1-22 反撃の狼煙

目を逸らしながら乾いた笑いをしていたウォルターが一度両頬をパンと叩いて真面目な視線を三人へ向ける。


「さて、カルマリオンの案の通りハイランド皇国入りを中目標にするわけだが、実際どうするかだな。現状皇国が門戸を閉ざしている以上、正面から行ったところで門前払いを食らうのが関の山だろう」


「結局はカルマリオンが会いたがってるフォルストン卿のツテを頼るところまでがプランだろうし、俺も他のその手以外に方法は無いと思う。すると自然に次の小目標は、フォルストン卿が駐在しているサイト・ディーモンアイへたどり着くことになるわけだな」


「すまない、ヤルダバルト」


「解説だろ、アンクルコミー。俺もどのルートを使うかを検討するために改めて確認したかったから構わないぜ。とりあえず基本的なところからだな。ハイランド皇国は北方の山岳地帯にある国で、サイト・ディーモンアイもその付近にある。つまり俺達はこれから山登りをすることになるわけだが、皇国領山岳地帯の山道への入口は二つあるんだ。一つは今俺達がいるムサマンサ領をこのまま北上して皇国領に入るルート、もう一つは一度東に向かって一度ナーランドを経由してから皇国領に入るルートだ。どっちのルートでも結局は登山をすることになるし、当然道中にはエネミーも湧いてくる。楽に進めるようなルートはない」


「ああ、少し待ってくれヤルダバルト。一度地図を広げたい。テーブルを空けてくれないか?」


「おお、それは助かるなウォルター。やろう、やろう。」


プレイヤー三人がテーブルに置かれた食器をどかし、ウォルターは懐から取り出した地図をテーブルの中央に広げる。


「多少は遠回りになるが、ナーランドを経由するルートを使うべきか? こちらの方が明確に障害が少ないだろう」


「まあ確かにそれが安牌になるんだがな、カルマリオン。ただ、経由するのがナーランドっていうのが気がかりなんだ」


「あそこも初期スポーン地点の一つだものな、ヤルダバルト」


鬱蒼とした森に覆われ、豊かな自然に恵まれた穏やかな街、ナーランド。ここはムサマンサやメディカ・アカイアと同様、プレイヤーがこのゲームを始めた時、最初に訪れることになる街の一つ。人間同士の戦いよりも自然現象や猛獣達が脅威となる立地である。それらを退けながら、その植生を活かした植物学や動物学を発展させ、森との調和を主軸とした都市運営を続けている。木々のさざめきや鳥のさえずりが心地よく、ゆったりとした時間が流れるプレイヤーに人気のある街であった。


彼らの懸念は、そのナーランドに多くのプレイヤーがまだ残っているだろう、ということだった。ムサマンサからナーランドへの距離もまたかなりある上に、フィールドにいるエネミーもゲームを始めたばかりのステータスや装備で相手にできるレベルではない。その上、ナーランドはメディア・アカイアと陸路で繋がっていない。故にナーランドから出るには、彼らが検討しているルートを突っ切ってムサマンサ領に入るか、ストーリーをある程度進めて解禁される、ムサマンサとメディア・アカイアとナーランドの三国間を結ぶ飛行船の定期便を利用するしかない。『クリファン』の世界ではマナで稼働する飛行船が商業レベルで普及している。積載量こそ水に浮かべる船にかなり劣るものの、そのスピードと様々な場所へと飛ばせる利便性からこの世界ではかなり重宝されている。ワープポイントを解放していない状態で各都市間での移動する場合、公営の定期便を使うルートが最も簡単なものである。ヤルダバルトがウォルターへと問いかける。


「なあ、ウォルター。飛行船の定期便は今どうなってるんだ、まだ動いてないのか?」


「ああ、三国間を結ぶ飛行船かヤルダバルト。あいにくまだ動きそうにない。帝国をまだ押し返せていないからな、その射程圏内を通過する定期便の航路は解禁されちゃいない」


「あー、やっぱりダメか。そこも巻き戻ってるもんな」


地図に描かれているおおよそのルートを指でなぞっていたカルマリオンが顎に手を当てて考え込む。


「うーむ、やはりおおよその距離で言えば、直接北上して皇国入りを目指すルートが近いか?」


「距離だけで見るのならそうだろうな。ただ、ムサマンサ領北部の敵は比較的強い。何なら雑魚の中にもレベルで言えばサイト・ディーモンアイ周辺のエネミーよりも強いやつがいたはずだ。強行軍をするには中々骨が折れるぞ」


「大事なことを忘れているぞヤルダバルト、このムサマンサ領とハイランド皇国領の間にある空白地帯、ここにもまだ帝国の前線基地がある。世界が巻き戻ったからな、かつてお前らと一緒に壊滅させたこの基地も復活しているのさ」


「おっと、ウォルターの言う通りなら確かにそれは困ったな」


「レベルが上とは言え、相手は所詮雑魚なのだろう? 通り抜けるだけなら先程と同じようにスモークボムを使えばいいだけじゃないか?」


「いやいや、そう簡単にはいかないぜ、アンクルコミー。帝国連中の何が困るって、やたらと数が多いから一度捕捉されると後から後からどんどん増援がやって来るんだよ。なにせ帝国の主力は魔竜騎兵、馬程度の大きさの竜モドキを使役する騎兵部隊だろ? 動きが大雑把なのは救いだが、一応はドラゴンなだけに硬くて馬力がある。流石に今の俺達が正面から相手できるような勢力でもない。さっき使ってた戦法も、流石に辺り一帯敵だらけに囲まれた状況ではどれだけ有効かはわからねぇ。しかもさっき戦ったようなトカゲのような野生動物の思考と違って、帝国兵のような人間のエネミーって普通に連携とかもしてくるし厄介さが段違いになるんだよ。士気が低いからか、個々の能力自体は同じレベル帯のエネミーと比べてもそう高くは無いんだけどもな。まあ結局のところ今の状態のままで帝国前線基地をすり抜けるルートを使うのは相当難易度が高い」


そう言ってこのルートを否定したヤルダバルトに、口に手を当てて考え込んでいたウォルターが話しかける。


「いや……考えてみれば、このルートはこれでアリなんじゃないか?」


「おいおい、俺達だけじゃあっさり連中に捕捉されて、全滅してすぐこっちに戻ってくるのがオチだぜ?」


「そりゃあお前達だけで行ったらそうなるだろうな。だが、そこに俺を加えたらどうだ? 俺も俺で『大地の盟約』の動きを決めるために帝国へ探りを入れなくちゃいけない。俺は潜入のための支援をお前達からもらえて、お前達はその混乱を利用して前線基地を通り抜けられるわけだ。他の連中ならともかく、お前達三人になら潜入の手助けを任せられる」


「手助けと来たか。作戦目標とどういう手段を取るかにもよるな。調査か、工作か……具体的にどうしたいんだウォルター?」


「目標は潜入調査で、その手段としての破壊工作だな、ヤルダバルト。もちろん工作をすることで俺達『大地の盟約』が封神攻略しているところを横から邪魔できないようにしたいが、それよりもむしろ帝国の連中がこの巻き戻りを食らってどういう認識をしているか探りたい。もしかすると巻き戻りに気がついて、それを前提に俺達への対策を講じているかもしれないからな」


「そういうことなら断る理由もねぇ。実際の作戦はどうする?」


「まずは俺が一人で潜入して人数分の帝国兵装備を集めよう。それを使えば基地に入ること自体は楽にできるからな。その後はお前達で基地の武器庫と食料庫を発破してくれ。そのための火薬くらいは現地調達できるはずだ。お前たちが発破準備をしている間に、俺は中枢近くへ向かう。爆発の混乱に乗じてお前達は基地を北方へ抜けてハイランド入りしてくれ。俺は司令室からいくつか書類をもらって帰るとしよう」


「おいおい、基地から抜け出すのは手伝わなくて良いのか?」


「お前達だって、前の時じゃ俺が何度も帝国首都へ潜入して情報を集めていたことくらい知ってるだろ? 混乱している前線基地から抜け出すことくらいわけもないさ。それよりもお前達は自分の心配をしたほうが良い。基地を抜けてハイランド領内に入ったら、後はサイト・ディーモンアイへたどり着くまで復活できる場所は無かったはずだ。そこからは一切全滅ができないと考えないといけない」


「そりゃあそうだな。復活こそできるが途中で登録できる場所がないからムサマンサに戻ってきちまう。一度破壊工作をした後は警戒が厳重になって同じ手も使えねぇだろうしな。この作戦自体は一発勝負ってところか。失敗したらサブプランのナーランド経由ルートを選ぶことになるが、こっちはどうしたって時間がかかるからな……」


「他の二人はどうだ? 時間が惜しい、異論があるのなら言ってくれ」


ウォルターの問いかけに、カルマリオンとアンクルコミーは首を横に振った。


「よし、それじゃあお前達にクエストを発行する。内容は帝国前線基地への潜入調査と破壊工作だ。受注してくれるな?」


ウォルターの言葉が終わると同時に、プレイヤー三人の眼の前にダイアログウィンドウが表示された。


『クエスト 逆撃の狼煙 を開始しますか?』


三人は互いに視線を交わし、軽くうなずく。全員が迷いなく『はい』の欄を選択してクエストが開始された。

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