1-11 強行突破
三人が到着したのはムサマンサ西部の峡谷地帯。ポートエスケンに向かうためにはこの深い峡谷を渡らなければならないが、峡谷にかかっている橋の周囲にはおおよそレベル十二前後のエネミーが出現する。このエネミーの中にはアクティブエネミー、つまりプレイヤーを認識した瞬間に襲いかかるタイプの敵が居る。そして、次の街とポートエスケンの間で出現する敵もまたアクティブエネミーであり、ポートエスケンまでの道中で今の三人よりも強い敵が向こうから襲いかかってくることが予測される。その前に比較的弱い敵で同様の動きの予行演習をしておこうという考えであった。装備とレベルを整えた今、ムサマンサ付近の敵になすすべもなく殺されることは無いだろうという算段である。
カルマリオンが盾を構え、ヤルダバルトとアンクルコミーがポーションを投げつける準備をする。彼らが辺りを見回すと、橋を渡った向こう側に人間より少し大きなサイズのトカゲがテチテチと歩いていた。前にいるカルマリオンがと残りヤルダバルトとアンクルコミーの方へ視線をチラと向け、それに対して二人が軽く頷いて返答する。そして三人は一斉に橋を渡ろうと前進した。先頭にカルマリオン、次にヤルダバルト、ほんの少し遅れてアンクルコミーという陣形を崩さないように走っていると、その音に気がついてか目の前のトカゲが振り向いて戦闘状態に入った。敵のヘイトが向かう先、つまり攻撃の矛先はヤルダバルトであった。
「させん!」
カルマリオンがヤルダバルトとトカゲとの間に割って入り、盾で噛みつき攻撃を防ぐ。大トカゲは攻撃の邪魔をされたことに腹を立てたのか、敵意をヤルダバルトではなくカルマリオンの方へと向けた。トカゲは一度飛び退いた後助走をつけて改めてカルマリオンへと向き直り、そのまま飛びかかる。
「よし、狙い通りにこちらへ来てくれたか。タイミング……今!」
空中へと躍り出たトカゲの鼻面にカルマリオンが手にした盾を正面から叩きつける。淡い輝きを放つその盾を叩きつけられ、トカゲは漫画的な星がクルクルと回るエフェクトを頭上に浮かべた。
『クリファン』に実装されている職業の一つ、騎士が習得できるスキルのシールドバッシュ。このスキルが命中したエネミーは短い間スタン状態となり、効果時間が続く間一切の行動ができなくなる。三人はトカゲがスタン状態になったことを確認すると、走り抜けて逃げ切るためにすぐさま移動を再開した。ヤルダバルトがチラと後ろに目を向けてトカゲの様子をうかがうと、頭上からはスタン状態のエフェクトが消え、逃げている三人の方へと向かっているのが見えた。
「追ってくるぞあのトカゲ! アンクルコミー!」
「あいわかった、任せろヤルダバルト!」
アンクルコミーが振り返りながら小さな玉をトカゲに向けて投げつける。玉はトカゲに命中すると軽く跳ね返った。次の瞬間玉が弾け飛び、中に入っていた煙幕が周囲に広がる。この玉自体に攻撃能力はないが、トカゲの視界は完全に覆われ、三人を見失った。
これは『クリファン』に実装されている職業である猟師のスキルの一つ、スモークボムであった。その効果は投げつけたボムを中心とした範囲内の敵のヘイトをリセットするというもの。強力なエネミー相手の戦いやボス戦などでは、リセットされたヘイトが回復役のプレイヤーに向いた結果全滅することもありえるため、基本的に出番のないスキルである。だが、今回のようなフィールド上での戦いでは有効に機能させることも可能だ。
煙幕の範囲外に居る三人は脇目も振らずにその場を離脱する。煙幕が晴れてトカゲの姿が再び見えるようになるが、当のトカゲは先程まで追いかけていた相手のことなど忘れてしまったようで、また先ほどのようにテチテチと獲物を求めて辺りを歩き回っていた。
橋を抜けてトカゲの探知範囲から外れると街の門が見えていた。三人は一気にフィールドを駆け抜け、門を守る衛兵NPCに軽く手を振り街の中に入ると、目の前に安全地帯に入ったことを示すポップアップが一瞬表示されて消えた。ヤルダバルトが残りの二人の様子を確認する。
「よーし、上手くいったな。これならポートエスケンに向かうまでのフィールドでも十分通用するはずだ」
「うむ、やや薄いがいい盾だ。これならば次のエリアでも問題あるまい」
「私の方もスモークボムの扱いは大体わかった。使い道のないスキルとばかり思っていたが、なかなかどうしてこういうときには便利なものだな」
ふとヤルダバルトが辺りを見回すと街の中央に設置された浮遊する巨大な水晶が目に入る。ムサマンサにも設置されていたワープポイントである。少し考えたあと、ヤルダバルトは残りの二人へと振り返る。
「戦闘準備をしてるところ悪い、ちょっと休憩にしよう。いくらレベルが俺達より上だと言っても所詮は序盤の敵だ。気を張りすぎて逆にミスをするのも避けたい」
ヤルダバルトの言葉を聞いてカルマリオンが盾をしまって軽く伸びをした。
「なるほど。まあ確かにスキルのクールタイムを待つのも必要なことだしな。アンクルコミー、スモークボムの再使用まではあとどのくらいかかりそうなんだ?」
「二個までは使用可能のまま保持できるから今からでも使えはするが……今使った分なら一分もあれば再使用可能になる」
「なら待ち時間を有効活用しようぜ。あっちに行ってワープポイントを登録するにはちょうどいい時間だ」
ヤルダバルトの提案に他の二人も頷き、三人は回転しながら宙に浮く巨大水晶の下へと歩いていく。
「しっかしどうしたもんかなぁ、半ば予想はしてたけどやっぱり職業は変えてきた方が良かったのか……?」
ヤルダバルトが考え込んでいるとそのつぶやきが聞こえたのか、カルマリオンが彼に声をかけた。
「ヤルダバルト、結局君の職業はどうする? 錬金術師のままポートエスケンに向かうのか?」
今のヤルダバルトは錬金術師、つまり戦闘能力を一切持たない生産職のまま敵が徘徊するフィールドを突破してこの場所へ来ていた。『クリファン』でのキャラクターステータスは完全に職業に依存している。例えば、現在騎士としてプレイしているカルマリオンはその役割を果たせるよう、体力や防御力が高まるようなステータスを備え、また味方を守るものや受けるダメージを減らすようなスキルを習得している。そして今の状態であっても、アンクルコミーがプレイしている猟師のような敵により多くのダメージを与えるタイプの職業に変えると、ステータスの割り振り及び習得したスキルも構成が一転して攻撃に重きを置いたものになる。
このシステムではプレイヤーごとのキャラ構築の差が生まれないことや、職業ごとにレベル上げをしなければならないという欠点があるものの、一つのアバターで様々なプレイスタイルで遊べるというメリットが生まれる。そして、ヤルダバルトが使用している錬金術師は生産職の一つ。つまり、そのステータスやスキルもまたものづくりに特化している。この状態で戦闘が起こりうるフィールドに出るメリットは無い。 カルマリオンが疑問に思うことも当然であった。それに対し、ヤルダバルトはしばらく考えた後にカルマリオンへ自分のステータスを見せながら答えた。
「レベル一の魔術師や騎士と比べたらまだレベル十六の錬金術師の方がHP高いからこっちの方が耐久力的にマシになるしなぁ……あわよくば相手がレベルを参照してカルマを狙ってくれないかと思ったけどそこはもうしょうがない」
ヤルダバルトが稼ぎの時間でポーションやダランの入手に力を入れていたということは、彼の戦闘系の職業には一切経験値を稼げていないということの裏返しでもある。更に言えばカルマリオンの装備を整えるために稼いだダランも全て使ったため、ヤルダバルトとアンクルコミーの装備は完全に初期装備のままであった。アンクルコミーは猟師のスキルによって回避がしやすいよう動きに補正が入るものの、ヤルダバルトの方はそうしたメリットは一切ない。それでも、こと生存能力を考えるのならば、よりHPの実数値が高い錬金術師で移動した方がギリギリでマシだ、というのがヤルダバルトの判断であった。
クリスタルの前に着き、三人がワープポイントを登録する。今から彼らが向かうポートエスケンにはワープポイントが存在しない。故にまずここにワープしてから改めてポートエスケンまで移動するというのが定番の移動ルートの一つである。『大地の盟約』の本拠地があるため、今後もポートエスケンに向かう用事ができる可能性も想定し、このタイミングでこの場所へのワープを解禁する判断をしたのである。ワープポイントの登録が終わったのか、アンクルコミーがふとヤルダバルトの方を向いた。
「そういえばヤルダバルト、あの神を自称する巨人がNPCまでも制御下に入れていたとしたらどうするつもりだ?」
「あー、まあそんときはそんときだな。ダメだったとしてもNPCをアテにできないって情報だけで収穫ってもんだろ。それはそれでその後の方針を立てるためには必要な情報だ。実際にNPCがどうなってるのか判断するのは……カルマリオンなら話せばすぐわかるだろ?」
「フフ、君にそう言われては、無理と答えるわけにもいかないな。さて、そろそろクールタイムも開けた頃ではないか?」
ヤルダバルトがチラリとアンクルコミーの方を見て確認をすると、彼は残りの二人に軽くうなずいて答えた。
「よし、それじゃあ出発だ。さっきみたいな感じで頼んだ、二人とも」
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