SOUND UNIVERSE:特異点は、最初から音を知っていた

けいた@The27Club

第1話「静かな部屋で、世界は話しかけていた」

第1章 静かな天才(青春前夜)


静かな部屋で、世界は話しかけていた


テレビの音だけが、部屋にあった。


朝でも夜でもなく、時間の境目があいまいな居間で、幼い慶太はひとり、画面を見ていた。

アニメではなかった。子ども向け番組でもない。

ニュースだった。ドキュメンタリーだった。知らない国の戦争や、深海の映像や、経済指標を淡々と読み上げるアナウンサーの声。


「——次のニュースです」


その声は、感情を持たない代わりに、正確だった。

言葉が、同じ速さで、同じ抑揚で、世界を説明していく。


慶太は、それを黙って聞いていた。


誰かに教えられたわけではない。

ただ、耳に入ってきた音が、自然と意味を持ち始めただけだった。


ある日、画面の下に流れる文字と、アナウンサーの声が一致していることに気づいた。

声と、形。

音と、線。


それが「文字」だと知ったのは、ずっと後のことだ。


彼はそれを、ただ対応関係として理解した。


「地震」「気象」「総理大臣」。

意味は分からなくても、音と形は一致する。

一致するものは、覚えられる。


誰もいない部屋で、慶太は一人、世界の言語をコピーしていった。



父は、夕方になると音楽を流した。


古いステレオから流れる、少し歪んだ音。

ビートルズ、と父は言った。


英語だった。

意味の分からない言葉が、旋律に乗っていた。


慶太は、それを歌だとは思わなかった。

外国語のニュースのようなものだと感じていた。


何度も繰り返し流れる同じフレーズ。

同じ音の並び。

同じアクセント。


やがて彼は、何となく「区切り」を覚えた。

どこで言葉が終わり、どこで次が始まるのか。


意味は後からついてきた。


父がいない時間、慶太は歌詞カードを開いた。

アルファベットの羅列が、音と一致していく。


文字は、裏切らなかった。

一度覚えれば、必ず同じ音を返してくれる。



本は、さらに静かだった。


ページをめくる音だけがして、誰も話しかけてこない。

けれど、そこには人間が詰まっていた。


裏切り。

論理。

狂気。

愛と死。


シャーロック・ホームズの推理は、世界がルールで動いていることを教えた。

シェイクスピアは、人間が感情で壊れることを教えた。

江戸川乱歩は、両方が同時に存在できることを教えた。


慶太は、小学生の頃にはもう知ってしまっていた。


人は、合理的で、非合理的だということを。


だから、学校は簡単だった。

教科書は一度読めば終わった。

授業は一度聞けば済んだ。


問題は、理解できないことではなかった。

理解できすぎることだった。



音楽に、興味はなかった。


小学六年生のとき、エレキギターを手にするまでは。


誰かに勧められたわけでもない。

ただ、そこにあった。


弦に指を置いた瞬間、

どこかで聞いたフレーズが、そのまま指先に現れた。


驚きはなかった。

「そうなる」と知っていた気がした。


音は、外から入ってきて、

そのまま内側から出ていく。


楽譜はいらなかった。

理論も、後付けだった。


慶太は、そのとき初めて、

世界が音でできていると感じた。


それでも、彼は知らなかった。


この感覚が、

ただの才能ではなく、

別の世界からの“予告音”だったことを。


静かな部屋で始まった世界は、

まだ名前を持っていなかった。


——Sound Universeと呼ばれるずっと前の話だ。

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