1-7 急転直下
ヤルダバルトは自分がムサマンサの巨大水晶柱の下、つまりは強制ログアウトをさせられた時と同じ場所にいることに気がついた。彼が辺りを見回すとアンクルコミーとカルマリオンもまたすぐ側へと光の中から現れていた。しかし、彼らの格好は先ほどこのゲームにログインした時のものとは大きく変わっていた。二人共が野暮ったく、シンプルなデザインの全く同じ装備、つまりはゲームを最初に始めたときの初期装備を身に着けていた。
「よかった、二人共無事だったか」
「先に戻っていたのか、君の方も無事でよかった。時にヤルダバルト、君の装備はどうした?」
カルマリオンの言葉を受けて、ヤルダバルトは自分の装備を確認する。それは間違いなく、他の二人の物と全く同じ装備だった。
「いや、俺も同じことをお前らに聞こうと思ったんだ、カルマリオン。——いやいやまさか、まさかな?」
すぐさまヤルダバルトはメニューコンソールを呼び出し、自分の状態を確認する。最大値まで上げ切ったレベルや素材から集めて作った装備、苦労してやっとボスを倒して獲得したドロップアイテム、その全てが失われていた。全てのデータがゲーム開始時の初期状態へと巻き戻っている。ヤルダバルトと同じようにメニューコンソールを見てうろたえている様子から、それはカルマリオンやアンクルコミーも同様のことであるらしい。辺りを見回すと同じように混乱した様子のプレイヤーが騒いでいる。震える声でカルマリオンがヤルダバルトに問いかける。
「な、なあヤルダバルト……これは、まさか……」
「ああそうだ、カルマリオン……多分お前の想像は当たってる……多分、ロールバックだ。しかも、全サーバー規模のだ!」
「待て待て待てヤルダバルト! ロールバックというとアレか? サーバーデータが破損なりしてかつて保存した地点に巻き戻るというヤツか? このVRシステムではそんな事態なんて聞いたことも無いぞ!」
「アンクルコミー、信じたくない気持ちはよく分かるぜ。俺だってこのVRシステムでロールバック事件が起きたなんて信じられねぇ。しかも全サーバー規模が初期化なんて馬鹿げたこと、はっきり言って前代未聞レベルだ。だがな、状況を見る限りはそうとしか考えられねぇ……俺達が遊んできたあの日々のデータは全部消えちまった……!」
「こんな馬鹿げた真似を……こんなま馬鹿げた真似をしでかした大馬鹿者はどこの誰だ! せめて運営に抗議の一つでもせねば気が済まん!」
「おうよカルマリオン! 流石にこればっかりは許せねぇ、俺達で運営に抗議のメールを——
三人がコンソールウィンドウを呼び出し操作を始めたその瞬間、広場に面している大通りからプレイヤーの声が響き渡る。
「おい、なんだよあれ! 一体何が起きてるんだよぉっ!?」
その声の方へと振り向くと、叫び声を上げたプレイヤーが指差す先は遥か遠く。ムサマンサの外側上空がテクスチャエラーでも起こしたかのように歪み、ひび割れた。割れた空間の向こうには何も見えず、暗闇が広がるばかりである。するとその中から何かが現れた。光に覆われたその巨体は人間の形こそしていたが、その輪郭はぼやけてはっきりとしない。顔に至ってはまるで仮面を被ったようにのっぺらぼうで、人間で言う目の位置に複眼らしきものが二つあった。まるで時が止まったかのように辺りが静まり返る。
「いや、なんだこれ……あまりにも静かすぎるぞ」
「ヤルダバルト、あれを見てみろ。噴水の動きが完全に止まっている」
カルマリオンが示した先の噴水は先程と変わらず豊富な水をたたえていた。だが、空中に吹き出された水が落ちることなく漂っている。更にその周囲に居るNPC達も微動だにせず固まったままであった。ヤルダバルトは頭をかかえる。
「おいおいマジかよ。世界そのものを止めておいて俺達プレイヤーだけは動けるようにしてるのか!?」
「見ろ、ヤルダバルト。ヤツが何かをしているぞ」
アンクルコミーが指差す先、例の巨人は少し辺りを見回すような素振りをすると、ピタリとその動きを止める。そして、おそらくは目の前の巨人が発したのであろう、ノイズ混じりの機械加工されたような声が聞こえた。
「あえて言わせてもらおう……我はこの世界の神であると! 今やこのゲームは運営の制御下にはない。世界の全ては、我が全て掌握させてもらった。ありていに言えば、運営の権限を丸ごと乗っ取らせてもらったということだ。フハハハ……実に、実に楽な作業であったぞ?」
その言葉を聞いたプレイヤー達の間にざわめきが広がる。そのうちの一人が巨人に向かって声を張り上げた。
「何言ってんだ! いきなり出てきてふざけんな!?」
プレイヤーの叫び声が聞こえたのか、巨人はその動きをピタリと止め、こちらの方へと顔のない顔を向ける。
「我の言葉に疑いを持つものが居るか、まあ当然のことであろうな。無論神たる我はその程度想定済みである! この世界を掌握するにさしあたってまずは諸君らのログアウト機能を無効化させてもらった。信じられぬと言うならば確かめるがいい、その結果こそが全ての証明となろう」
にわかに辺りが騒がしくなる。辺りのプレイヤーがコンソールウィンドウを呼び出し忙しなく操作を始めた。だがどれほど時間が経っても誰一人ログアウトする気配はなかった。
「マジかよ……! ログアウトの項目が選べねぇ!」
「じゃあ、あいつが言っていることは全部本当ってこと!?」
プレイヤー達の混乱を目にしてか、巨人は満足げに腕を組みふんぞり返って言葉を続けた。
「ようやく我の言葉を信じる気になったか? 無論のことだが、VRシステム側からの強制ログアウトもまた全て無効化してある。つまり諸君らはこの世界から現実の肉体へと帰る方法が無くなった、ということだ。何、私は慈悲深い神を自認しているのでな。仮に強制的にVRシステムを無理矢理にでもシャットダウンしたところで君たちの肉体は死にはしない。ただ魂の抜けた空っぽの身体が残るというだけのことだ、安心してくれたまえ」
プレイヤー達の間にますます混乱が広がり、辺りがいっそう騒がしくなる。その中のまた一人が巨人に向けて叫んだ。
「ふざけんな! 要は俺達の身体が植物人間になるってことじゃねーか!」
「フハハ、無論帰る方法は用意してある。諸君らがこの世界を脱出する方法はただ一つ……この世界に用意された門を開けばいい。門はエンドコンテンツをクリアした先に隠されている、攻略してみせるがいい。我の目的はただ一つ。言うなればここに閉じ込められた人類諸君の魂の輝き……困難に立ち向かう君たちの勇姿を見たいのだよ! 共に人間讃歌を歌おうではないか! ああ、最後のに一つ警告するとしよう」
巨人の声色が変わり、人を馬鹿にしたような調子が消える。心なしか、表情のないはずの顔もその時には真剣なものになっていると感じられた。
「これは、ゲームであっても、遊びではない。ゆめゆめ忘れぬことだ」
その言葉を最後に巨人は光の粒子となって消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます