1-21 フォルストン
カルマリオンが会いたいと言ったフォルストン、フルネーム、フォルストン・オルファントは『クリファン』の中でも一、二を争うほどの人気を誇るNPCである。多くのプレイヤーは彼のことを一言で表すのなら、騎士の中の騎士、という言葉を選ぶだろう。彼はハイランド皇国で代々騎士として名を挙げた家系の嫡男であり、皇国の名家アッシュグレイ家の養子だ。明朗快活にして公明正大、極めて友情に厚いと作中でも評される男で、国と民そして友人に尽くすことを至上の喜びとしている。ハイランド皇国の前線拠点であり、交通の要衝でもあるサイト・ディーモンアイの責任者でもあった。
プレイヤーとの初接触は物語の序盤、解き放たれた封神の手がかりを探す中で、窮地に陥ったフォルストンの友人を助け出したことがきっかけである。以来フォルストンはプレイヤーに惚れ込み、封神調査の手助けやそのための拠点提供など、様々な形でプレイヤーをサポートした。更には、ハイランド皇国マップ実装直前のメインストーリーで各国政府に追われる身になるという、かつて無い最大の窮地に追い込まれたプレイヤー達を匿って助けるという大きな見せ場もあった。その時点で多くのプレイヤーが彼の人となりや行動に惚れ込み、人気NPCの仲間入りすることとなった。しかし、これだけのことでカルマリオンがあえて会いに行きたいと思ったわけではない。彼の人気が更に大爆発した理由はハイランド皇国に入国した後のメインストーリーにある。
ハイランド皇国は長年に渡り妖魔と呼ばれる存在との戦争が続いていた。皇都はハイランド皇国の者にとっても、妖魔の者にとってもいわゆる一つの聖地と呼べる場所であり、互いに奪っては奪い返しを繰り返していた。メインストーリー開始当初では妖魔の攻撃が激化しており、ハイランド中の緊張感が極めて高まっていた。当然そのような状況下で他国との安定した国交など望むべくもなく、自然と鎖国に近いような状態になっていた。
そんな状況の中でフォルストンは、追われる身となったプレイヤーを救うため無理を押してその入国を実現させた。無論ハイランド皇国側も無償の善意で入国を認めたわけではなく、妖魔側が皇国に対する戦略兵器として封神を運用しようとしている疑いがあり、既にメインストーリー上で複数の封神討滅を果たしたプレイヤーにその対策をさせることを対価としていた。当然プレイヤーもまた皇国と妖魔との戦争に参戦することになり、その最も大きな山場が皇都防衛戦線と呼ばれるイベントである。
封神を最大戦力として皇都へと攻め入る妖魔軍を押し止める中で、突如皇都の地下からまた別の封神が現れるという場面がある。正面の蛮神を討滅し、すぐさま首都への救援へと向かおうとする時に、討滅したはずの封神が倒れる間際に背中を向けたプレイヤーへ狙撃を行った。皇国の軍勢ごと首都を焼き払わんとする妖魔らの攻撃を防ぎつつ、その討滅を果たして疲弊していたその場のNPCの中で、唯一反応できたのがフォルストンだった。そうしてプレイヤーはフォルストンに庇われることで難を逃れ、目の前で彼の死を目撃することとなる。最後まで笑顔を崩さず、プレイヤーと皇国の民を想うフォルストン卿の最期に、多くのプレイヤーは思わず涙を流した。
多くのプレイヤーに支持されている意見に、現行のシステムを使ったVRゲームとそれ以前のゲームとの大きな差は、その体験の濃密さだというものがある。現行のVRシステムが導入される前は、人によって入れ込む程度の個人差こそあれど、やはりモニターに映った物語という意味で体験できる情報量の限界があった。だが、今のシステムではプレイヤーが本当にその世界にいるかのように、あらゆる五感を働かせることができる。つまり、『クリファン』のこのストーリーでプレイヤーは皆、窮地を救ってくれた恩人の死を、現実と同等の濃密さで経験させられた。当然というべきか脳を焼かれたと表現されるプレイヤーが続出し、このイベントを経た後のプレイヤーの数多くが騎士でプレイを始め、当該ストーリーが実装されて数年が経過した今でも定期的にフォルストン卿の墓参りに行くプレイヤーも少なくない。
カルマリオンもまたそうして脳を焼かれたプレイヤーの一人であった。先にそのイベントに到達していたヤルダバルトは、当時既にフォルストン卿に入れ込んでいたカルマリオンが心理的ダメージを受けると見越して、「二日くらい休みを取れ」と助言をしたことがある。実際に彼は一連のイベントが終わった後丸二日間『クリファン』にログインしては何もせずフォルストン卿の墓の前に座り込み呆けたまま墓を眺めていたほどの衝撃を受けていた。当時の彼は食事も栄養や水分補給のために必要最小限だけ摂り、またすぐさまログインして墓を眺めることを続けていた。ヤルダバルトやアンクルコミーが最も彼を心配していた二日間であった。カルマリオンが騎士として、そしてその上位職であるパラディンとしてのプレイを始めたのはこのイベントを経験した後である。
現行のVRMMOに共通して、システム上の制約でプレイヤー一人につき、一つのゲームで使えるセーブデータは一つのみである。そして同様のシステム的制約故に、同一プレイヤーは複数のアカウントを作成できない。つまり、一度フォルストン卿と死別したプレイヤーがもう一度ゲーム中で彼に出会う手段は無い。一時的に日常生活にまで支障をきたすほどフォルストンに入れ込んでいたカルマリオンが、もう二度と会えないとばかり思っていた彼にまた会いたいと思い、その下へと向かう提案をすることは自然なことであった。
「水臭いぜ、カルマリオン。俺もアンクルコミーもお前が一番ヤバかった時期にフォローしてたんだから、フォルストン卿にまた会いたいって思うのはわかってるんだよ。だからもういっそのこと、胸張って会いに行こうぜ。というかあのフォルストン卿だぞ、俺だってまた会って力いっぱい抱きしめてやりたいに決まってるだろ!」
「ああ……ありがとう、ヤルダバルト。本当に、本当に感謝するよ」
「そういや、ウォルターは俺達のことを覚えていたけど、一度死んでから世界ごと巻き戻ったフォルストン卿は俺達のことを覚えているのか? 下手をするとそれこそプレイヤーの誰とも面識がないってことにもなりかねないだろ」
「その点は心配しなくてもいい、ヤルダバルト。実のところ俺達もお前らプレイヤー全員の一人一人なんて流石に覚えてられなくてな。それを見越してだろう、女神マーテラか運営のどっちかが俺達に細工を施したらしい。その細工が施されているヤツら……例えば『大地の盟約』の主要メンバーなんかがお前らプレイヤーに対面すると、お前ら側に残されてる記録を俺達に転写して、その情報を受け取った俺達がお前ら個人のことを認識してるんだ」
「それって要は見覚えのない相手を見た瞬間それまで存在しなかった記憶を思い出してあたかも苦楽を共にした仲間であるかのように認識してるってことだよな? ウォルター、それって気持ち悪くなったりしないのか?」
「いや、そもそも気がついた時点でこういうものになっていたし、慣れとか以前の話だぞヤルダバルト。それに、強く印象に残るような出来事はお前らと対面して、記録を転写される前から覚えているものだ。それこそ、カルマリオンから教えてもらったあの変装みたいにな」
「へえ、そういうもんなんだな。まああんな変装なんてそれこそかなりのインパクトがあるし、その上実用性もあるとあっちゃ記憶に残るよなぁ。あれ、でも世界自体が巻き戻ったのなら、ウォルターにも巻き戻りは起こったはず、だよな。そのキグルミヘッドも燕尾服も、両方がカジノの景品でしか手に入らないもののはずだ。少なくとも、この辺りでダランを出せば簡単に手に入る、って代物じゃない。俺達があのポートエスケンで会ったときからあの変装をしてたってこととは、お前の装備とか能力には巻き戻しは起こってないのか?」
「いいや、キッチリ巻き戻されてたさヤルダバルト」
「じゃあこの珍妙な変装セットはなんで持ってるんだよ」
そう聞くとウォルターは苦笑いを浮かべ、少し顔をそらした。
「いや、お前らが全員光に包まれて消えた後すぐ、俺も自分の状態が巻き戻ったことに気がついてな。お前らが戻ってきたら、きっと何かしらの情報を求めて俺達の所へこぞってやってくるんじゃないかと思ったんだ。で、幸か不幸かお前らがこの世界に戻ってくるまでしばらく時間があっただろう? 俺はその間に急いでこの装備のセットを揃えてポートエスケンに戻って来たら、お前らに遭遇したってわけなんだ」
「おまっ、お前っ! まっ、まさかお前っ! その装備を入手しに出かけてたってお前っ! まさか俺達が大変だって時に、あのウォルター・ムーンクレストともあろう人が、カジノで遊び呆けてたっていうのか!?」
「別にただ遊んでいたわけじゃないさ。なるべく早く済むようにできる限りのイカサマはさせてもらった」
ヤルダバルトはゆっくりと息を吐いた。そして彼は目を見開き、深く深く息を吸い、ウォルターの逆を向いて大きくためを作ってから彼に向かって振り返りながら叫ぶ。
「このっ、ダメ人間!」
「ハッハッハ。まいったな、全くもって返す言葉がない」
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