世界はきっと滅びない。
三科享史
第1話
先頭車両中央ドア脇。ドアが開くと、未だに蛍光灯が使われている薄暗い階段が見える。流れるように下車。
この路線は地下鉄の中でも電波が悪い。耳元ではダウンロード済の音ゲーのアルバムがループモードで流れている。ゲーム本編ではカットされているナンセンスなセリフパートに入ったが僕はそれを意識することもない。
親が口を出せない自分の稼ぎで適当に買った、三万円越えの高級イヤホン。優秀なノイズキャンセリング機能は交通上の危険となる。僕は誰よりも早く歩き、全ての陰から人が飛び出してくる最悪の想定を怠らないことで自分の世界を守る。その守っている世界が、惰性で続けている音ゲーの萌えな電波ソングか……。(僕は所詮そういう人間だ。)
いい感じに汚れの溜まった床と、新モデルの改札機。アンバランスな改札を抜けて地上へ。何が入っているのか知れない微妙な高さのビルたちを横目に歩く。中くらいの公園がある通りへ曲がる。塗装がバキバキに剥がれた鉄棒とブランコだけの淋しい公園だが、よく見ると撤去された遊具たちの痕跡である円形の硬い部分を地面に見ることができる。表にあるコンビニとセットでよく溜まり場になっている。
前には、反対方向の電車で来たらしい、僕と同じ制服の男女が歩いている。僕は歩速を変えず、奴らを追い越していく。徒歩11分、7時34分発、8時5分着、徒歩6分。
8時11分、僕は学校に着く。テニス部がまだ朝練をしているのが見え、恐怖を覚える。僕は帰宅部だ。
出席番号の関係で今年の下駄箱は一番下。これのせいで毎日「今日も憂鬱だなあ」という気分が強まる。あの公園の遊具ほどではないがこの学校の壁の塗装も剥がれ始めている。廊下の床は中央ほど光沢がなく黒ずんでいる。どうしてこんなに経年が悪目立ちする素材にしてしまったんだろう。僕はそう思う。
教室は二階の二番目。一年二組。席は=INDEX(A1:E6,5,2)。
席に荷物を置いて思い出す。今日は日直だ。黒板の名前が前日の枡田から変わっていない。仕方ない、今のうちに書き直しておこう。
僕の名前は
「あっ」
書き終わってそそくさと戻ろうとした時、足元でチョークが割れる音がして、僕は思わず声を上げた。
僕の手はチョークを空中に置こうとしたのだ。それを自覚して、僕はまるで「筆圧を強くし過ぎて跳ね返りました」とばかりに『坂』の文字の右側だけを消して、『反』を書き直した。アンバランスになったのでもう一度全て消して書き直す。
何を誤魔化したのかって?
それが分からない奴にはこの深刻さもきっと分からないだろう。(ずばり、僕はVR中毒者だ。)
僕は何事もなかったかのように席について、これから15分間、机に突っ伏す。
何も面白くない、平和な、平凡な日常の始まりだ。
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