1-9 彼は己の価値に気づいていない

 街の中央部にある城塞の上層部。その奥まった通路の先にある扉を開けると、辺りには独特の鼻を突くような匂いが充満していた。扉口のすぐ目の前には巨大な薬品炉が鎮座していて、小さく開けられたその口からは毒々しい赤色をした高温の液体が、コポコポと音を立てながらその下の器へと流れ出している。分厚い手袋をした小柄な男がガラス瓶にその液体をすくい上げ、色を確かめるように薄暗い明かりへとかざしている。ここはムサマンサが誇る錬金術師ギルドの本部。その様子はヤルダバルトが最後に訪れたときと全く変わらない。彼がふと横を見ると扉口の方を見ていたギルドの受付嬢と目があった。


「何かご入用でしょうか? ご依頼でしたらこちらで承ります」


「ああいや、錬金術師を始めてみようと思ったんでね。道具の貸し出しとか頼めるかな?」


「まあ! そういうことでしたらいつでも歓迎です。量産品の道具でしたらいくらでも用意しておりますので、いつでも差し上げましょう」


そう言って受付嬢は錬金術師が使う基本的な道具を取り出した。ヤルダバルトが両手には余るほどにかさばる量の道具一式をインベントリにしまうと、その全てが光を放ちながら消えていく。更に受付嬢はカウンターの後ろにある棚から乾燥した草の束とキノコを取り出し、カウンターの上に置いた。


「こちらは錬金術の基本となる回復ポーションの素材です。足りなくなったらまたお越しください、格安で販売いたしますよ」


「ああ、ありがとう。そうだ、ついでに聞きたいんだが、今は回復ポーションの納品依頼は来ているのか?」


「ええ、回復ポーションの在庫はいくらあっても足りないくらいですから。完成品を納品していただければ、その品質に応じて報酬をお支払いします。作った数が多いからと受取拒否をすることもありませんよ。ぜひお願いしますね」


ヤルダバルトは素材を受け取ると、ギルドの中で空いている机にインベントリから錬金術の道具を取り出して広げる。先ほど彼が受け取った材料はちょうどポーション十本分を作るために必要な量であった。ヤルダバルトはその全てを使用し、十本分のポーションを一度に作り始めた。


『クリファン』における採集や制作といった要素は他のVRゲームの例に漏れずリアリティを保ちながらも簡略化されて実装されている。こうした薬剤のような消費アイテムを調合する錬金術や、装備を作成する鍛冶などの制作系コンテンツではその大まかな工程さえ実行できていれば制作物は完成させられる。そしてその工程をより細かく、精密に行うことで完成品の品質をより良くすることが可能であった。逆に、より強力なアイテムや装備を作るとなると緻密な工程をミスなくこなさなければ、品質が悪くなる以前にそもそも制作自体に失敗こともありうる。一方で制作に使う道具もより上質なものを揃えれば、強力なものを作るための緻密な工程も簡略化され、おおよそどれほど不器用なプレイヤーであったとしても、ある程度の品質のものが作れるようなシステムになっている。


ヤルダバルトが現在制作している回復ポーションはいわば制作作業そのもののチュートリアルとして扱われているものであり、初期装備の道具を使用しても十分最高品質のものを生産できる難易度となっていた。また、同時に複数量を作る場合、その量が増えるにつれて一つずつ作る場合に比べ更に難易度が上昇する。とはいえヤルダバルトのような制作作業に慣れたプレイヤーならば、上昇した難易度であっても最高品質で仕上げることは難しいことではなかった。


ヤルダバルトが青く透き通る液体をガラス容器に取り分け、軽く伸びをして顔を上げるとさっきの受付嬢とまた目が合う。彼がそのまま完成品の回復ポーション十本を受付へ持っていくと、受付嬢が受け取った容器をカウンターに並べていく。


「何回かはポーション制作に失敗することを前提に素材を十セット分渡したのに全部一気に作るから大丈夫かなと思いましたよ。あ、品質を確認しますね。少々お待ちください。」


そう言うと受付嬢はカウンターの裏から小さなナイフを取り出し、左手の薬指の先を軽く刺す。指先からじわりと血が出ているのを確認すると、ヤルダバルトが作ったポーションを傷口に一滴垂らした。血液とポーションが混ざり合い、赤黒い粘液塊に変わる。受付嬢がタオルでその粘液を拭うと、傷口はすっかり塞がっていた。


「はい、最高品質のポーション十本を確認しました。中々スジがいいですよ! こういうことは結構慣れているんですね」


「あー、まあヨソでも割と色々作ってたりするからなぁ」


「なるほど! 将来有望な錬金術師の誕生を目の前で見られて何よりです! あ、納品報酬のダランをお支払いいたしますね」


「すまない、それはちょっと待ってくれないか? 今回の報酬は金じゃなくて現物で欲しいんだ」


「現物、ですか? 一体何をお求めでしょう?」


「さっきと同じポーションの材料セットを貰えるだけ」


受付嬢がヤルダバルトの言葉を聞いて提示した報酬は回復ポーションを七十本分の材料であった。急げばその全てを約束の時間までに回復ポーションへと加工することができるだろうとあたりをつけ、彼は早速制作作業へと取り掛かる。


ヤルダバルト、アンクルコミーことクリムゾンコメット、そしてカルマリオンの三人はそれぞれ得意とする分野が異なっていた。プロゲーマーを生業にしているアンクルコミーは当然それに見合うだけのアクション系ゲーム全般の腕が備わっている。一方でカルマリオンは、アンクルコミーのマネージャーをしているだけあって、プレイヤーNPC問わず交渉を得手としていた。どのような相手であってもスルリとその懐に入り込み、ゲーム中リアル問わず交渉事となれば互いの得になるような条件を引き出して円満解決させる手腕は方々で頼りにされている。ヤルダバルトはその二人のゲーム友達という立ち位置収まっているが、のような飛び抜けたアクション系ゲームの腕があるわけでもなく、カルマリオンのようなどんな話でも上手くまとめられるようなコミュニケーション能力があるわけでもない。純粋なゲームの腕で言えば見て中の上程度であるとはヤルダバルトの自認であった。そんな彼の得意分野はといえば、まさしく今取り掛かっているような制作関係のものであった。元々彼が『ビルプラバトラーズオンライン』でソロプレイをしていた頃から様々な機体を作って遊んでいたが、アンクルコミーとカルマリオンの二人と日常的に遊ぶようになってからはより一層力を入れ、その実力はプレイヤー随一のものと言えるほどとなっている。それはひとえにより強力な機体や装備を作って自分が使用することで、アンクルコミーやカルマリオンとの実力差を埋めようと思ってのことであった。もっとも、その二人ともヤルダバルトが制作したものを使いたがったがためにその目論見は失敗に終わっていた。


ヤルダバルトはよどみのない動きで回復ポーション七十個を完成させると、鍋に残ったポーションを薬指ですくい取って舐める。その味で最高品質で作れたことを確信すると、その内の一部を納品し、資金を確保して待ち合わせの広場に戻った。

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