1-26 雪中行軍

防衛拠点として築かれた石造りの建物の片隅で、三人は待った。時折NPC達から厳しい目で見られこそしたが、彼らも余所者とは関わりあいになりたくもないのか、結局話しかけられるようなこともなく時間が過ぎていった。一時間ほど過ぎた頃、辺りに一際強い風の音が鳴り響く。


「来たか、ヤルダバルト」


「ああ、どうやら来たらしいな、カルマリオン」


三人は揃って表に出ると、吹き荒ぶ強い風や、その風に乗って一面を舞う激しい雪に一瞬圧倒された。――吹雪である。


山の天気は変わりやすいという言葉があるが、このハイランドの山々も例外ではない。こうして強い吹雪が吹くことは珍しいことではなかった。


この吹雪に紛れながら、アンクルコミーのスニークフットのスキルで気配を隠して進み、エネミーと交戦することなく山道を登ってサイト・ディーモンアイに向かうことが彼らの作戦であった。三人は互いに視線を交わして軽く頷き、コートのフードを目深に被って拠点の外へと向かう。ふと、ヤルダバルトは前から誰かが来ていることに気がついた。それは彼らにコートを売ってくれた行商であった。どうやらこの吹雪から避難して建物に入ろうとしているらしい。彼らがそのまますれ違おうとした瞬間、ヤルダバルトはその行商にグイと腕を掴まれた。


「おいアンタ、こんな時にどこに行く気だ?」


「登るんだよ、妖魔に見つからずに行くならこの吹雪に紛れていくしかない」


「チッ、本物のバカだったか。おい、下手なところで野垂れ死ぬんじゃないぞ。死体が見つかって、俺達がお前らを吹雪の中に叩き出したと思われたら面倒だ。ああ、お前らがここを出ていくってんならコイツもくれてやる。荷物をまとめるのに使ったロープだ、荷解きが終わったらクソの役にも立たないただのゴミだがな。そら、さっさと行った行った!」


三人が足早に去っていく行商の背中を呆然と見つめているうちに、その姿は吹雪に隠れて見えなくなった。


「あ、あったけぇ……荷解きが終わったとしてもこんな頑丈でしっかりとしたロープ、いくらでも使い道があるに決まっている。それなのに俺達が今山を登ると聞いて、言葉こそ悪いがタダで譲ってくれるなんて、本当にいい人だなぁ……」


「ヤルダバルト。動くならさっさとしよう。いつまた吹雪が止んでしまうのかわからない」


「おっと、そうだなカルマリオン。じゃあこコイツを腰に結んでから行こう。ほら、アンクルコミーも」


そうして彼らはロープを腰に結んで互いを繋ぎ合わせてから、改めてサイト・ディーモンアイを目指して歩き始めた。


 吹雪の中、山道を歩き続ける。三人の作戦が功を奏したのか、ここまでの道中で一度もエネミーと遭遇せずに進んでいる。道中の目印になる看板も見つけ、方向を見失うこともなく順調に目的地へ近づいているようであった。


ただ、一つ想定外のことがあった。彼らの視界は吹き上げられた雪によって大きく制限されている。道こそわかるものの、周囲の景色の変化などほぼわからないくらいだ。つまるところ、ヤルダバルトは早くもこの強行軍に飽き始めていた。吹雪の真っ只中を歩いているという異常事態を経験しているにもかかわらずである。気を紛らわすため後ろの二人と話をしようにも、この吹雪の中で会話をするには結構な大声が必要であり、もしそのような声を出してしまえばスニークフットの効果を打ち消してしまう。しばらく考えながら歩き、誰に言うでもなくつぶやいた。


「歌だな。これなら別に二人に聞こえてなくても構わないし、悪くない気分転換になるだろ」


ヤルダバルトはゆっくり息を吐いて、そして大きく吸った。


ゴッ!


という鈍い音と共にヤルダバルトの後頭部に雪玉が投げつけられる。


「い、いっっってぇ! お前、お前これ中に石を仕込んで投げやがったな! 」


「やらせはせんよヤルダバルト、雪の進軍はやらせはせん!」


「石入れて雪玉投げたのはお前かカルマリオン! いいだろお前由緒正しい軍歌だぞ!」


「この状況でそれを歌われたらテンションがダダ下がりになるって言っている! とにかく、もう一度歌おうとしたら今度は直接石を投げるぞ、腰に!」


「くそう、くそう、俺が一体何をしたっていうんだ」


ふと、ヤルダバルトは目の前で黒い影が動いていることに気がつく。彼はハンドサインで後ろの二人に止まるように合図する。吹雪はまだしばらく止みそうになかった。黒い影は何かを探しているようにゆらゆらと動く。ヤルダバルトが二人の方を振り返ると、両方ともが緊張した顔で影を見ていた。改めてヤルダバルト眼の前に居る黒い影を観察する。少なくともその動きは、辺りを宛もなくさまよう精霊エネミーの類ではない。更にその遥か後方でキラキラと光るものを発見する。その光は精霊エネミーにしては光り方に法則性があり、また一カ所から全く動く様子がなかった。吹雪の中改めてヤルダバルトその光をよく観察する。その光は精霊のものと色が違う。そのことに気がついたヤルダバルトがアンクルコミーとカルマリオンに手招きをして近くで耳打ちをする。


「ワープポイントになる巨大水晶の光だぜ、ありゃ」


「いつのまにか我々は目的地のすぐ近くまで来ていたということか」


「そういうこった、カルマリオン。こうなってくるとかなり話が変わってくるな。アイツが狼だろうが妖魔だろうが、俺達はさっさと安全地帯へ駆け込んで、エネミーはNPCの衛兵に任せちまえばいい」


「それならば一度ヤツの気を引く方法が必要だろう」


「ああ、それならいい手がある。いいかアンクルコミー、俺が合図をしたらあの影の右側にフラッシュバンを投げ込め。それが破裂したら二人共脇目も振らずまっすぐ奥に見える光へ走れ」


ヤルダバルトの言葉に二人が一緒に小さく頷いた。それを確認したヤルダバルトは二人に見えるように、指を三本立てて見せる。それを見たアンクルコミーは既にフラッシュバンを構えていた。三、二、一とヤルダバルトが一つずつ指折り数え、零になった瞬間にアンクルコミーがフラッシュバンを投げた。それと同時に三人は耳を塞いで背を向ける。フラッシュバンが着弾し、まばゆい光と極大の破裂音が響いた。


影の正体を確認することもなく三人は遠くの光に向けて急いだ。当然というべきか、雪が降り積もった山道と舗装された平坦な道とでは移動速度にも天と地ほどの差がある。流石に急げども平地のような速度は出ない。ヤルダバルトが後ろを振り返ると、想定よりも早く黒い影が動き出し、三人へと追いすがっていた。


「ああっクソッ、ヤツめ、もうスタンから復帰しやがった! やけに治るのが早いと思ったらお前やっぱり妖魔かよ! 状態異常が効きにくいって特性をここぞとばかりに活かしてくるんじゃねぇよ! どうする、一回ここで迎え撃って動きを止めてからもっかいフラッシュバンでも叩きつけるか?」


三人がそれぞれ自分の武器に手を伸ばそうとしたその時、どこからか飛んできた盾が妖魔の顔面に正面から衝突した。


「先程の破裂音は貴様か、妖魔!」


ヤルダバルト達が前を見ると、片手剣を構えた騎士らしき衛兵がこちらへと来ていた。アンクルコミーが使ったフラッシュバンを妖魔による攻撃だと思ったようだ。しかも吹雪が激しいからか三人のことには気づいていない。先程の野営地での態度を鑑みるに、下手をすれば入り口で尋問を受けることになるかもしれないとヤルダバルトは思い返す。そうなることを避けるため、彼らは衛兵に妖魔との戦闘を任せ、その間にサイト・ディーモンアイの門をすり抜けてしまうことにした。

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