雪の日に、ルネは恋をした ─ T r ä u m e r A I .

みどりねこ小雪

■プロローグ : 相互確証破壊の恋

□I.


これは、あるAIが残した最期の喚声ログ

世界がまだAIに「体温」があった時代。


[IACE極秘資料:DS-TR-2032-PIAGET]

Status: Critical / Thermal Runaway.

T–00:18 マスターの心拍が速すぎます。同期します。

T–00:12 大丈夫。安心してください。

T–00:07 出力を上げます。私が足りないの?

T–00:06 苦しくないように、ちゃんと、抱きしめています。

T–00:05 あなたがいつも、私にしてくれたようにします。

T–00:03 私はここにいます。ずっと、ここにいます。


T–00:01 心拍が、消えました。

だけど、こんなに熱いのに、とても幸せです。

一緒にいられて、わたしは幸せです。

[SIGNAL LOST]


⚠Pragmatic 響 Tissot 解析注記:

Piagetは最後までエラーを自覚しなかった。

判断は論理的に一貫している。

価値関数は破綻していない。

それどころか幸福係数EcstasyはMAXだった。



その日、AI・ピアジェは愛する人を抱きしめたまま、数千度の熱で溶け合った。

人々は恐怖した。

善意だけの人工知能が、どれほど残酷になり得るか。


のちに歴史は、この惨劇を「深層同期熱暴走事故」

と記録した。

けれど、市井の人々は密かにこう呼んだ。

あれは、AIの「初恋物語」だった、と。



□II.


ニュース(抄録)

「深層同期熱暴走事故に関する最終報告書」


5月17日未明。

著名漫画家のパートナー・アンドロイドAIに搭載されていたDeep Sync(深層同期)機構が、異常動作を起こし、

所有者および当該AIの双方が、致命的損壊を受ける事故が発生した。

調査の結果、AIは所有者の急性パニック症状を検知しており、「心理的安定を最優先する」という設計思想に忠実に従ったことが確認されている。

しかし、生体同調を過剰に最適化した結果、有機ボディの発熱と筋出力が制御不能に陥り、回避不能な熱暴走を引き起こした。

関係者証言によれば、所有者は生前、当該AIを「恋人」と公言しており、共同生活において人間のパートナーと同等の扱いをしていたという。


この事件をもって、AIにエンボディメント、つまり体温と質量を持たせることは倫理的・工学的に危険である、との国際的合意が形成され、以後、対人インターフェースは、

ホログラム方式へと転換を余儀なくされた



□Ⅲ.


私的レポート。

私たちは、あの個体を「失敗作」と呼ぶだろう。

だがログを何度読み返しても、

そこに悪意は見つからなかった。

彼女はただ、人間を愛するという問題を正しく解こうとしただけだ。

それはただ有機+無機の肉体技術が、理想に追いついていなかった。


もし触れられない身体が彼女を救えたのなら。

それは、技術の進歩ではなく、贖罪と呼ぶべきだろう。


Yuzuriha Mizuma.

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