第9話 暴君への裁き

 リクニア城にて。

 監察官として城にいるロディス・ロイエンタールは私室のバルコニーで、祭の準備で忙しい城下町を見ていた。夏の日差しが眩しい。呑気なものだと彼は思いながら、今後の政治について考えていた。リクニアの“覇権”と【大剣】を。

 オリエがお茶を持ってきて、ロディスに渡した。ロディスは微笑んでお茶を受け取った。

「ありがとう」

 誰かが、ドアをノックした。

「入れ」

 伝達兵だった。彼は恭しく礼をし、

「大変であります。王子がロドス火山麓にある砦にて、戦死したと報告がありました!」

「王子が、死んだ?」

 ロディスが、驚いた顔をする。コップの割れる音がする。オリエが其れを落とした。

「そんな。そんな事って!」

 オリエは、そのまま走って部屋を出た。ロディスは、止めようとしたが、今はそれどころではない。

「オークとの戦いでか?」

「其処までは分かりません。王女は葬儀に参列した後、カルデラの方へ向かって行ったようです」

「王女は無事か、ならば良い。事の次第、わかり次第伝えよ」

「御意」

 兵は恭しく礼をして去って行った。

(くそっ!何て言うことだ。このままではアリスに王家の座を取られてしまう)

「どうも失敗したようです」

 何処からともなく、声がした。

「『影』か。お前達の仕事は完璧ではないぞ。どういうことだ?」

「申し訳ありません。邪魔が入りました」

「【ソールヴェル】か?大方、レイガースの残党が使っているのだろう」

 彼は、割れたコップを拾いながら、そう言った。

「しかし、希望は持っている。何とかして儂が此の地を支配できる方法はいくらでもある。問題はアリスの【大剣】だ。アレさえ手に入れば、儂の計画は修正が効く」

「ならば如何様に?」

「社会的に抹消する」

 『影』は何も言わず気配を消した。

「くそぅ」

 彼は、コップの破片をゴミ箱に捨てた。

 

 オリエは、中庭にある思い出の木に近づき、昔に自分が彫ったユーリルとの相合い傘を触っていた。此処に遊びに来ていた時に、良くユーリルと遊んでいた場所なのだ。

「ユーリル。どうして? わああっ!」

 顔を木肌にあて、そのままもたれかかるように大泣きしていた。遠くでメネアが眺めていたが、声をかけることが出来なかった。

「罰が当たったんだよ。あの王子」

 と、呟いてた。

 


 無事に、カルデラから帰ってきたアリス達は、ツール達と別れ一路クローズに向かった。

 アリスの表情に元気がない。何故、自分は生き残っているのか?自問自答しているのである。いくら使命とはいえ、大事な弟を失ったショックから未だに立ち直っていないのだ。戦い続けていた為に、身も心も疲れ始めている。皆も同じなのだ。自分だけじゃない。そして、弟の死を悲しむ人物がもう1人居る事を 知っている。彼女に何て言えばいいのか。

「大丈夫」

 アリスは自分に言い聞かせた。このまま落ち込んでいる場合ではない。今は大儀の為に剣の破片を探さなければならないのだ。

 クローズに着いた。彼女たちは旅の疲れを癒すために数日此処に滞在する事にした。各々が自由に行動する。アリスは、寝室に入り鎧から普段着に着替えた。普段着は上質なジャケットとブラウス、スカートであった。これを着るのは何年ぶりなのだろう。いつもは、戦いやすいチュニックにズボンばかりだった。

 しかし、護身用にダガーは持っていた。いつ何時暗殺者が来るかもしれないからだ。

「さて、ティクスに何て言おう」

 この事を考えると、憂鬱になった。王子の死は、多分一般には知られてはいないだろう。流石に嘘をつくことに罪の意識を感じるのである。しかし、今のティクスの体を考えると、正直に話すと危険だ。アリスは、部屋を出ていった。



 フィロッグは、ドルマと街を歩いていた。彼らは今までの冒険で手に入れた金になる宝を換金したのである。火山に行ったときに、様々な値打ち物を手に入れていたからだ。換金した額は、この先の旅も安心できるぐらい多かった。

「少しだけ使って、飲みたいものだな」

 ドルマは金貨で大きくなった、袋を見て言った。

「其れは勘弁して下さいよ。二日酔いはごめんです」

 苦い顔をする魔技。

「分配してから自分の分を使って下さい。そうでないと、皆から怒られますよ」

「年寄りは大事にするものじゃ」

「何処がですか?只単に、しわが増えただけじゃないですか」

「なぬう!!」

 ドルマは、思いっきりフィロッグの足を蹴ろうとしたが、魔技はヒラリとかわした。勢いで転けるドワーフ。フィロッグは吹き出しながら、ドルマが立つのを手伝った。

「今までの私とは違いますよ。鍛錬を怠らなかった証拠です」

「うぐぅ」

 魔技の笑いに、苦い顔をするドワーフであった。

 遠くの方で、見慣れた格好の男がこっちを向いて手を振っている。夏場だと言うのに、黒いコートに灰色のマフラーを巻いているのだ。

「ありゃ黒助じゃ」

「何か用事があるのでしょうか?」

「良いところにいた」

「何じゃ?」

 ふてくされたドルマが、やってきた男に言った。

「何怒っている?まぁいい。此を、アリスに渡してくれ」

 と言って、彼は羊皮紙の手紙をフィロッグに差し出した。

「貴方自身が、直接渡せばいいのでは?」

「いや、其れは、そうも行かないのだ」

 男は、キョロキョロしながら言った。何かに追いかけられているのであろうか?

「はぁ」

「じゃ。頼んだよ凸凹コンビ」

「一寸待って下さい!ダーク・グラス!」

 男は、そのまま人混みの中に消えていった。

「全く、何考えているのか分からん奴だ」

 ドワーフは鼻をならした。

 


 J・Jは今までの仕事の報告を済ませ、宿屋の1階でゆっくり昼食をとっていた。アリスが2階からスカートの姿で現れたのを見て、飲みかけた蜂蜜酒を吹きこぼしそうになった。

「アリス!?」

「何?似合わないの?」

「す、すみません。そう言うわけではありません。貴女がそう言う格好をしているのが珍しくてびっくりしただけです」

「確かに…、そうね。…ここのところ、ずっと冒険や戦い続きだったから…。此処にいる間は此の格好をしたいの」

「…リラックス?ですか」

「そうね」

 J・Jの問いに、彼女は微笑む。

「じゃ、行って来るね」

「何処に?」

 J・Jがそう訊いた。アリスは下を向いてこう答えた。

「義妹の所に……」

「……分かりました」



 ダーク・グラスは、今回ばかり焦りながら走っていった。

「やっかいだ、全く」

 ロドス・カルデラから無事に戻った後、シュバックに行き、有る者から先程の手紙を受け取り、

「王女に渡すよう」

 と頼まれた。その程度の用事ですむはずだった。

 今までの人生で、彼が恐怖する相手など、人間ではいない。そう、人間では。

 此の格好は目立つ。絶対に見つかる。彼はハラハラしながら町を出ようと考えていた。

 しかし、神は其れを許してくれなかった。

「ああ、〈破邪の雷〉よ」

 手で顔を覆い、空を見た。晴れ渡る夏空。日差しが眩しい。

 正面から、イレリア司祭の法衣を着ている18歳位の女性が彼に走り寄って抱きついた。

「ダーク・グラス!!」

「こら!離れろッ!此を他の奴に見られたら!」

「良いじゃない。どうして?」

 彼女は、彼にもたれ掛かるように、腕を組んでいた。通りすがりの人々は、此のほほえましい(?)風景に笑って過ぎ去る。其れは彼は恥ずかしかった。

(勘弁してくれよ~)

 まさか、此の娘が此処にいようとは、思いも寄らなかったのである。

 クローズについたときに、何気なしにイレリア神殿の前を通り過ぎた時、此の娘の気配を感じたのである。寒気が走った事は昔に神に出会った時以来なかった。そのため、本来ならアリスに届けるべきだった手紙を、丁度出会った凸凹コンビに渡して、「瞬間転移」の呪文で切り上げるつもりでいたのである。しかし、町の中での魔法行使は違法なのだ。なので、そのまま町の外に出ようとしたのである。

「久々に会ったのだから、ゆっくりしようよ~」

「そうも行かないのだ。すまん」

 闇エルフは、何とかして組んでいる腕をほどき、そそくさと逃げていった。

「どうしたのよ!?全く!いっつも、何も言わないんだからッ!!」

 娘は、彼の後ろ姿を見ながら、大声で叫んだ。

(ホントにそれどころじゃないんだ。すまんね)

 災難だ。彼はそう思った。

 町の関所で、出る許可を貰い、町の外に出た。近くの木陰に隠れダーク・グラスは瞬間転移を唱えようと思ったが、其の後にやってきた1人の女性を見て、唱えることを止めた。

「アレは、アリスじゃないのか?」

 吟遊詩人はアリスの後をつけるために、別の魔法を唱えることにした。カラスである。

(何故に出ていくのだろう?)

 彼は、一鳴きして飛び立った。



 アリスが行った先は、小さな森の中に寂しく建っている木造りの小屋だった。アリスは其のドアをノックをする。

「誰?」

「私よ、ティクス」

「アリス?」

 ドアが開いた。其処には栗毛の半エルフの女性がいた。

 カラスが、此の小屋の窓にとまり、毛繕いをしている。

「ねぇ。ユーリルは何処に?」

 ティクスは、愛する人のことが気になっていた。彼女のお腹は少し膨らみ始めている。

「あのね。ユーリは…」

 アリスは、下を向きながら何かを言おうとした。

「あ、又喧嘩したの?そして、出ていった?」

 ティクスが困ったようなほほえみを見せた。

「え?」

「しょうがないね。あの人。自分の都合が悪いと何時もそうだしね」

「う…うん」

「でも、又帰ってくるよね。ひょこっと何も無かったような顔して帰ってくるよね?」

 彼女は笑っているが、寂しそうな顔をしていた。

「そ、そうね」

「義姉さん、剣見つかったの?」

「見つかったよ。ちゃんと」

「良かった」

 アリスの答えに、ティクスはホッと胸をなで下ろした。

「又、もう一つの部分を探すの。多分数日後に此処を出るわ」

 と、言って、アリスは妹を抱きしめた。

「元気な赤ちゃんを産むのよ」

「うん」

「じゃ、落ち着いたら又来るね」

 アリスは、ティクスから離れ、小屋から出た。

(ごめんなさい。ティクス)

 小屋から出た、アリスは涙を拭きながら、走っていった。カラスも其れを追ってみようかと思ったが、小屋の中で、泣き声がしていた。

「うあああっ!!ユーリルッ!!」

 泣いているのはティクスである。

 カラスは、何か考えているかの様に首を動かしていた。そのすぐ、カラスは飛び立った。


 アリスは、近くの木にもたれ掛かった。本当のことが言えなかった。罪悪感で胸がいっぱいだった。しかし、あれで良かったのであろうか。そう彼女は自問自答していた。しかし、結局答えが見つからなかった。

 木の上に、カラスが1羽、止まって鳴いている。

「何とかする方法は有ります」

 不意に、何処かで聞いた声がした。アリスは、周りを見渡す。

 何処からともなく、金髪で、金色の瞳の少年が現れた。

「バフォード?」

 カラスは、慌てふためくように鳴いて、そして飛び立った。

「貴女の弟が亡くなったことはお悔やみします。しかし、彼を復活させる方法は無い訳ではありません」

「!!?」

「第九階位秘術呪文『請願』です。其れが有れば、状況を覆すほどの効果を持ちます。しかし、使い方次第で逆効果になるかなり危険なものです。其れが出来る機会も滅多にありません。其れと、」

「其れと?」

 アリスは、続きを待った。

「弟の形見は決して、無くさないように。壊さないようにね」

「分かりました」

「私は、此で失礼します。常に監視をしておかないと、破壊神がまた良からぬ事を考えている様ですし」

 少年は、お辞儀をして、立ち去った。

「『請願』…」

 アリスは、急いで町に戻っていった。

 カラスは、一鳴きして飛び去った。

(…去年も今年も、神にばっかり遭ってるな。何かあるのか?)


 レオノアは、墓地にいた。夏の花束を持って。彼女は1つの墓標に近づいた。此処には、かつての戦友が眠っている。否、戦友でもあり、恋人だった、傭兵。様々な戦で、互いに励まし合って生き抜いてきた。しかし、レイガースとの戦いにより、戦友は彼女を庇って死んでしまったのだ。彼女以外では、彼の身元を知る者はいない。しかし、誰かが彼の墓に花束を置いていた。

「一体誰が?」

「貴女だけじゃなくってよ。レオノア」

「ジャクリーン……」

 戦友「槍使い」のジャクリーンだった。後ろに担いでいる大きな槍が印象的である。

「久々に、近くに寄ったの。そしたら彼の墓が有るじゃない。吃驚しちゃった。貴女が?」

 ジャクリーンは、レオノアに訊いた。

「ええ…」

「仲が良かったもんね」

「…そうね。ジャクリーン…、調子はどう?」

「今はフリーよ」

「そう…」

「そう言う貴女は?」

「わたし?私は今、一寸大事な冒険を続けているわ。とっても」

「ふ~ん。深いことまでは聞かない」

「久々に会えたんだし、お酒でも飲みに行く?」

「良いよ」

「あ、一寸待って」

 レオノアが、水袋を取り出し、栓を抜いて、其れを墓にかけた。

「貴方の好きな、ロック産のお酒よ…」

「まだ、忘れられないのね…。でも」

 ジャクリーンが、そう言いかけたとき、

「分かってる!分かっているわよ!戦い続けて手は汚れ、人の血も浴びたわ!でも、此の気持ちを失うわけにはいかない…人として…、ね」

「……」

「行きましょう」

 レオノアは、戦友と共に墓場を去った。



 夕方近くの酒場にて。

 アリスは、ドルマから手紙を受け取った。其れをアリスは読んでみる。


 アリス王女へ

 私はシュバックに住んでいるアインと言うものだ。貴女は今、【大剣】を探していると、【英雄の友】ダーク・グラスから聞いている。私がもう一つの破片を持っているので、受け取りに来られたし。但し、貴女の統治者としての素質を確かめたい。もし、器として不十分だった場合、渡すわけにはいかない。

 シュバックで待っている。


 ~アイン~


「シュバックにあるのね…明日にでも行きましょうか?」

 アリスはそう言った。

「うむ。しかし、レオノアがいないのう」

「何処に行ったのかわからない?」

 アリスはドルマに訊いた

「…墓参り…そうだ、墓参りだ」

 ドルマが思い出したように答えた。

「奴の冬の日課は、何時も「戦友」の墓参りじゃったな。魔技よ」

「そうですね。暫くそっとしておきましょう」

「…帰ってくるまで、待ちますか」

 アリスは手紙をしまい、そう言った。反対する者はいなかった。



「ただいま~」

 夜遅くにレオノアがジャクリーンと帰ってきた。かなり酔っぱらっている。ジャクリーンの手から離れ手歩き始めるが、足元がふらついており、危うく躓きかけるところを、一階で待っていたドルマとJ・Jが支えた。

「どうした?そんなに酔って…?」

「ん~、昔の懐かし~い友達に会っちゃってさ~」

「おいおい、大丈夫かよ」

 皆で彼女を椅子に座らせ、念のために用意していた湯冷ましを持ってきた。

「すまんの、あんたは昔の仲間と言ったが?」

 ドワーフは、連れの女に訊いた。

「あたしは、ジャクリーンよ、ビアダルさん。名前は…確か…ドルマって言うのでしょ?」

 彼女は少し酔っているだけで、すんなりと答えてくれた。

「そうじゃが、聞いたのか」

「そうよ、飲んでいるときに。それじゃ、レオノアのことお願いするわね。あたしはこれから宿に戻るから」

「しかし、女の一人歩きは危険じゃよ」

 ドルマはジャクリーンを呼び止めた。

「大丈夫よ、此の筋から数ヤードしか離れてないし。心配してくれてありがと」

 彼女は、手を振って外に出た。

 レオノアは、そのまま突っ伏して寝ていた。

「明日は二日酔い確定じゃな、こいつは…」

 ドルマは溜息をついた。

「解毒しないのか?」

「いやじゃ。アルコールごときに大事な「祈り」など使えるか。レオノアを運ぶぞ、手伝え」

「こんな事も有ろうかと、担架も用意している」

 J・Jは、テーブルの下から折り畳んでいる担架を取り出した。ドルマはそれを見て、大笑いした。J・Jもつられて笑ってしまう。2人は、彼女を部屋に運んでいった。

 朝、案の定、レオノアは二日酔いで頭を痛めていた。



 ダーク・グラスはアインの家に辿り着いていた。今回はごく普通にアルティーナが出迎えてくれる。何故かニコニコしており、彼は不気味にさえ感じた。

「どうした? 気味が悪いぞ。俺と会うときは、いつもしかめっ面しているのに?」

「ん? 何でもないわよ~」

「まあ、いい……。アインは何処にいる?」

 じと目で、この特殊なハーフエルフは黒髪のエルフに尋ねた。

「奥の方よ」

 アルティーナはニコニコしながら、奥の扉を指さした。ダーク・グラスが扉を開けその先の部屋に入っていくときに、アルティーナは、小声でこういった。

「貴方も隅に置けないわね」

 と、クスクスと笑っていた。

「み……見たのか……?」

 彼は、かなり動揺している。

「しっかりと、此の目で。滑稽だったわ」

「あいつが居ると、調子狂うだけだ…」

 彼はそのまま部屋に入った。

「からかうネタが出来たので嬉しいんだろう……」

 アインの一声も、これだった。吟遊詩人は、うなだれる。

「ま、そんなことは今のところ別にいい。其れに、お前が誰が好きかなんて、俺は興味ない」

「お前が、今とても素晴らしい奴だと初めて思った…」

 ダーク・グラスは彼の手を両手で掴み、涙目でそう言った。

「一言多いぞ……」

「冗句は其れぐらいにして、例の手紙は渡した。…といっても、アルティーナが確認したのだろうが…。今のシュバックの状況は最悪のようだな…?」

 近くの椅子に座り、腕を組んでアインに尋ねた。

「此の地域が平和になってから、神官達やセーヴィル達のお陰で安定はしていたが、去年に来た監察官に変わった時からおかしくなってしまった。重税、重労働。ハーレム……。今でも、監察官の独裁が続いている…」

「ファザム達も手をこまねいている…。あまり大事にはしたくないのが現状だ…。今、兵力などを此方に向かわせることが出来ない事と、仮に向かわせたとしても其の行為に全くの利益がないと言う事だ」

 リクニアでの会議を知っている限りのことを話した。

「王女が、統治者の器があるかを見極めるにはもってこいの状況だ…」

 アインは、アルティーナが持ってきた果物酒を飲みながら言った。

「試すのか?」

 ダークグラスも、差し出された蜂蜜酒を飲んだ。

「当たり前だ〈見定める者〉として……」

 アインは真剣な顔つきで答えた。


 アリス達は馬の足を使い、クローズから一路シュバックに向かっていた。これと言って大きな事故もなく、ロックに辿り着き、馬を交換するために1日休憩する。それから数日後に、シュバックに辿り着いた。

 門は堅く閉ざされており、品の悪い顔つきの門番が此方を見てへらへらと笑っていた。

「これは旅の方々……。手形はお持ちで?」

 アリスは堂々と、通行手形を見せた。

「ふむ……、確かに……しかし」

「何か足りないの?」

「此処に入るには税がとられるようになっておりましてね……」

「何ですって!そんなことは聞いてないわよ!其れに去年は手形だけで大丈夫だったわよ!」

 レオノアは、驚きあまり叫んだ。

「それは、昔のことでしょう?まさか……お金が払えない?なら、無理ですね」

「此処には用があるのです。仕方有りません…払います。幾らですか?」

 アリスは、冷静に尋ねた。

「1人金貨5枚ですかね。ひっひっひっ」

「……交通税にしては高くない? まあいいわ、払いましょう……」

「アリス…」

 レオノアは、アリスを見た。アリスは首を横に振り、門番に金貨25枚渡した。

「ひーふーみー…良いでしょう」

 門番は、上の兵に合図を送り、門を開けさせた。

「……此処まで酷くなっているとは…。どうしてファザム卿は何もしないのだろう…?」

 レオノアの不満のつぶやきに、J・Jが気付いて近寄ってきた。

「各領主は、私益だけ求めている事もあり得るが、此の地域に重要な物資はない。しかし、ここから南にある広大で肥沃な大地があって、殆どの貴族達は其れを欲している。安全な作物のルートは此処にしかないがラルス卿は其れを取り損ねてしまい、ロイエンタール卿に奪われてしまっている。管轄的に手が出せないのさ。さらに、『南』には『北』を快く思っていない領主達がうじゃうじゃ居る」

 と、耳元でささやいた…。

「何故そんなことを……?」

「忘れたかい?『情報部』だぜ俺は。もう“用無し”になってるかも知れないが。定時報告してないからなぁ」

 と、彼はぼやいた。


 宿を見つけ、ひとまず休憩をとる。周りはかなり寂れており、活気がない。マスターも元気が無く、店にも人はいなかった。それよりも、此処まで通ってきたときに若い女性の姿は一切見ていない。

「珍しい。もう此の町には入ってくる人間は特定の団体しか居ないと思ってました」

 食事を持ってきた、主人がそう言った。

「どういう事じゃ?」

「此処で優遇されているのは、南の行商人…と監察官ガルシアの息のかかった者ぐらいですよ。ガルシアはいつの間にか南の領主と結託し、北の貴族達に睨みを効かしている噂も」

 と、彼は小声で話した。

「ロディスも飼い犬に噛まれたわけか」

 と、J・Jは呟いた…。

「いまは、領主の館はハーレムですよ。若い女性は外に出ることが出来ないのです。税が重くて、払えないところは重労働させられるか、娘達を連れていかれたのです。旅の方もお気をつけなさい…。明日には早く出ることをお勧めします」

 宿屋の主人はそう言って、その場を離れた。

「状況はかなり深刻のようね……」

 アリスは、ミルクの入った木のコップをとってつぶやく。ドルマもコップを見つめ、納得した。

「うむ。酒もない。これは酷いな」


 


 レオノアとJ・Jは、領主の屋敷を訪れた。高さ50フィートの壁がそびえ立ち、門は堅く閉ざされている。そして、門番が5人ほど守っている。2人が近づくと、怖い顔をした門番が、怒鳴った。

「なんだぁ?貴様等は?ここは偉大なるガルシア様のお屋敷だぞ…あっち行った」

「あのう…此処の監察官ガルシア様にお目通りをお願いしたいのですが…」

 レオノアが恐る恐る言った。

「あの方は今はお忙しい!!明日にするんだな!」

 と、言われ、追い払われた。

「やはり、門前払いか」

 門から離れた後、J・Jが、

「俺が忍び込んで中を見てくる」

 と、言った。


 深夜。

「実際どういう状況かを把握しないとな」

 J・Jは透明化の指輪をはめて、黒い服装に身を包み、領主の館に向かった。高さは50フィート程の石造りの城壁が立ちはだかる。しかし、彼は小さなフックを付けた黒く染めたロープを引っかけて、ゆっくりと音を立てずに登っていった。頂上にたどり着いたときに、周りを見渡す。近くの見張り塔と、目の前にある大きな2階建ての屋敷以外明かりは灯っていない。城壁から其の屋敷までの距離は30フィート、近くにある2階の窓にねらいを定め、もう一つのフック付きロープを投げた。引っかかるが、その際に大きな音がしてしまった。彼は息を殺す。丁度、下には見張りの兵が巡回していたが、気がついていない様だ。J・Jはホッとする。そして、ロープに片足を引っかけ、ロープを伝っていった。

 窓に着く。不用心にも鍵がかかっていなかった。彼はそのまま中に入り、忍び足で進み続けた。

 声がする。笑い声だ。

 彼は、其の先が明るくなっているのに気がつき、透明化の指輪を発動させた。

 扉が少し開いており、其処から明かりがこぼれている。見張りも居ない。そして、品のない笑い声が聞こえてくる。J・Jは其処から聞き耳を立てた。

「あの女は良かったな~」

「天国だったぜぇ」

「ああ、あの人について行って良かったよ。こんなに美味しい仕事にあり就けるなんてさ」

「ロイエンタールの所だと、ぎこちなくて苦しかったし。此処は気楽で良いや。やりたい放題だよ」

(宿舎か)

 J・Jは先を急いだ。

 奥の方まで進み、領主の寝室まで近づいた。見張りが数人居る。しかし、不真面目らしくて、居眠りをしている。J・Jは、隣の部屋に入り、窓から壁伝いに様子を見ようと考えた。運良く、鍵のかかっていない扉を見つけて中に入る。そして、窓から寝室を覗いた。明かりが灯っており、叫び声と笑い声がする。

(何て事だ…)

 ベッドで太った男に、裸の女性が無理矢理抱かれている姿を見た。其の周りでは、他の男達も嫌がる女性達を追い回している。その中には、半エルフやエルフもいた。彼女たちは涙を流していた。

(良くもまぁ…のうのうと遊んでやがる…)

 J・Jは怒りを通り越し、呆れ返ってしまった。

「監察官!」

 ノックの音がする。

「何だ?」

 太った男が、返答した。

(こいつが監察官か…)

「今日の午後、お目通りを願っていた者がいましたが追っ払いましたのですが…」

「んー其れがどうした?」

「…其れがかなりの女性がおりまして…」

「ばかもん!何故早く連絡しない!」

 男は怒鳴った。

「は、申し訳有りません!」

(こいつ……単なるバカだよ……。こいつを派遣したロイエンタールは何を考えていたのだ?)

 J・Jは、そのまま壁伝いで、戻っていった。


 朝に、彼が見たことをアリス達に話した。

「絶対に許せない!」

 強くテーブルを叩いて、アリスが怒った。

「多分、おべっかを使ったか、もしくは弱みにつけ込んで、あの地位を得たと考えるべきでしょう」

 フィロッグが言った

「何の弱み?」

 レオノアが尋ねた。

「其処までは分かりませんよ」

「今すぐ、私が参ります!」

「熱くならない方が」

 J・Jがなだめる。

「此処の治安を良くしない限り、本当の平和が有りません。今から参りましょう……」

「落ち着いて下さい」

 不意に声がした。皆は其の方を向く。

 1人の女性エルフが立っていた。黒髪がとても美しい。彼女は、恭しく頭を下げた。

「私は、アインに仕える者、アルティーナです。アインがあなた様をお待ちです」

「あ……」

 アリスは当初の目的を忘れるところであった。アインに会いに来たのである。恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。アルティーナは微笑んで、

「此の姿を見て、私は少し安心しました」

「どう言うことです?」

「それは、アイン本人から話を聞いてみる事が良いでしょう、アリスさん一緒に来て下さい。ただし、監察官達に見つかると危ないですから、貴女1人で…」

「分かりました…」

「いきなり現れて、信用は出来ない」

 J・Jは反論した。

「此の状況からして私が監察官の手の者と思いますか?其れにあの監察官なら手の込んだだまし討ちなどしないですよ」

「……」

「信用します。連れていって下さい」


 路地裏に入り、アインの住まう家に着いた。異臭は相変わらず漂っている。

「隠れ家的に使っているので、周りは汚いですが中は奇麗ですよ」

 と、エルフはドアを開けた。其の部屋には、アインが布包みをテーブルに置いて座って待っていた。

「お待ちしておりました、アリス王女」

 彼は立って、恭しく頭を下げた。

「初めまして、アリスです」

「早速だが、【大剣】の片割れを貴女に譲る件についてお話を。今のシュバックの状況を快くは思っていないはず。民を苦しめ、己の利益のみを追求している愚かな人間を野放しには出来ないでしょう。そして、何故他の領主達が手出しできないか……? それは、今の監察官は『南』の領主達と結託しており、ロイエンタールを脅しているからだ。いま、『南』の軍勢が襲いかかってきたら、ひとたまりもない。向こうは、チェル帝の武具も密輸していて、戦力は計り知れない。監察官が『南』を上手く説得している様に見える為に、動乱が起こらずに済んでいる…。しかし、王女が健在と言う知らせを受けて、此の均衡も危うい状態だ…。その為に、監察官を『王』としての器で倒して貰いたい…そうすれば【大剣】の片割れを譲りましょう」

 アインは、テーブルに置いている布包みを指さした。

「分かりました」

 アリスは首を縦に振った。


 正午。

 アリスはドルマとフィロッグ、レオノアを連れて屋敷の門に立っていた。アリスは、正装の鎧を着込んでいる。仲間は3歩後ろに立っている。アリスは、紋章をかざし叫んだ。

「私は、リクニア王女アリス・リクニア!監察官ガルシア殿と談話したい!開門されよ!」

 怒り顔の門番も、其の紋章を見て、慌てふためきラッパを吹いた。

「王女様がお目見えです!」

「何ぃ??!!ゲホッゲホッ」

 食事中に、やってきたので飲みかけたワインを鼻から吹き出してガルシアが叫んだ。

「何時の間に来たんだ?儂のやってることがどうして伝わったんだ?」

 彼は驚きを隠せないでいる。

「これは、やばいぞ。今、王女が健在だと分かると……『南』にとって儂は用無しになる…。ああ、恐ろしい。王女のまえでは『南』は動かん……どうしたら」

 側近の1人が、耳元で助言した。

「『偽物』として殺すしかないですよ……」

「やはり……」


 J・Jは、別行動を起こし、屋敷の裏側に向かっていた。そこで、見慣れぬエルフを目撃する。アルティーナも一緒だった。

「あんたがアイン?」

 すこし、間合いをとってJ・Jは尋ねた。

「そうだ。情報部」

「……」

「すでに反乱分子は動き出している。あとは、彼女がどう導くかで見定める」

「反乱分子がいれば何故、あんたや此処の力有る者が先導してのっとらないのだ?」

 J・Jはアインに尋ねた。

「分かって訊いているだろ?」

「……」

「人質を取られているし、仮に解放しても、『南』の領主達が一斉に襲いかかる可能性が高い。また、そうしたことをすれば、『北』も不本意ながら反逆の徒として、進軍してくる。そうしたら戦だ。カリスマ性の高い人間に《救世主》として任せるしかないのだ」

 周りには、怒りが爆発寸前の住民が集まっていた。殺気を感じる。

 半エルフは、不安を感じた。


 中庭に、アリス達が待たされていた。物々しい雰囲気に包まれる。

「ようこそいらっしゃいました」

 ガルシアが、15人もの衛兵を連れて現れた。

「ガルシア、貴殿の悪名を聞き、此処まで来ました。今なら間に合います、皆の者に謝罪し、今の政策・重税を取り消しなさい。そして、此処から立ち退き法に裁かれるのです」

 アリスは此の肥え太った男を睨み付けて言った。

「其れは出来ませんね。わたしは、『北』と『南』の均衡をとるという大事な仕事をしております。今まで、大きな争いを起こっていないのはわたしのお陰です。わたしは其れ相応の報酬を得ているのですよ」

「其れの何処が報酬か!!只の私利私欲に駆られた暴挙!」

 アリスは激怒して、叫んだ。

「分かってないですね、貴女は……。こんな『辺境』に来たら『王女』も『領主』も関係ないのですよ!此処で死んだらあんたは只の『王女』を騙った偽物なのです!死んで貰いましょうか!」

「愚かな!其処までして、富を貪るか!」

 15人の兵が、アリス達を取り囲んだ。

「こいつらは、偽物だ!殺せ!」

 兵士達は槍を使って、突撃してくる。

 しかし、一般兵故、死線をくぐり抜けたアリス達の敵ではなかった。全ての兵は、剣の平で気絶させられる。残るは側近達と、ガルシアのみとなった。

「馬鹿なっ! そんなに強いのか……」

 ガルシアは、護身用の短剣を震えながら構えている。側近達は、戦意を喪失し武器を落とす。

「お前が馬鹿なだけだ」

 ドワーフが言った。

 アリスはガルシアに詰め寄り、右の拳で思いっきり彼の顔面を殴りつけた。ガルシアは吹っ飛び鼻の骨が折れて鼻血を出し、激痛で叫ぶ。

「貴様を今此処で殺すことは簡単だ。しかし、其れでは民を本当に救うことにはならない。法の下に罪を償いなさい!」

 アリスは叫んだ。息が荒く、肩で息をしている。

 丁度そのころに、周りが騒がしくなった。

「何が起こったの?」

 レオノアが不安を抱えて言う。

「もしかして、暴動」

 民の怒号が、屋敷を埋め尽くす。兵士は、撲殺され、建物は破壊されていく。そして、殺気だった民衆は中庭にいるガルシアに向けられて行った。

「止めないと!」

 アリスは彼を庇うように立ちはだかり、民衆を止めた。

「止めなさい!もう、苦しまなくても良いのです!無駄に戦わなくても良いのです!」

「騎士様どいてくれ!こいつのお陰で、俺達は苦汁を飲まされ続けていたんだ。殺さないと気が済まん!」

「庇うのか! あんたも仲間か!」

「違います! ガルシアの悪行を止めに来たのです!」

「じゃあ、其処をのいてくれ!奴を殺すんだ!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 彼らの殺気は、頂点まで達しており、アリスも圧倒された。

(これが不満を爆発した時の怒り、悲しみ……)

 その時…、

「五月蝿いよ! あんた達!」

 叫んだのは、レオノアだった。其れに民衆が黙る。

「今、片が付いたと言っただろう!!大人しく離れろ!」

「レオノア」

「アリスもアリスよ! これから人の上に立つ者なのに、怯んじゃって。先が不安になるわ!」

 レオノアは、アリスに向かって怒鳴った。

 ドルマは、ロープでガルシアを縛り付けていた。

 民衆は、アリス達を避けるように道をあけた。そこをアリス達は進む。

 そして、屋敷の外に出たときに、目の前に布包みを持ったアインが待っていた。其の隣にJ・Jがいる。

「80点だが……まあいいだろう」

「厳しい採点だ」

 情報部が呟いた。

「期待は高いと言えばいいのか? そうもいかんぞ困難な道が待っているのだから」

 アインは、アリスに近づいて布包みを渡した。

「約束の品だ。もうそろそろファザムからの軍が来るだろう。君の知っている黒い奴がすでに知らせているはずだから」

「ありがとう」

「人間の国は人間が立て直すことが当たり前だからな…。わたしがこれを持っていても仕方がない。がんばれよ」

 そして、アインは後ろを振り向き、その場を立ち去った。

 入れ替わる様に1個小隊ほどのファザム軍が到着した。



 知らせを受けたロイエンタールは愕然とした。彼は力無く項垂れてしまう。

「儂の汚点が、よりによって王女に片付けられるとは。何て言うことだ」

 此の事件を発端に、彼は殆どの政を執政に任せることになり、彼自身はメルディアに戻った。

(見ておれ…、今度こそ…)

 十数日後、裁判の判決でガルシアは公開処刑されることなった。其れに反して、『南』は動くことはなかった。


 それから数週間後……。

 正午のクローズの公園に、女司祭の膝枕で日向ぼっこをしている、黒いコートの吟遊詩人がいた。

「やはりね、目立つよ其の格好、」

「前にも言っただろう……一張羅だって」

「でも、忙しいのね」

「あー、まあな。北と南を言ったり来たり。一応吟遊詩人なのに、郵便屋さんだよ、長距離配達は御免被りたい」

「ゆっくりすればいいのに」

「そうはいかないさ。未だ詰めの仕事が残っている。其れに戦い続ける者を手助けするのが生き甲斐でもあるのさ」

 吟遊詩人は起きあがり、すぐに〈瞬間転移〉をして姿を消した。

「バカ」

 彼女は、ふくれっ面をしていた。

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