身に覚えのない妊娠(怪異)をしたので相談したら、もっと怖いヤクザの若頭(甘党)が来てしまいました
あらまきさん
第1話 悪夢
それは、藁にも縋る思いだった。
私――鹿倉紗季の身には、常識の通じない異常が起きている。
正体はわからない。ただ、逃げれば死ぬ。
そう思ってしまうほどの“何か”だった。
頼れる相手のいないまま、私は繰り返し"悪夢"に苛まれ続ける日々を送る。
おかげで最近は、夜が近づくたびに身体が強張るようになった。
闇が、恐ろしくなった。
だから私は、最後の望みとしてネットに縋った。
祈るようにSNSを彷徨い、『怪奇現象に遭遇した人』を探したけれど――
『フォローといいねであなたは救われます』
そんな言葉ばかりが溢れ、救いになるものは何もなかった。
そんなスピリチュアルなノイズの山から、ようやく拾い上げた蜘蛛の糸。
それが『みやちゃん』だった。
詳しくは聞けなかったが、彼女もまた、怪異に巻き込まれ、抗おうとしているらしい。
誰でも繋がれるSNSだけど、心配してくれたのは、彼女だけだった。
『大丈夫ですか?』
彼女だけが、私にその言葉をかけ、寄り添ってくれた。
だから今日、私はその『みやちゃん』と――喫茶店で会う。
約束より少し早く着いた私は、早くも店選びを後悔していた。
この喫茶店は電車で数駅離れた、そこそこ賑わう店である。
なかなかに繁盛しているらしく、さっきから客の出入りが多い。
女性客が入ってくるたびに、私はびくっと驚く猫のように肩を震わせた。
もう少し、落ち着いた店を選べば良かった。
そうすれば、心臓の負担も少なかったのに……。
そうこうしているうちに、時計の針が約束の時間を指す。
すると、店の前に黒塗りの高級車が一台、場違いな静けさをまとって滑り込んだ。
後部座席から、部下に先導されるスーツ姿の細身の男が降りてくる。
切れ長の目に、知的な眼鏡。
清潔すぎるほどの身なりと、普通に生きていれば持ち得ない風格。
怖いとも冷たいともつかない気配に、私は反射的に窓から目を逸らした。
どう見ても、ヤの付く自由業だ。
関わっていい相手じゃない。
黒塗りの車は男を降ろすと、そのまま静かに去っていった。
残された細身の男が、店の扉に手をかける。
カラン。
ドアベルの音と同時に、私の心臓も跳ねた。
――違う。落ち着け。
相手はただの客だ。たぶん。
ふと、私は、とても怖いことを、考えた。
……そもそも、SNSで知り合った『みやちゃん』が女性だと、決まってなくない?
……。
…………。
いや、でも。
『みやちゃん』だぞ?
八割がたは同性でいい……はず。
落ち着いた丁寧口調と、お淑やかな雰囲気。
あれは絶対女性だ。
私の中でのみやちゃんイメージは、『あらあら』とか言いそうな、清楚系お姉さんである。
だから、そんなわけがない。
そんなこと、あっていいはずがない。
私は祈るような気持ちで、男の様子を盗み見る。
男は客席を見回すでもなく、獲物を探すみたいに、不自然なほどゆっくりと店内を一周する。
そして――私の座る、四人掛けの席の前で止まった。
男は迷いなくテーブルの前に立ち、
感情の読めない目で、私を見下ろした。
「嬢ちゃん。ちょい邪魔して悪いんやけど……『ゆきいちご』さんって、あんたで合うてるよな?」
血の気が引いた。
終わった。完全に終わった。
「やっぱり。……えらい若いやん。こんなことなら若い衆連れてきたらよかったか」
やめてください。追加召喚は。
「まあええか。席、失礼するで」
男が向かいに腰を下ろした瞬間、私は、人生でいちばん誠実な声を絞り出した。
「せめて……せめて、優しく殺してください……」
頭の中で辞世の句を詠みながら、私は、ほとほと泣いた。
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