ぐにゃ、ぐにゃ

丁山 因

ぐにゃ、ぐにゃ

 寺の息子で実家を継いだ僧侶の幼馴染みがいる。

 そいつとこの前飲んだ時に、こんな話を聞かせてくれた。


「俺さ、寺に生まれただけで、霊感なんて本当に無いんだよ」


 前置きとしては妙だったが、続く話を聞いて、なんとなく察しはついた。


「でも中高の頃、やたら女子に相談されてさ。霊が見えたとか、変なものを見たとか」


 自慢話かと思ったが、正直言ってこいつはモテるタイプじゃない。背は高いが、昔から食うのが好きで、ずっとぽっちゃり……いや、はっきり言えばデブだ。二十年以上の付き合いだが、腹筋を拝んだ記憶は一度もない。


「『昨日お風呂で小さいおじさん見たんだけど、どう思う?』とかさ。知らねーよって話なんだけど、真面目な顔で聞いてやるだけで、すげえ感謝されんの」


 ケタケタ笑っていたから、本人にとっては楽しい思い出なのだろう。

 寺の息子、坊主の家系──その肩書きだけで、思春期の女子は何かを打ち明けたくなる。たぶん、それだけの話だ。


「で、僧侶になってからもさ。やっぱ来るんだよ。『霊を見た』『祟りじゃないか』って相談」


 まあ、そうだろうと思った。坊主の仕事なんて、法事の次に人の話を聞くことだ。


「大抵は気のせい。なんとなく分かるんだよ。話してる途中で、『あ、これ作ってんな』って」


 中高時代の経験で、その手の話の『匂い』が分かるようになったらしい。

 不安を吐き出したいだけの人、説明のつかない出来事に理由を欲しがっている人。そういうのは、話を聞くだけで済む。


「でも、たまーにさ。あ、これは……ってのがあるんだよ」


 そういう時は、自分のところでは手に負えないとして、本家筋の寺を紹介するのだという。

 霊感は無いと言い切るくせに、線引きだけは妙に確かだった。


「でな。霊感無いって言ったけど、この仕事してると、時々変なもんに当たるんだよ」


 ここからが本題だった。


「何年か前、水の事故で亡くなった園児の葬式があってさ」


 親父さんが導師を務め、彼は脇にいたという。


「経を上げてたら、参列者の前に、黒いモヤみたいなのが出てきた」


 人の形をしているわけじゃない。ただ、幼稚園児くらいの大きさ。

 最前列で泣き崩れていた若い夫婦の前に立ち、腰の辺りを、ゆっくり左右に揺らしていた。


「誰も気付かないんだよ。俺も最初、目の錯覚かと思ってた」


 でも、なんとなく分かったらしい。

 あれが『何か』だということを。


 葬儀が終わっても、彼は誰にも言わなかった。僧侶の立場として、それは当然の判断だったのだと思う。


「でさ、何日か後。夜のお勤めしてたら、また出た」


 今度は、すぐ隣だった。


「小さい声でな。『ぐにゃ、ぐにゃ』って言うんだよ」


 腰を左右に揺らしながら、前と同じように。


 さすがに気味が悪くなって、初七日の法要が終わったあと、意を決して両親に話したそうだ。


「そしたらさ、二人ともその場で泣き崩れちゃって……」


 亡くなった子は、事故の前日。

 家で両親に向かって、腰を振りながら「ぐにゃ、ぐにゃ」と言うギャグを見せていたという。

 両親は、それを見て、手を叩いて笑った。


「多分さ……泣いてるの見て、笑わせようとしたんだろうな」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は何も言えなくなった。

 気付いたら、涙が出ていた。


「四十九日過ぎたら、もう全然見なくなったよ」


 少し間を置いて、そいつは笑った。


「まあ、滅多にないけどな。俺、霊感無いし」


 ……いや。

 どう考えても、十分あるだろ。

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ぐにゃ、ぐにゃ 丁山 因 @hiyamachinamu

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