05:崩壊した都市


「なにこれ、これもアトラクションの続きなの⋯⋯?」


 今度はエリスの顔から血の気が引いていた。さっきまでの楽しそうな表情は消え、恐怖に染まっている。


 彼女は高所こそ平気だが、ホラー系、特に不気味な雰囲気や突発的な脅威には滅法弱いのだ。


 以前、軽い気持ちで日本のホラー映画の予告編を見せたら、怖すぎて失神しかけたという逸話があるほどだ。エリスは徐々に悠斗にすり寄ってきて、ついにはガシッとその腕に抱きついてしまった。


(うわっ、柔らかい⋯⋯!しかも、なんだかいい匂いがする)


 腕に伝わる柔らかな感触と、ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香り。思春期の男子として動揺しないはずがないが、それ以上に悠斗を混乱させたのは、その「実在感」だった。


(⋯⋯違う、問題はそこじゃない。感触、匂い、体温⋯⋯。おかしい、絶対におかしい)


 これはVR機器の故障が見せている幻覚なのか。

 だとしても、あまりにも鮮明すぎた。


 まだ一般向けのVRは視覚と聴覚の再現、そして振動による若干の触覚がメインのはずだった。リアルな触覚や嗅覚、温度までもがこれほど本物のようにに感じられる機能など、悠斗が最近購入した最新機種にさえ実装されていない。


 なのになぜ、悠斗はこれらを「感じて」いるのか。


 そして、目の前に広がる崩壊した新軸の光景。アトラクションの演出にしては、あまりにも悪趣味で、あまりにも「本物」の質感を伴っている。


 悠斗はシステムメニューを呼び出そうと空中に手を動かしたが、何の反応もなかった。ログアウトのコマンドさえ表示されない。


「どうなってるんだ⋯⋯。これでは、まるでこの仮想世界に閉じ込められているみたいじゃないか」


 不安が急速に胸の中で膨れ上がっていく。

 悠斗は、比較的に損傷の少ない都庁舎の中に入り、何が起きているのかを調べるしかないと判断した。


「なあ、エリス。都庁の中を調べてみないか?」

「いや、ちょっと待って!中に入るなんて、ホラー映画なら絶対に駄目なやつじゃない!?鉄板のバッドエンドフラグだよ!」


 半泣きになったエリスが、悠斗の腕にしがみつく力を強める。


「でも、システムコールも効かないし、他に手がかりもないだろ。⋯⋯嫌なら、ログアウトするしかないけど、それもできないんだ」

「そ、それは嫌!せっかくユートとデ⋯⋯じゃなくて、遊べるのに⋯⋯」


 一瞬、エリスが何かを言い直したような気がしたが、悠斗にそれを追求する余裕はなかった。


「ともかく、他に方法がない。行ってみよう」

「⋯⋯うん⋯⋯わかったよ」


 しぶしぶといった様子で、エリスは頷いた。

 都庁舎の自動ドアは壊れて動かず、二人はガラスが割れた隙間から内部へと足を踏み入れた。


 外観の惨状に比べれば内部は原型を留めていたが、非常灯の赤いランプが点滅するだけのエントランスホールは薄暗く、床には観光パンフレットや書類が散乱していた。

 空気は埃っぽく、しんと静まり返っているのが逆に不気味だ。


「こっちに案内コーナーがあるはずだ。何か情報があるかもしれない」


 二人は壁伝いに進み、案内コーナーへと辿り着いた。カウンターの上に並んだPCのほとんどは画面が割れていたが、一台だけ、比較的損傷の少ないノートPCが残っていた。


 悠斗が電源ボタンを押すと、数秒後に起動音が鳴り、OSのロゴが表示された。


 ネットワークは――繋がっている。悠斗は急いでニュースサイトを開いた。そこに並んでいたのは、信じられないような見出しの数々だった。


『2030年サイバーテロによる死傷者数、未曾有の規模に』

『新型ウイルス感染拡大止まらず、アンチウイルスも効果限定的』

『警告:感染アンドロイドを発見した場合、直ちに避難を』


「なんだか⋯⋯ゾンビ映画みたいな内容⋯⋯」


 隣で画面を覗き込んでいたエリスが、怯えた声で呟く。


「そんな感じだな⋯⋯。アトラクションが、こういうサバイバルホラー系に切り替わったってことなのか⋯⋯?」

「ホラーアトラクションなら、全力でお断りしたいんだけど⋯⋯」


 エリスの顔がさらに青ざめていく。


 これがFPSやRPGの世界なら、彼女は強力な魔法を手に敵を薙ぎ払うだろう。だが、ここは武器も魔法もない場所だ。ただの少女として、彼女は恐怖に蝕まれていた。


ガタッ――。


 その時、案内コーナーの奥にある通路の方から、何かが倒れるような音が響いた。


「ヒッ!」


 エリスが短い悲鳴を上げて飛び上がり、再び悠斗の腕にしがみつく。


「誰かいるのかな。⋯⋯ちょっと様子を見てくる」

「ダメだよ!それもホラーのお約束!絶対に行っちゃダメなやつだってば!」


 エリスを近くのソファーまで誘導し、悠斗は一人で音のした通路の奥へと慎重に進んでいった。

 薄暗い通路の先に、人影が見えた。都庁の制服を着た女性だ。背を向けて何か作業をしているように見える。


「あの――すみません!」


 声をかけるが、反応がない。もう少し近づき、もう一度呼びかける。それでも彼女は振り向かない。

 悠斗は思い切って近づき、その肩にそっと手を置いた。その瞬間――。


ギギ⋯⋯。


 異音と共に振り向いたその「女性」の顔を見て、悠斗は息を呑んだ。

 顔の右半分が、無かった。


 皮膚も肉も無残に剥がれ落ち、内部の金属フレームと赤く点滅するセンサーが剥き出しになっている。


「ア゛ヴァーー⋯⋯オ、オキャク、サマ⋯⋯ドウイッタ、ゴヨウケン、ガガガ⋯⋯」


 ノイズ混じりの合成音声。生理的な恐怖が背筋を駆け上がり、悠斗は思わず叫んでいた。


「うわあああっ!」


 すぐに飛び退きたかったが、アンドロイドの指が万力のような力で悠斗の腕を掴んで離さない。


「ユート!?大丈夫!?」


 エリスの心配そうな声が聞こえる。まずい、こっちに来させてはいけない。


「だ、大丈夫だから!こっちに来るな、待ってて!」


 エリスにこんな無残な光景を見せたくなかった。そして、彼女を危険にさらすわけにはいかない。


「オ゛カゲンガ、ワルイ゛ヨウデスノデ⋯⋯イム、シツニ⋯⋯ゴアンナイ、イタシマス⋯⋯」


 アンドロイドは悠斗の腕を掴んだまま、いとも簡単にその体を投げ飛ばした。

 壁に背中から叩きつけられ、後頭部を強かに打ち付ける。視界がぐにゃりと歪み、火花が散った。


(エリオット⋯⋯エリス⋯⋯にげ⋯⋯ろ)


 そんな思考を最後に、悠斗の世界は深い闇へと沈んでいった。

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