パラレルバラエティ

前野チロル

「ウケるまで、終われない。」

楽屋のモニターに、番組タイトルが大きく映っている。


『今夜も笑わせます!

 ゴールデン爆笑バラエティ!!』


「……字面、強すぎない?」


相方が、ネクタイを直しながら言った。

指先が、わずかに震えている。


「初出演でゴールデンって、普通ある?」

「あるかどうかじゃないだろ。来ちゃったんだから」

 そう返した自分の声も、思ったより乾いていた。


新人お笑いコンビ「ジェスチャーず」。芸歴三年。賞レースは一次落ち常連。テレビ出演歴、ほぼゼロ。


なのに今日は、ゴールデン帯のバラエティ番組だった。


楽屋の外から、観客の笑い声が漏れてくる。

作られた笑い。ウォーミングアップの拍手。


「なあ」

 相方が、鏡越しに俺を見る。


「今日、もし全然ウケなかったらさ」

「縁起でもないこと言うなよ」

「いや、もし、だよ」


相方は、少し間を置いて言った。


「……俺たち、もう呼ばれないよな」


 返す言葉はなかった。


それが答えだったからだ。


スタジオに出た瞬間、ライトの熱が皮膚に刺さる。拍手。音楽。MCの明るすぎる声。


「さあ続いては!フレッシュな新人コンビ!

ジェスチャーずのお二人でーす!」


名前を呼ばれた瞬間、頭の中が一瞬、真っ白になった。 決めてきた自己紹介。最初の一言。全部、順番通りに出てこない。


「ど、どうもー!ジェスチャーずでーす!」


相方が、少し早口で言う。

観客の反応は、薄い。


「お、緊張してるねえ」

 MCが、笑いながら振ってくる。


「じゃあさ、最近一番ビックリしたこと、いってみようか」


来た。

想定していないフリ。

相方が一瞬、俺を見る。


 ――お前いけ、の合図。


「えっとですね」

マイクを握る手が、汗ばむ。


「この前、コンビニで……」

話し始めた瞬間に分かった。

あ、これ、滑る。

オチまで行く前に、空気が固まっていく。


笑いが起きる“前の沈黙”。


MCが、助け舟を出す。

「なるほどね〜」

その一言で、完全に終わった。

相方が慌ててボケを足す。

でも、ズレている。

拍手も、笑いも、来ない。


スタジオの温度が一気に下がった、その瞬間だった。


視界が、ぐにゃりと歪んだ。



音が引き伸ばされ、ライトが滲む。

「……え?」

次に聞こえたのは、さっきと同じ音楽だった。

『今夜も笑わせます!ゴールデン爆笑バラエティ!!』

 

楽屋のモニターに、同じタイトル。

相方が、ネクタイを直しながら言う。

「……字面、強すぎない?」

俺は言葉を失った。

全く同じだ。

声も、笑いも、空気も。

「おい」

相方の肩を掴む。

「さっきのこと、覚えてるか?」

「さっき?」

相方は首を傾げた。

「何言ってんだよ。まだ本番前だぞ」

 モニターのカウントダウンが始まる。

 三。

 二。

 一。

時間は、確かに巻き戻っていた。


二回目。

俺は事前に考えた無難な話をした。


「最近ビックリしたことですか?

 値上げです」



……シーン。


笑いは起きない。

「まあ、そうだよね」

MCが困ったように笑う。

視界が歪む。



三回目。


炎上覚悟で、攻めたネタを出した。

観客が笑う前に、スタッフの顔が引きつった。

戻った。


四回目。

とにかく無難に、無難に。

空気は凍らない。

でも、笑いも起きない。

「もっとあるでしょ」


MCの一言で、逃げ場がなくなる。

戻った。


五回目。

「正直、こういうの苦手で」

観客が少し笑った。

……いけるか?


続かなかった。


戻った。


回数は、数えなくなった。


同じ楽屋。

同じ照明。

同じ拍手。


違うのは、俺たちだけだった。

相方の目の下には、うっすらと隈ができている。

「なあ」

相方が言う。

「これ、俺たちだけ覚えてるよな」

「……たぶん」

「もしさ」

相方は笑おうとして、失敗した。

「一生ウケなかったら、どうなるんだろうな」

誰も笑わなかった。

何度目かの収録。


MCが、途中で言葉を止めた。


「……あれ?」


スタジオがざわつく。

「君たちさ」


困ったように笑って言う。

「前にも、この話しなかった?」

 心臓が跳ねた。

「いや、気のせいかな。デジャヴあるんだよね」

スタッフの咳払い。


「まあ、いいや。行こう行こう」

その回は、不思議とウケた。

大爆笑ではない。

でも、ちゃんと笑い声があった。

時間は、戻らなかった。


オンエア後、SNSには妙な感想が並んだ。

《面白かった……気がする》

《内容覚えてないけど笑った》

《既視感だけ残ってる》

番組は好評扱いになった。



「細かいことはいいんだよ」

プロデューサーが言う。

「視聴者が覚えてなくても、

面白かった“感じ”が残ればさ」


相方は俯いていた。

「なあ」

小さな声で言う。

「俺たち、まだ戻ってるんじゃないか?」

答える前に、照明が点く。


『収録開始まで、五分前です』

モニターに、あのタイトル。

『今夜も笑わせます!ゴールデン爆笑バラエティ!!』


相方が、ネクタイを直しながら言った。「……字面、強すぎない?」

俺は、何も言えなかった。

 ――もう一度、最初から。

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パラレルバラエティ 前野チロル @chirorumaeno

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