新聞部の本当にあった怖い話のコーナー。今回は新聞部のAさん(仮)の体験談です。

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 あれはそう五歳の夏だったと思います。

 父は仕事が忙しく家に戻れない日々が続き、母は妊娠中でつわりが酷くなりしばしば病院に入院していたのでまだ子供だった僕の面倒を見られる人が家に誰もいなかったんです。


 だから僕は母の提案で、母方の祖父母たちに預けられました。

祖父母の家は田舎にあり、住んでいる村――確か名前は××村だったと思います。電車に何時間も乗ってようやく付けるような村でした。もちろん村の中にはコンビニなどなく、個人が経営しているような小さな商店しかなかったような記憶が朧げに残っています。今では発展しているかもしれませんが。


 そんな祖父母が住んでいる村には素晴らしい自然が溢れていました。

 家の周りには民家よりも先に見渡す限り畑と田んぼがあって、十数分歩くだけで山や海と出会えるのです。山は人の手が殆ど届いていなくて野生動物も多数住んでいて、きのこや山菜などの幸(さち)も豊富でした。海は白い砂浜が眩しくプライベートビーチのように人がいないので遊ぶにはいい場所だったのです。


 また記憶によく残っているのが、村の中心には僕の身長を超えるような大きな白い石がご神体として置かれていたことです。しめ縄がされてあって、祖父母からは絶対に遊ぶな、ときつく言われているので近づくことすらしませんでしたが。


 そんな村は小さかった自分には夢のような場所でした。

 父や母と住んでいるところは大都会とは言えないが田舎とも癒えない住宅地で、近くの遊び場と言えば小さな公園がぽつぽつとあるだけだったので。それと比べると祖父母の村には遊ぶ所が数多くあり、初めて見る海の潮の香りには感動したのです。


もちろん古い風習が残っているのですが老人は少なく、青年が数多く住んでいました。ですが村に子供は少なく、友達も一人しか出来なかったが、それはそれで楽しかったのを覚えています。毎日村で出来た友達と山や海に出かけ、これまで住んでいた場所では経験できないことを数多く知った。山で見つけた木苺の味や見たこともない虫達。祖父が釣った魚は新鮮で美味しく、海の中に海パンで何度も入って魚や貝とともに戯れました。


毎日が本当に楽しかったです。

――あの日が起こるまでは。

その日は一人で遊んでいました。村で一緒に遊んでいた子が風邪で寝込んでいたからです。

祖父からは山に入る時は誰か他の人と一緒に、と注意されていましたが、まだ五歳で好奇心旺盛な自分がそんな約束を守れるはずもなかったんです。祖父母には外に遊びに行くと言い、誰にも何も言わず山に向かいました。


山に入った理由は一つでした。

村で知り合った子と一緒に山に入った時、友達からマメザクラと呼ばれるさくらんぼの一種を教えて貰って食べたんです。これまでそのような果物を食べたことがない自分は感動しました。種が大きくて食べられる果肉は少なかったが、自然でほんのりとした甘みには感動したものだ。その時は幾つもマメザクラを食べたのはよく覚えています。


そんなさくらんぼをもう一度食べたくて、自分は一人で山の中に入ったのです。

 確か昼食としてそうめんを食べた後だったと思います。お腹も膨れて、おやつを食べたくなったんです。

 もちろん、当時の自分は山に入る時は長袖長ズボンがいいと言うことを知らず、半袖半ズボン、それに草履を履いて山に入りました。誰の案内もなく、数日前の記憶だけを頼りにマメザクラを探しに行ったのです。


 だけど、その山に整備された道などなく、友達と一緒に行った時でさえ道なき獣道を進んみました。似たような木々の数々に方向を狂わされ、自分はマメザクラを見つけることもなく道に迷ってしまいました。その時の時間は分かりません。まだ昼間だったとも、もう夕方になっていたとも思います。何故なら天気の変わりやすい山では、もう空は灰色に染まっていたからです。さらに冷たい雨も降り始め、すぐに自分はマメザクラを探すことも帰ることも諦めて、雨宿りの場所を探した。


 しかし、雨宿りが出来るような場所は見つかりませんでした。大きな木の下で雨宿りしようかとも思ったが、木々達の間から雨が降っており、体を冷たく濡らすので自分はがむしゃらに先へと進みました。

 やがて見つけたのは一つの社(やしろ)でした。

 山の中にひっそりとある木で出来た社です。入り口にはしめ縄が飾っており、お賽銭箱などなく、鐘すらも存在しない。最初は神社かと思ったが、どうやら自分の知る神社とは違うようだ。

 最初は屋根がある社の入口で雨をじっと見ていたんですが、段々と濡れた服が寒くなって、外に比べればまだ暖かいだろうと社の中に入りたくなりました。扉には鍵もかかっていなかったので、簡単に中に入れたのです。


 中は殺風景でした。

 木造の部屋には奥に木でできた台座の上に、丁重に蠢く(うごめく)肉が置かれていました。おそらく供えられていたのだと思います。その肉は色が白く、赤い線のような物が入っていたのです。さらにその塊は時々、ぴくっとまるで形を変えるようにひとりでに微かに動くのです。


 不気味でした。見たことのない肉でした。今でもそんな肉は見たことがありません。人の手で粘土を捏ねるかの如く肉は動いており、それは周期的に起きます。自分はあんな肉と同じ部屋には居たくなかったのですが、外は雨なので出るわけにもいきませんでした。


 私は雨に濡れた服は脱いで、部屋の中でじっとうずくまっていました。

 それからどれだけ経ったかは分かりません。

 だけど、雨が止むことはなく、何度か暗くなって明るくなりました。何度か雨の中を帰ろうともしましたが、出ようとする度に雷が鳴って外に出る気は失せのです。あの時の記憶は定かではありませんが、後に家に帰ったのは一週間後だったと祖父母には聞きました。


 そして時間が経つにつれて、自分はお腹が空いて喉も乾いてきた。幸いにも雨が降っているので喉の渇きは潤せたのですが、お腹いっぱいにはなりませんでした。

一日か、二日か。それとも三日か。

どれだけ経ったのかは分からりませんが、あの時の自分には一ヶ月にも、一年にも考えられるような長い時間が流れていました。その中で腹は何度も鳴り、何度も眠っては起き、空腹は限界に達したのです。何でもいいから腹に入れたくなりました。幼い私は我慢などできず、だからと言って外は雷が鳴っており出ようとは思いません。


だから自分は白い肉に釘付けになったのです。

 未だにその肉は動いていました。死後硬直の痙攣だろうか。それとも中に虫がいたのだろうか。分からない。分からぬまま、その肉はひとりでに動いていいました。

 

 でも、なんて言ったらいいんですかね、そのお肉はとても美味しそうだったんです。

 これまでに見たどんな料理より、目の前にある生肉を欲しました。もちろんここに火がなければ、それを起こす手段も当時の私は知り得なかったです。生肉が危険な事も知らなければ、目の前の肉がどんな種類なのかも当然知らないのです。しかし今考えても、あれは牛や豚、もしくは鳥の類(たぐい)ではないだろうと思います。もっと別の、自分すら未だに知らない生物の肉のように思えるのです。


 私はゆっくりとその肉に近づきました。

 肉は、人の気配を感じたのだろうか。動きが大きくなり、その場から逃げ出すかのような動きをしたのです。肉が台座から落ちました。動きすぎたためです。そのまま形を変えながら逃げようとする肉を両手で自分は掴みました。

 ぐにょぐにょと手の中で鼓動しながら肉が逃れようとしました。子供のわたしの手にその肉はあまりにも大きく、今にでも滑り落ちそうでした。だが、それを必死につかみながら自分は顔の前にまで肉を持っていきました。


 一瞬、白い肉が不気味で目を逸らしたのは忘れられません。

 そしてもう一度顔を上げて白い肉を見ました。

 その時にはもう口の中は唾でいっぱいでした。口の端から涎がこぼれていたと思います。それぐらい、白い肉からは人を誘ういい匂いがしたのです。人を甘美の渦に陥れるような甘い香りで、すぐにでも肉にかぶりつきたい気持ちになりました。


 最初は手に取った瞬間、心臓のような鼓動が手から伝わるので食べるのを遠慮したくなりましたが、その匂いを嗅いだ瞬間に頭の中のスイッチが変わって、瞬時に白い肉に大口を広げて齧り付きました。

私幼い歯が、白い肉に刺さったのです。

中から甘い汁が溢れ出ました。甘露でした。ここ数日不味い雨水しか飲んでいない私にとって、それは何よりも耐え難い美味しいものでした。だけど、それは肉汁ではありません。もっと黒くて、生々しいものだ。それが手につき、地面へと広がります。濃い染みが床に広がりました。

血だったのです。

私が飲んだのは。

一瞬、その事実に吐きそうになりましたが、それよりも生肉の中にある血が美味しくて、夢中になりました。肉は唇でも噛み千切れるほど柔らかくて、舌の上で上質な油が溶けるような美味しさがありました。それに加えて地は甘いソースのようで、白い肉はそれだけしかないのに、極上のステーキを食べているような感覚でした。

夢中でその肉を食べていた自分は、すぐに完食した。さらにその時の感覚が忘れられないのか、顔や手についた血までも舐めるのです。一つも跡が残らないように。一瞬、地面に落ちた血も舐めようかと思いましたが、既に床と同化しており、どこに血があるのか分からないので諦めました。


白い肉のあまりの美味しさに私が放心していると、外から雨音が聞こえなくなった事に気づきました。これまでは雷鳴と共に止まることは無かったのに。さらに扉の隙間から明るい光が差したのです。


何事かと思い、扉を開けると雨が上がっていました。

それも空には太陽が燦々と輝き、雲も少なく快晴でした。

周りも簡単に見渡せ、腹も満たされたことで歩く活力が湧いており、服を着てから気の向くままに村へと目指したのです。

それからの記憶は定かではありません。

だけど、途中で誰か村人に保護された自分は、安心したのか、気を失ったらしい。それから何日か眠り続けた。起きたら祖父母に社に置いてあった美味しい白い肉の事を報告しようと思っていたが、ふと夜中に目が覚めると祖父母の会話が聞こえました。


――Aが帰ってきて本当によかった。村総出で、近くを探しても山狩りをしても見つからなかったのに、まさか山にたまたま出かけた山菜採りが見つけるとは思わなかった。あのまま神隠しにあって見つからなかったら、娘になんて言ったらいいか分からんからなあ


 祖父がほっと安心したようにそんなことを言っていたと思います。

 多分、あの時のことが衝撃的過ぎて、よく覚えているのだと思います。今でもあの時のことは夢に見ますから。


――そうですね。それにしてもAはどこにいたのでしょうか? 山はくまなく探したはず。それでも見つからなかったから誰もが諦めたのに、簡単に見つかった。


――分からん。分からんが、もしもあいつがあの社を穢したならばその罪は儂らが負わなくてはならん。もちろん、Aも一緒にな。だから。起きたらAにどこにいたのか確認しなくてはならない。


 祖父と祖母が強い覚悟で話していました。

 その時、私はとんでもない物を口にしたのではないか、という後悔に押しつぶされそうになったのでが、すぐに忘れるように眠りました。そして次に目が覚めると祖父母からどこにいたのか説明を要求されたので、雨が降ってきたので木が傘になるところで休んでいた。雨露と木の実で飢えをしのいだと言い訳しました。


 祖父母は半信半疑でしたが、すぐに母との約束の日がやって来て話を有耶無耶にしたままは逃げ帰るように祖父母の元から去りました。

 それから、一度もあの村には行っていません。

 白い肉を食べたことも誰にも話していませんが、あの記憶が脳から消える事は無かったです。あんなにも美味しい肉を人生で食べたのはあれっきりですから。

 あれから十年ほどが経つが、あの時の記憶は今でも鮮明に覚えています。


 皆さんも、お供え物には気を付けましょう。

 勝手に食べないように。

 私は体に不調もありませんが、むしろ快調ですが、祟られるかもしれませんから。

 いえ、五体満足で無事で、この記憶を忘れらないことが、私にとっての罰なのかもしれません。

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