そこの金髪のおねーさん、超かわぃいねぇー!一瞬だけでもいいから、お茶しない?」


 突然、馴れ馴れしい口調で声をかけられた。

 見ると、髪を明るく染めた派手な服装の男がニヤニヤしながら立っている。これが、ユートが言っていた日本の『ナンパ』というやつか!とちょっと感動したけれど、もちろん英語でまくしたててお断りした。彼は何か捨て台詞のようなことを言って、いつの間にか人混みの中に消えていった。


 そんなことをしているうちに、時計の針はあっという間に十時を過ぎていた。

 おかしい。ユートは基本的に時間に正確な人のはずだ。それに、約束を破るような人でもない。日本の電車が時間に正確なのは世界的に有名だし⋯⋯何かトラブルに巻き込まれたのだろうか?


 心配になってメッセンジャーで『今どこ?』と送ってみる。しかし、既読がつかない。

 返事がないまま、時間は無情にも十一時になってしまった。さすがにおかしい。


 もしかして、ボクが待ち合わせ場所を間違えた?新軸駅は巨大な迷路だと聞いていたし⋯⋯。


 でも、もし別の場所だったとしても、土地勘のないボクにはどこへ行けば良いのか見当もつかない。

 直接会ってビックリしてもらうつもりだったけれど、もう仕方ない。


 ボクは携帯を取り出し、ユートの番号を呼び出して電話をかけてみた。しかし、呼び出し音が鳴るだけで、彼が出る気配はない。


 どうしよう⋯⋯。途方に暮れて広場に立ち尽くしていると、ふと、ユートの自宅の電話番号を教えてもらっていたことを思い出した。緊急時以外はかけないでと言われていたけれど、今はその緊急時かもしれない。ボクは意を決して、彼の実家に電話をかけることにした。


 数回のコールの後、電話の向こうから、少し疲れたような、落ち着いた女性の声が聞こえた。


「はい⋯⋯瀬島でございます⋯⋯」


 ユートのママだろうか。


「アノ、ワタシ、ユート君のアメリカのトモダチで⋯⋯」


 緊張で、片言の日本語になってしまう。


「あら⋯⋯あなたが、エリオットさん?男の子だって、悠斗から聞いておりましたが⋯⋯」

「ア、スイマセン、本当は女デス。エリスといいマス」

「まあ、そうでしたの⋯⋯!私は悠斗の母の美悠紀と申します。いつも息子が大変お世話になっております⋯⋯」

「ハ、ハジメマシテ⋯⋯!こちらこそ、お世話になってマス⋯⋯!それで、あの、ユート君ですが⋯⋯今日、待ち合わせの場所に、まだ来なくて⋯⋯」

「⋯⋯悠斗は今、病院に⋯⋯入院しているんです⋯⋯」


 病院!?どうして!?

 おとといまで普通にメッセージをやり取りしていたのに、病気の話なんて一言も⋯⋯。


 もしかして、事故!?


 一人で最悪の事態ばかり考えてパニックになりかけていると、ユートのママが、さらに衝撃的な言葉を続けた。


「私も、まだ詳しいことは良く分からないのですけれど⋯⋯。昨日の午後、新軸でVRのゲーム?をしていたら、何か事故があったとかで⋯⋯そのまま、意識が戻らない、と⋯⋯」

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