第12話 エピローグ
トライス教団が摘発され、新聞を賑わせてたのはもう半年も前のこと。
それは、人々の記憶から消えるには十分な時間だった。
街は、何も変わらない。
良くも悪くも。
日向に生きる者は太陽の下を歩き、日陰に生きる者は身を潜める。
大勢の人を照らす、賑やかな日向から少しだけ離れた場所。
誰も目を向けない日陰を、二つの影が並んで歩いていた。
スーツ姿の彼らに、近づこうとする者はいない。
纏う空気が、他者を寄せ付けなかった。
「若、最近元気ないですねぇ。どうかしたんです?」
男の言葉に、もう一人はわずかに顔を顰める。
「急に何や? そないなことあらへんけど?」
「いや、何となくですけど……」
「無駄な気ぃ使わんでええ」
「そうです? ところで話変わりますけど、あの子――さきちゃん、元気にしてますかねぇ」
「……変わってへんやん」
それは、隣にいても聞こえない程の声量だった。
「今、何か言いました?」
「何も。文がないのは元気な証拠や。下らんこと言うとらんではよ帰るで。今日はケーキ出前で頼んどる。遅れたら全部食われてまうやろ」
「若、本当甘いもん好きですよねぇ」
「あかんのか?」
「二十代半ばで医者に怒られるレベルなら、まあ……あかんのじゃないですか?」
「きょ、今日は特別や。オープン記念やからな!」
「毎回似たようなこと言ってません?」
「うっさいわ。明日から頑張ったるわ! お前も酒控なあかんで? 肝臓の数値やばかったんやろ?」
「うわ藪蛇。でもさ若」
「なんや?」
「俺達、控えられると思います?」
二人は静かに、顔を見合わせる。
悲しいことに、"無理"と書いてあった。
どっちの顔にも。
互いに、何とも言えない顔で見つめ合い……そして、彼らは何も言わず歩き始めた。
ことの始まりは、彼らの事務所の傍に出来た一軒の喫茶店に関係する。
そこは話題になったケーキ屋の暖簾分けで出来た店で、オープン前なのに行列が出来るのが確定しているという、超人気スイーツショップだった。
当然、その男――高遠雅も気にしていた。
甘党の彼が、暇な時には雑誌やSNSでスイーツ情報を漁る彼が、気にしないわけがなかった。
とはいえ、若い女性ばかりが並ぶ店に、堅気とは言い難い自分たちが顔を出すのは多大な迷惑となる。
そう考えた雅は、丁寧に電話をかけ、事情を説明し、相談することにした。
どうしてもケーキが食べたい。
そのために、どうにかならないだろうか――と。
向かいのビルに居るヤクザの組長から、直々にケーキを所望する電話。
内容だけで考えれば、少々……いや、かなり脅迫めいている。
だが雅に含む意味はない。
純粋に、ケーキが食べたいだけ。
雅は、必死だった。
裏がないこと、断られても何もしないことを繰り返し約束し、そのうえで正々堂々、頼み込んだ。
その結果、決まったのが『配達』という形だった。
そんなサービスはしてなかったのだが、店に来られるよりは……と、店側も妥協を見せた。
そして今日こそが店のオープン初日であり、約束された配達の日だった。
雅は待った。
事務所の机に腕を組み、サングラスをかけたまま、どこぞのロボットアニメの司令官みたいなポーズをとって――。
待ちきれない気持ちを抑えるよう、静かに精神統一しながら。
そして、ノックの音が響いた。
雅はぴくりと反応する。
そして、雅が何かを言う前に、扉は開かれた。
ヤクザの事務所に、返事なく入ってくるような度胸ある奴はそうそういない。
だから、ほんの少しだけ事務所の空気がピリついた。
そんな中でも来訪者は気にもせず――。
「こんにちはー! パーラー『めるしー』の宅配でーす!」
元気よく入ってきた女性は――見知った顔だった。
「な、なんでさきちゃんが!?」
雅は、完全に間の抜けた声を上げた。
「へへー。サプラーイズ!」
「いやサプライズって……というか、なんでそんなことに……」
「いやいや、冷静に考えてほしいんよ、雅さん」
「な、何をや」
「ヤクザの事務所にさ」
「おう」
「普通のパーラー店員が行きたがると思う?」
「…………」
「でしょ? ぶっちゃけ宅配って選択肢、私じゃないと出てないよ」
「つまり……」
「事務所に知り合いがいるから、私が配達担当になりましたー! いえーい!」
近くにいた若い組員も、なぜか一緒に「いえーい」と声を出した。
そして気づけば、なぜか雅以外の全員が、楽しそうに笑っていた。
まるで知っていたかのような顔だった。
「……はぁ。そりゃ、さきちゃんの世話になるしかあらへんな」
「はいはーい。お世話しまーす。というわけで、こちらご注文の品でございます。……相変わらずワンホールなんだね」
呆れ顔の紗季から、雅は目を反らす。
「あ、明日から控える予定やけ……」
「無理そう……。というわけで私はもう戻るけど、私が居る時なら、いつでも注文してね。御近所ってことで、ちょっとだけ優先してくれるようになってるから」
「あ、それはほんま助かるな。おおきにな、さきちゃん」
「いえいえー。あ、ちなみにですけど、雅さん」
「ん? なんや? 一緒に食うか? 遠慮はいらんよ?」
「残念だけど、バイト中だから。そうじゃなくてね」
「おう」
雅は箱からケーキを一つ取り出し、フォークで切って口に運ぶ。
もう一つのワンホールは、部下達の方に回しながら。
「私、このバイトで志望理由聞かれた時――好きな人が近くに居るから、って答えたんだ」
雅の口から、からん、とフォークが床に転がり落ちた。
「それとね。私、近くの大学に通うことになったから。それで……あと二年で二十歳になるから。覚えといてね。じゃ、またのご利用お待ちしておりまーす」
ディアンドル風の可愛らしい制服に身を包んだ彼女は、太陽みたいな笑顔のまま、その場を後にした。
彼女が去った途端、事務所にいた全員の視線が、雅に集中する。
それは組長を見る目ではなく、生暖かく、にやにやとした――完全に野次馬の視線だった。
「おお……もう……」
雅は顔を顰め、深く溜息を吐いた。
「若。さっきまで元気なかったのに、急に元気になりましたね? 何かありましたー?」
にやにやした顔で、先程の男が尋ねる。
「何も変わっとらんよ……」
「いやいや、めっちゃ嬉しそうですって」
「そうそう。頬、完全に緩んでます」
「若。何か良いことあったんですか? 教えてくださいよ」
次々に飛んでくる揶揄いの言葉。
雅はもう一度溜息を吐き、手で顔を覆った。
自分でもわかるほど、口元が緩んでいたから。
それを必死に、隠すように。
――――――――――――――――――
【★あとがき★】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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身に覚えのない妊娠(怪異)をしたので相談したら、もっと怖いヤクザの若頭(甘党)が来てしまいました あらまきさん @aramakisan
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