愛の定着率

アオヒラ

9月28日 / For you, #132

窓から吹き込む風がカーテンを揺らした。

少し冷たい空気が病室へ流れ込み、温度を一掴み分だけ奪っていく。


明暗を分けるように、部屋へ光が落ちる。

光は彼の顔を避けるように差し、私たちへ薄い影をまとわせた。


消毒液と、生きようとする人と、諦めてしまった人。

それらが混ざった匂いが、いつも鼻を掠める。

この病室だけが、そんな空気を作り出している気がした。


私はベッドの傍らに座り、彼の寝顔を見つめる。

静かで、真っ白で、何も映していない顔。

あまりにも綺麗なのに、その中身はどこか遠い。

些細な力で壊れてしまいそうな、人形みたいだった。


そっと手を握る。

指先から微かな温かさが私に流れ込み、ようやく胸を撫で下ろした。


「いつになったら、眼を覚ますのかな。」


優しく頬に触れる。

触れた皮膚の温度が、生きていることを教えてくれる。

同時に、私の体温は伝わっていないみたいに冷たかった。


あの夜。

彼が落ちていく瞬間、穏やかで、微睡を眺めるような瞳で言った。


「愛してるよ」


それから、ずっと眠っている。


カバンから日記帳とパソコンを出し、デスクへ置く。

いつものように話しかけた。


「今日もちゃんと教えるね。」


電源ボタンを押し、起動を待つ。

静かな音とともに画面が目を覚まし、”ゆうくん”と書かれたアイコンをクリックした。


画面に広がるのは、彼と過ごした時間の欠片。

私の撮った写真、私の書いた日記、二人で撮った動画。

忘れないように集めて、壊れないように束ねて、全部、全部ここに保存してある。


「また、君の声。あの言葉を聞きたいよ」


胸の奥は温かいのに、肌はひどく冷たい。

その温度差が壁になって、私を阻む気がした。

それでも願わずにいられない。

ちゃんと“本当の愛を教えて”ほしかった。

何度でも、繰り返し再生してしまうとしても。


いつものように、日記帳のいちばん幸せだったページを開く。

紙の端は擦り減って薄くなっていた。

指先のざらつきは、何度もめくって確かめた証明だ。


マウスをそっと動かし、その日の思い出を再生する。

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