電脳化社会考 ― 揺らぐ人格・死・同一性
技術コモン
前史
人工神経の実用化
■ 概要
電脳化社会に至る技術的連鎖の中で、最初に現実化する決定的転換点は「人工神経の実用化」である。
本稿では、人工神経を単なる医療補助技術としてではなく、人間観・身体観・人格観を不可逆的に変質させる起点として位置づける。
電脳化は突如として出現する超技術ではなく、神経が人工物で代替可能であると社会が受け入れる過程から、静かに始まる。
■ 1. 人工神経とは何か ― 定義と技術的位置づけ
人工神経とは、生体神経の電気的・化学的信号伝達機能を代替し、既存の神経回路と統合可能な人工構造体を指す。ここで重要なのは、単なる電極や刺激装置ではなく、次の特性を満たす点にある。
・生体神経と同等の時間精度を持つ信号伝達能力
・学習や適応を可能にする可塑性の模倣
・長期間体内に存在しても拒絶反応を起こさない生体適合性
この条件を満たした時点で、人工神経は「治療装置」ではなく、神経そのものの代替物となる。つまり、神経はもはや「生まれ持った不可侵の器官」ではなく、「交換可能な機能部品」として再定義される。
■ 2. 医療技術としての導入と社会的受容
人工神経が最初に実用化される領域は、脊髄損傷、末梢神経断裂、感覚神経の不可逆的障害といった医療分野である。
ここでは倫理的抵抗は比較的弱く、「失われた機能を取り戻す」ための正当な医療行為として社会に受容される。
しかし、この段階で決定的な前例が作られる。それは、「神経系の一部が人工物で置き換えられても、その人は同一の人格として扱われる」という事実である。
この時点では、社会はまだ電脳化を意識していない。だが、人格の成立条件から「生物由来であること」が黙って除外されるという変化が、すでに起きている。
■ 3. 神経置換の常態化と非生体的身体の成立
人工神経の信頼性が向上すると、次に起こるのは「修復より置換が合理的」という判断の常態化である。損傷した神経を再生させるより、人工神経に置き換えた方が早く、確実で、再発リスクも低い。
この判断が医療現場で繰り返されることで、人間の身体は徐々に非生体的構成要素を含む存在へと移行する。重要なのは、ここで脳や意識は一切いじられていない点である。
にもかかわらず、人間はすでに「完全な生物」ではなくなっている。この段階は、後の電脳化と比較すれば穏健に見えるが、不可逆的な分岐点である。
■ 4. 性能向上目的の人工神経と倫理の転倒
人工神経が健常者にも安全に適用できる段階に達すると、治療目的から性能向上目的への転用が始まる。反射速度、感覚分解能、疲労耐性などの向上は、生存に必須ではないが、競争社会では強い誘因となる。
ここで倫理は反転する。「使わない自由」は存在しても、「使わないことによる不利」が発生するからである。
この時点で、人間は意図せずしてこう定義され始める。人間とは、アップグレード可能な神経構造を持つ存在であると。
■ 5. 電脳化への論理的連結点
人工神経の実用化それ自体は、意識のアップロードでも、人格のデジタル化でもない。しかし、次の前提を静かに確立する。
・神経は人工物で代替できる
・神経の一部が人工化しても人格は維持される
・神経機能は設計・改良の対象となる
この三点が揃った時点で、脳―機械接続、意識外部化、機能的脳モデルといった後続技術は、もはや思想的飛躍を必要としない。電脳化は「異常な未来」ではなく、人工神経という前例の論理的延長として出現する。
■ 締め
人工神経の実用化は、電脳化社会における最初のブレークスルーであると同時に、最も見過ごされやすい転換点である。それは人間を機械に変える技術ではない。人間を、交換可能な神経構造として理解し始める技術である。
電脳化社会は、この瞬間からすでに始まっている。派手な革命は存在しない。あるのは、「治療として正しい選択」を積み重ねた結果として、いつの間にか成立してしまった、新しい人間像だけである。
■ 補足:再生治療による神経修復という分水嶺
再生医療による神経修復技術が十分に成熟した場合、人工神経の開発および普及は、必然的に停滞する可能性が高い。
損傷した神経が「置換」ではなく「回復」によって解決されるならば、生体適合性を考慮する必要のある人工神経は恒久的な基盤技術ではなく、過渡的な医療技術として位置づけられるからである。
この場合、神経は再び「生体に固有の不可侵領域」として理解され、神経機能を人工物に委ねるという社会的前提は弱体化する。結果として、脳―機械接続や神経の工学的最適化は、例外的・補助的技術に留まり、電脳化への連鎖は減速する。
しかし電脳化社会史において描かれるのは、再生治療による完全修復が十分に確立する前に、人工神経が「実用として成功してしまう」経路である。ここに人類史の分水嶺が存在する。
すなわち、「神経は修復されるものとして扱われるのか」、「神経は置換可能な機能部品として扱われるのか」。この選択の違いが、その後の人間観・人格観・社会構造を決定的に分岐させる。
人工神経が先行して社会に定着した世界では、「生体であること」は人格の成立条件から静かに後退し、電脳化は不可逆の方向へ進む。一方、完全な再生が先に成立した世界、つまりヒューマノイド社会史で描かれる世界では、電脳化は思想や選択肢としては存在しても、社会全体を巻き込む必然にはならない。
この意味で、再生治療と人工神経のどちらが先に実用的覇権を握るかは、単なる医療技術の差異ではない。それは、人類が「どこまでを自分自身とみなすか」を決定する文明的分岐点であり、本史における最重要の前提条件の一つである。
■ 関連
ヒューマノイド社会考 ― 揺らぐ主体・判断・責任
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます