1-36 封神アラクネー

部屋全体に広がる光のドームの中央にそれは居た。見上げるほど巨大な蜘蛛。その頭の上から、これまた巨大な人間女性の上半身が生えていた。この生物こそ皇都防衛戦線の惨劇を引き起こした張本神、封神アラクネー。彼女は身体を折りたたむように丸くなって、目を閉じたまま動かない。だが、人間体の肩の部分がゆっくりと上下していた。


「どうやら眠っているらしいな」


「ヤルダバルト、この光のドームは何だ? まるでバリアのようだが」


「その通り、コイツはバリアだぜアンクルコミー。ただし、外部の攻撃から内側を守るんじゃなくて、内側の封神から外側を守るための、な」


「するとこれが女神マーテラによる封印ということか、封神を封じるための。今の私達に手出しできるものなのか?」


「確かめてみるか」


ヤルダバルトが手を伸ばして光のドームに触れた瞬間、プレイヤー三人の目の前にダイアログウィンドウが現れた。


『封神アラクネー討滅戦 を開始しますか?』


そのダイアログを確認したヤルダバルトが他の二人へと振り返る。


「どうやらバリアの中はバトルエリアらしいな。このダイアログに同意したら俺たちはあの中に転送されてヤツと戦うことになる。どうする、二人共?」


「確か『クリファン』では一度戦闘したボスとは何度でもまた戦うことができるのだったな、ヤルダバルト?」


「おう、これがデスゲームだったのならともかく、いつでも好きな時に再戦できるぜ。コンソールウィンドウからアクセスしたらどこからでもボス戦のバトルエリアへワープするから楽なもんだぜ」


「であれば迷う必要もあるまい。ここで一当てして動きやギミックを確認しよう。カルマリオンもそれでいいか?」


「もちろんだ。やるからには勝つ気で行こう」


三人は互いに目線を交わし、武器を構える。先頭はタンク役である騎士カルマリオン。間にクロスボウを構えた猟師のアンクルコミーを挟み、後ろに回復役である魔術師のヤルダバルトがついた。


 彼らがダイアログウィンドウを操作しアラクネーの前にワープすると、彼女も三人に気がついた。折りたたんでいた身を起こして軽く伸びをし、ぐるりと辺りを見回してから足元にいる三人を見据える。彼女は舌なめずりをしてから、ニヤリと笑って喋りだした。


「おや、ついに来客かと思えば、随分と弱っちい奴がきたもんだ。まあ、ここまで来るその度胸は褒めてやろうかねぇ、ごほうびに少し遊んでやろうじゃないか」


「ヘッ、こっから出られなくてスヤスヤ寝てた奴が言いやがる。俺達が来なかったらこのまま永遠に寝てたんじゃねーのか?」


ヤルダバルトがその言葉を言い切るかどうかの刹那、アラクネーが前足を振り上げてすぐさま振り下ろす。それを見た瞬間三人は散開して回避行動に入った。彼女の前足は寸分違わずヤルダバルトが先程までいた場所へと突き刺さる。


「危ねぇだろうがコンニャロー! 寝起きだって言うのに随分機嫌が悪いじゃねーか! ひょっとして封神サマともあろうお方が低血圧ですかァー!?」


またしてもヤルダバルトがその言葉を言い切る前に、アラクネーはその巨体をグルリと一回転させて周囲を攻撃しながら、同時に辺り一帯へ粘着性を持った糸を撒き散らす。着弾した糸はそのまま地面に塊として残った。踏みつけると一時的にその場へ拘束される罠である。アラクネーは腰に差していた一対の刀を抜き、それを三人に目掛けて振るいながら言い放つ。


「全く、口ばかり達者な羽虫はうるさくて鬱陶しいから始末に負えないんだ。もう二度とそんな口が利けないように、キッチリ叩き潰してやるよ!」


アラクネーは両手の刀を掲げ、一息にその両方を地面へ叩きつける。直撃こそしなかったものの、その余波がヤルダバルトへと迫る。レベルも装備も整っていないようなこの状況で被弾したら、間違いなく致命傷になる一撃。その衝撃波とヤルダバルトとの間にカルマリオンが割って入り、使える限りのダメージ軽減スキルを使いつつ、彼に入るはずのダメージを庇って肩代わりした。ヤルダバルトもすぐさま回復呪文を唱え、カルマリオンの体力を回復させる。


「悪いなカルマリオン。おかげで助かった」


「気にするなヤルダバルト。さあ、ここからが本番だ。気合を入れて行くぞ!」


ヤルダバルトがアラクネーの方を見ると、蜘蛛の方の口の中にアンクルコミーがボムトラップを投げ込み、それを起爆させていた。爆発の光は他の二人にもよく見えていたが、アラクネーに特段ダメージが入った様子はない。彼女は両手の刀を構え直し、辺りのマナを呼応させるように蜘蛛体が咆哮する。封神アラクネーとの戦いはこれからだ。彼らの勇気が皇都を救うと信じて――


 三十分後、三人は皇都の巨大水晶の下へワープしていた。そもそも封神アラクネーの前提攻略レベルは六十、今の彼らのステータスではいくら逆立ちして見せたところで、歯が立たないのも当然の話である。最初の内は全員で粘りこそしていたが、戦闘開始から十五分経った頃にカルマリオンの装備が激戦に耐えきれず破損し、そのまま本人も戦闘不能となった。更に五分後、それまでは何とかヤルダバルトも敵の攻撃を回避し続けていたが、アラクネーが次々と生み出してきた眷属の波状攻撃で逃げ場を塞がれて戦闘不能となった。残るは一人という状況下でアンクルコミーは十分間アラクネーの攻撃に一切被弾せず、更には激しくなって行く攻撃の合間合間で的確に反撃を行いながら戦闘を続けていた。アラクネーは次々と眷属を産み出して手数を増やし、対する彼はそれを涼しい顔で全部対処し、更には本体の攻撃に巻き込んで眷属を処理して戦いを続けた。だが、やはりレベルの差が問題であったのだろう。アンクルコミーは攻撃の手を止めて死体の上で漂っていた他の二人の浮遊霊に向かってフルフルと首を横に振った。二人共が頷き返したことを確認すると、彼は敵の攻撃を回避することを止め、アラクネーの振り下ろしを正面から受けて彼らのパーティは全滅した。近くにある東屋に三人は座って軽く伸びをした。


「なぁアンクルコミー、やっぱあのままお前だけ戦ってても倒せそうに無かったのか?」


「少なくともヤツの動きも眷属の攻撃も全て見えていたし、いかに喰らえば一撃で死ぬ攻撃でも当たらなければどうということはないなヤルダバルト。だが、いかんせんこちらの火力がな……実際あのまま戦っていても負けはしなかっただろうが、倒すまでどれくらいかかるかはわかったものではない。私も気疲れくらいはするし、見ている君達にとってもあまりに不毛と言うものだろう? それよりは改めてヤツにダメージを通す手段を見つけてから再戦する方が時間効率がいいと見た」


「今俺達に必要なのは火力か、そうでなくとも何とかしてアレの体力を削り切れるだけの手段ってことか。それについちゃ後で何か使えるものが無いか考えてみるとして、とりあえず今はさっさと騎士団長殿に報告しに行くぞ。少なくともヤツの所在を掴めたことと封印が正常に機能していることは教えとかないとな」

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