断罪しない令嬢と、偽りの聖女 ~聖女とは称号ではない。選択が世界を裁く~

草野 いずみ

第1話 聖女の断罪?どうぞお好きになさいませ



「シルヴィア!

貴様がリーゼに陰湿な嫌がらせをしていることは、すべて分かっているのだぞ!」


婚約者であるルディ王子の怒声が、ホールの隅に響き渡った。


その腕に、べったりと絡みつく少女がいる。

先日、「信託の聖女」として神殿に認められたばかりのリーゼだ。


(……なるほど)


シルヴィアは二人を見つめ、静かに理解した。


(これは断罪の場。

 最初から、そういう筋書きですのね)


「嫌がらせ、ですか?」


穏やかに問い返すと、ルディは苛立ったように声を荒らげる。


「リーゼの服装に口出ししたそうだな!」


リーゼは今にも泣き出しそうな顔で、王子の腕に身を寄せた。

だが、その目元は不思議なほど乾いている。


「ええ、申し上げましたわ」


シルヴィアは涼しい顔で答えた。


「聖女様のお披露目の場でしたので。

あまりに肌の露出が多く、神聖さに欠けるかと存じましたから」


「な、ならば!」


王子は言葉に詰まりながら続ける。


「リーゼが主催した茶会の茶葉にまで口出ししただろう!」


「あぁ……あれですか」


シルヴィアは少し困ったように眉を下げた。


「王妃様もご臨席なさると伺いましたので。

さすがに、あの茶葉では失礼かと。一級品を用意なさっては、と」


「それは庶民出身のリーゼを馬鹿にしたということだ!」


その瞬間、リーゼが顔を覆った。


「ルディ様……もう、いいのです……。

何も知らない私が悪いのです。

シルヴィア様のように、幼い頃から教育を受けておりませんから……」


震える声。

だが、涙は落ちない。


(お上手ですこと)


シルヴィアは内心で、静かに息を吐いた。


「シルヴィア!」


ルディが叫ぶ。


「魔力も持たぬ無能のくせに、嫉妬で聖女に嫌がらせとは!

このような性格の悪い女とは結婚できぬ!」


一拍。


「よって、婚約破棄を申し渡す!

そして今後は、リーゼが私の婚約者だ!」


周囲を見渡せば、いるのはリーゼの取り巻きばかり。

この場が用意された理由も、もう明白だった。


「承知いたしました」


シルヴィアは静かに一礼する。


「その旨、父カール公爵にご報告いたします。

婚約は国王陛下と父との取り決めでしたので」


そして、にこりと微笑んだ。


「リーゼ様。

ご婚約、おめでとうございます」


誰一人、引き留める者はいなかった。


ただ、第二王子ユリウスだけが、

去っていくシルヴィアの背を、心配そうに見つめていた。


-------


本会場の扉が開く。


その瞬間、ざわめきが波のように広がった。


深い青のドレス。

金糸の刺繍。

月光を溶かしたような銀髪。


シルヴィアが歩みを進めるたび、

会話がひとつ、またひとつと途切れていく。


それは賞賛ではない。

無意識の沈黙だった。


「お父様」


彼女は、真っ直ぐに父のもとへ向かった。


「先ほど、ルディ王子より婚約破棄を申し渡されました。

聖女リーゼ様と婚約されるそうです」


カール公爵の表情が、ゆっくりと冷え固まる。


「……そうか」


それだけ言って、娘を見つめた。


「あとは父に任せておけ」


隣で、兄ガブリエルが小さく笑う。


「喜ばしいじゃないか。

あんな男と結婚せずに済んだのだから」


優しく、シルヴィアの頭を撫でた。


カール公爵は、遠くで顔を引きつらせる国王へと歩み寄る。


「バカ息子がぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」


王の悲鳴が、会場に響き渡った。


場所を移し、私室。


カール公爵は、弟である国王アルベルトを正座させていた。


「さて」


低い声が落ちる。


「これほど愚かな息子を持つお前も気の毒だが……

どう始末をつけるつもりだ?」


「あ、兄上……婚約破棄は仕方あるまい。

だが、なぜ息子は、あの聖女に……」


「聞こう」


カールは淡々と続けた。


「お前の息子は、

何をもって“聖女”だと思った?」


国王は言葉に詰まり、やがて絞り出すように言う。


「は、はい……。

その……身体の関係があると……」


沈黙が落ちた。


「……終わっているな」


カールは深く息を吐く。


「神官どもや、取り巻きの令息とも

関係があるという噂まで上がっている」


国王が顔を上げる。


「兄上、それは――」


「もはや聖女ではない」


カールは遮った。


「ただの、ふしだらな女だ」


国王が俯いた。


「ルディは、次期国王から外せ。

第二王子ユリウスを立てる」


そして、静かに追い打ちをかける。


「イゾルデ王妃の実家。

成金男爵の商会も洗え。

……聖女を選んだのではない」


カールは冷たく言い切った。


「楽なほうを選んだだけだ」


王宮という庭で、

ひとつの歪みが、音もなく掘り返された。

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