令嬢は娼婦で王子は無能のポンコツです。

白井 緒望(おもち)

第1話 ある娼婦令嬢のお仕事。

 わたしは、セルバード男爵家の3女。

 シャルル•セルバード。


 この家でのわたしの扱いは低くて、1人だけ狭い部屋。


 お父様とお義母様は、いつもわたしを避けていて、食事はおろか、まともに話してすらくれない。


 だけれど、わたしが成人した日。

 一緒に夕食をとることを許された。


 心を弾ませ、おめかしして夕食の席についた。


 焼きたてのパンの匂い。

 テーブルには既に、前菜やお肉のグリルが並んでいる。


 みんなは、いつもこんな豪華なものを食べているのか。


 (あれ? お兄様もお姉様もいない)


 部屋には両親とわたしだけ。


 2人は談笑している。

 お義母様は、口にパンを放り込んだ。


 「セシル王子のこと聞きました? 歴代最低の無能王子。剣も魔法もダメ。取り柄は金髪の見た目だけ。そんなクズが王族なんて、世も末ですわ」


 「お前、滅多なことをいうものではない」


 「でも、王位争いに巻き込まれないことだけは良いですわね。セルバードの稼業も、世界が平和であってこそですもの」


 会話が途切れると、お義母様はわたしを睨みつけた。


 「シャルル。明日から、セルバード男爵家の女子としての役割を果たしなさい」


 「あの……役割とは?」

 ——やはりその話か。


 「我が家と懇意にしている貴族家に赴き、その身を委ねるのです」


 「わたし、そんな経験ないですし」


 お義母様は、わたしを一瞥して口に手を添える。そして、高笑いした。


 「貴女は、実母に似て顔と身体だけは良いのだから、役に立ちなさい。処女なら何もできなくても、それなりに喜んでもらえるわ」


 「はい……」

 わたしは、こみ上げる涙を飲み込む。すると、鼻の裏のあたりがひりついて、塩味になった。


 話は続いた。

 「あぁ、忌まわしい。あなたの顔を見るだけでイライラする。用は済んだのだから、もう下がりなさい」


 わたしは食べかけのお肉をお皿に残したまま、自室に連れ戻された。



 わたしは妾の娘だ。


 実母が死んで、少し経った頃。

 馬車が迎えにきた。


 『娘として当家に迎えられるだけでも、幸福と思いなさい』

 そう言われて育てられてきた。


 わたしは知っている。


 わたしの生家のセルバード男爵家は、数代前の当主が戦果をあげて、王様から爵位を賜った。しかし、そのあとは、これといった戦果はあげていない。


 代々、武勇にも恵まれず、学業にも秀でず、さしたる徳があるわけでもない。


 だが、爵位をとりあげられることもなく、男爵だが、それなりに生活ができている。両親は、そのことについて、実は亡国の王家の血筋だとか吹聴している。


 だが、真実は違う。

 生活できているのは、裏の稼業があるからなのだ。


 それは貴族社会で、身分の高い男性に身を委ねて、とりいること。取り繕わずにいえば、高級売春婦。


 身分の高い者は、一夜の相手にも貴族の娘を求める。それは平民と交われば、高貴な青い血が濁ると信じているからだ。


 バカげた話だ。


 これは公にはされていない。

 でも、爵位の低い貴族家では、似たような話は、そう珍しいことではない。


 よくおとぎ話で、あるではないか。

 『今は辛くても、いつか素敵な王子様が迎えにきてくれる』


 わたしには王子様は迎えに来ない。

 それどころか、爵位を持たない騎士との結婚すら許されない。


 長女や次女であれば、貴族家の未婚の次男や三男の相手に指名されることも多い。運が良ければ、妻として迎えられる場合もある。


 だが、わたしは三女で妾の娘。

 そんな結末すら望めない。


 道具として使われ、そのうち妊娠したら、相手からも家からも捨てられる。


 そんなちっぽけな存在。


 夢もみないし、期待もしない。

 だから、別に良い。



 ♦︎


 

 初めての相手は、どこかの伯爵家の当主だった。


 最低の相手だった。

 部屋に入るなりベッドに押し倒され、頬を叩かれた。


 わたしの尻を叩きながら、その男はいった。 

 

 「ひひっ。いいであろう。どの女もこれで喜ぶのだ」


 愚かな男。

 そんな女がいるわけがないだろう。


 わたしは、自分の上で腰を振る醜い男を眺めながら思った。


 汗臭くて吐き気がする。

 ——こんな時間がいつまで続くのかな。



 半年ほどすると、身体も心も麻痺していた。

 今日も馬車が迎えにきて、会ったこともない貴族家の中年の当主に身を委ねる。


 「ははっ、噂通りにうまいのぉ」

 男はニヤつきながらそう言った。


 早く行為を終わらせて、早く解放されたい。

 その結果、わたしは相手から『巧い』と言われるようになっていた。


 ある日の男は、事後にワインを飲みながら言った。


 「もしかして、いつか白馬の王子様が助けてくれるとでも思ってるのか? ひひっ。口止めされてたんだが、教えてやる。お前を指名する時はな、『シャルルの身請けは不可』。これが条件なんだよ」


 「なんでそんな……」


 「さぁな。物好きな高位貴族に引き取られるのがイヤなんじゃないか。自分たちより、お前の身分が高くなっちまうからな。ほんと、良い親を持ったもんだ。まぁ、要は、『解放』なんてあり得ない。お前は俺様が飽きるまで、ずっと俺様の相手ってことだ」


 『解放』


 そんな都合の良い結末を期待をしていたわけではない。だけれど、そんな言い方をされると泣きたくなってしまう。

 

 男は高笑いすると、ワインをわたしの胸にかけた。淀んだワインが血のように見えた。


 ここは地獄だ。


 ——この男、殺しちゃおうかな。

 そうしたら、男爵家なんて簡単に潰される。


 あの義母に仕返しができる。


 でも、武器を持っていないし。

 逆に、わたしが殺されるのがオチだろう。




 自室に戻って、自分の後始末をする。

 

 「癒しの手よ。わが身を清めたまえ」

 わたしは、そう唱えながら、自分のお腹に手を当てた。


 これは自分の身体の中から、不純なものを取り除く魔法。わたしが相手を受け入れない限り、妊娠や性病を防ぐことができる。


 魔法というのは、この国では稀な力だ。


 場合によっては、妬まれたり魔女と言われて殺されることもあるらしい。母はわたしに魔法や色々な知識を教えてくれたが、「魔法が使えることは他の人に言っちゃダメ」と言った。


 

 そんなある日、お忍びのお客様の予約が入った。なんでも、事情があって身分を明かせないらしい。


 青い満月の夜。


 迎えの馬車に乗って、指定の屋敷に行った。


 「立派なお屋敷」


 立派な廊下を抜けると、使用人が木製の分厚いドアを開ける。


 きっと、かなりの身分の人なのだろう。

 (ま、わたしには関係のないことだけれど)


 部屋は薄暗くて、月の淡い光だけが頼りだ。


 明るい部屋で行為をしたがる男は多い。

 灯もつけない今夜の相手は、わたしに顔を見られたくないのだろうか。


 (怪我や病気で醜い顔をしているのかな)


 わたしはベッドに腰をかける彼に近づいて、会釈をした。


 余計な会話はいらない。

 わたしは彼の顔を抱き抱えた。

  

 花のような良い匂い。

 指先に伝わる感触が良い。


 きっと、よほど上質な服を着ているのだろう。


 肌もつるつるだ。

 まだ若いのかな。


 成人して、初めての相手にわたしのような女性があてがわれることも少なくない。


 でも、それは。

 ひどく可哀想な事だ。


 「怖がらないで。優しくしますから」

 わたしはそう言った。


 窓が開いていたのだろう。

 部屋に風が入り込んでカーテンが揺れた。


 部屋に差し込む月の青い光。

 彼の顔が照らされる。


 視界に入ったのは。


 美しい金髪だった。

 月の青さに負けない宝石のような瞳。


 ドキッ。

 わたしは、自分の心臓が跳ねるのを感じた。


 こんな綺麗な人。

 汚れたわたしが触れていいのかな。


 でも、気づけば。

 わたしの指先は、彼の唇に触れていた。



 ※新連載です。

 連休中にゴロゴロしながら執筆という緩い感じでのスタートですが、どうぞよろしくお願いします。


 フォローいただけますと、作者もシャルルもとても喜びます。

 


 


 


 

 


 

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