1-34 方針

 プレイヤー三人が皇都に居る間の活動拠点は、妖魔戦争で親を亡くしたフォルストンを引き取って育てた義実家である、ハイランド名門貴族アッシュグレイ家が面倒を見てくれることとなっていた。この一家は『クリファン』のメインストーリーでもプレイヤー達に協力しており、それだけにフォルストンの死を報告する場面もまた、多くのプレイヤーの心に残るシーンであった。アッシュグレイ家当主はフォルストンと違ってプレイヤーの記憶を思い出す様子が無かったが、彼の近しい友人だということで三人を快く迎え入れた。一人一人のために客間を用意した上に、三人がハイランドでの活動をするにあたって、細々とした調整もしていた。三人との顔合わせの際、当人は「皇都に危機が迫っているのならそれを未然に防ぐこととなり、そうでなくとも安心が買えるのだからこの程度安いものだ」と笑っていた。サイト・ディーモンアイを出発し、アッシュグレイ家での挨拶を済ませると時間はちょうど昼頃となっていた。彼らは昼食を摂りながら今後どう動くかについて相談することとした。


 通りに面した扉を開けると目の前には大きな吹き抜けが広がっていた。右手の階段を下っていくと、広いフロアに木製の円卓と質素な木の丸椅子がいくつか並んでいる。まだピークの時間には早いのだろうか、人が少ない。静かな店内に、暖炉でパチパチと薪の爆ぜる音だけが響く。奥には更に下へと下る階段が見える。こうした縦長の構造をした建物は妖魔が作った建物を改装して作り直した建造物特有のものであった。


階段の左に従業員の居るカウンターがあり、ヤルダバルトが三人分の食事を頼んでから三人は適当に選んだ席につく。作り置きを温めていたようで、ウェイトレスがすぐに三食分をテーブルへと置く。運ばれてきたのは、表面がパリパリに焼けているパンと、ホカホカと湯気が立ち上るクリームシチューだった。ヤルダバルトがアンクルコミーとカルマリオンに提案する。


「せっかく美味そうな食事が来たんだ、話し合いはコイツを食ってからにしようぜ」


「そうだな、冷めてしまっては用意してくれた店にも悪い。早速食べてしまうとしよう」


ヤルダバルトはパンを一口大にちぎってシチューに浸す。カルマリオンはそれを見て少し渋い顔をした。


「せめて残ったシチューを拭って食べるくらいにしないか? そうしているところを見られると口うるさい連中があれやこれやとやかましいことを言いかねん」


「そりゃあ公の場でするマナーとしちゃよろしくは無いが、所詮はゲームじゃねぇか。これくらいかわいいもんだろ」


ヤルダバルトはシチューを吸って柔らかくなったパンをスプーンですくって口に運ぶ。シチューの旨味とパンの小麦の香りがとてもよく合っていた。まだ硬さを残したパンの食感がパリッとしていて心地良い。シチューの肉も野菜も大ぶりに切られていて食べごたえがあった。人参らしき野菜を頬張ると、味がよくしみていてかつ、後味がほんのりと甘く残る。肉は何か鳥の肉らしく、口にいれると噛むことなくホロホロとほぐれて肉の旨味が口いっぱいに広がった。三人は無言でただ目の前の食事を夢中で食べた。どうやらこの店は昼休憩の騎士達で賑わう店らしく、 ヤルダバルトが気がつくと周りのテーブルは全て甲冑姿の客で埋まっていた。彼がウェイトレスに食後のコーヒーを頼んでもいいかと聞くと、彼女は下の階にも席があり、三人がしばらくゆっくりする程度の余裕はあると伝えた。そうして金属製のマグカップに注がれたコーヒーを受け取り、三人は一口それをすする。一息ついてからカルマリオンはマグカップをテーブルに置き、話を切り出した。


「それで、これからどうするんだ、ヤルダバルト?」


「どうするったってなぁ。ある意味で今俺達にやれることは少なすぎるし、別の意味じゃやれることが多すぎる。せめて何かしらの方向性に絞らなきゃ考えるにも困るぞ。そりゃやるべきことと言っちゃ、俺達のレベルや装備の強化だが、ただ皇都入りを果たしたからって俺達の能力が突然上がるわけじゃないだろ。何かしらレベルを上げられるだけの方法を見つけねぇと結局あの巨人が居るだろう攻略班におっつかれる。あんまりグズグズしてる暇は無いわけだ」


「だが、どのような形にしろ何か行動しなければ状況も変わるまい。そうだな、我々がここに来ることを決めた時、僕のやりたいことに従ったように、今度はヤルダバルトのやりたいことを前提にしてみないか?」


「やりたいこと、やりたいことねぇ……この皇都でしかできないこと、ここに来たからこそやりたいことか」


不意にヤルダバルト頭の中であの時聞き逃がせなかった言葉が蘇る。


――やり直したいのは、何も君達だけではないんだ。


ヤルダバルトは目を閉じたまま静かな声で提案する。


「二人共、皇都の地下に潜ってみる、っていうのはどうだ?」


その言葉を聞いて、他の二人はサッと回りを見回した。三人が入った頃は空いていた店内は、今や甲冑のまま食事をしている騎士たちでごったがえしていた。鎧の音や食器の音、騎士たちの声で店中が賑やかになり三人の話は誰にも聞こえていない。


「地下というのは、アレを探しに行く、ということだなヤルダバルト」


「ああ、そういうことだカルマリオン」


「しかしな、ヤルダバルト。アレは例のイベントがあって始めて地上に現れたものだ。探すとなるとかなり骨が折れるんじゃないか?」


「俺もそう簡単には見つからないとは思う、カルマリオン。だが、おおよその位置の目星ならつけられるんじゃないか? 確かあのイベントのあと、アレが出てきたトンネルを下へと潜って地下妖魔都市遺構の探索をする話があったはずだ。あの時の終着点になっていた、ひときわデカい部屋を覚えているか?」


「ああ、妖魔と人と龍とが共に暮らし、交流していた記録が残るあそこか。なるほど読めたぞヤルダバルト。そういえばあそこは今皇王が居る皇王城の真下に位置していたな」


「そういうことだ、カルマリオン。要はマップで皇王城がある位置にマーカーを置いて、下へと潜りながらその位置へと進んでいけば良い。最悪なにかの手段で真下に掘り抜くって手もあるっちゃあるんだが、正直やりたくない。万が一にもレリーフやら文書が傷ついたらその後の事が諸々パーになっちまう」


「あの時地下から出てきた遺物を分析することで、かつて妖魔と人が平和な時代を築いていたことがわかったのだったか。それが今後の展開の鍵になるのだから、確かに破壊することは避けるべきだな。しかし、都市一つ分あるとはいえ古い遺跡だ、動ける範囲自体は限られているだろうから、そうそう探索に時間は必要にならないはずだ。僕にはこれ以上何かできる準備はなさそうに思えるが、ヤルダバルトはどうだ?」


「まあ暗い遺跡だとしても、そもそも俺達プレイヤーは割と夜目が効く体質にされてるから光源も必要ないしなぁ。遭難したとしてもワープしたらそれで済むし……あ。ワープポイント登録してねーじゃん俺達。それだけ済ませちまったら出発しようぜ」


ヤルダバルトは最後に残った一口分のコーヒーを飲み干して、ウェイトレスと話して精算を済ませる。コートを買ってから補充してなかったからか、彼らの手持ちの資金がかなり目減りしていた。ほぼ素寒貧になりながらも精算を済ませ、三人はこの都市に置かれた巨大な水晶の下へと向かう。水晶へと手をかざし、ワープポイントの開放と復活地点の更新をしたのち、彼らはアッシュグレイ家へ向かった時の道を上へ上へと登っていった。

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